2 萌さんのターゲットは青木さん。背中に抱きつきたい

 予想どおり、さっそく青木さんと現場が一緒になる機会がやってきた。

 今日のタレントさんは萌さんではない。

 タレントさんも、そんなにしょっちゅう撮影していられない。セクシータレントというのか、毎年すごい数の人が作品を出す。だから、ぼくの仕事もあるわけだけど。パッケージ撮影、グラビア撮影、アマチュアカメラマン向けの撮影会、営業のためのイベントなんかもある。タレント業をはなれた本来の生活もあったりする。タレントさんはタレントさんで忙しいそうだ。

 ぼくも出世すれば、パッケージ撮影やグラビア撮影の仕事をさせてもらえるようになる。そのはずだ。いまは、パッケージ裏の本番撮影ばかり。ほかには、先輩の撮影で助手をやって勉強している段階にすぎない。ぼくは女の人と話すのが得意ではないから、この業界でうまくやっていけるのか不安がある。

 撮影の合間に青木さんを、できるだけ観察するように心がけた。たいてい監督のまわりにいて相談を受けていた。

 青木さんはプロデューサーという立場で作品に関わっている。現場では監督がいるから、監督の相談役といった役回りになる。現場以外での仕事は、あまりわからないんだけど、企画の段階から、タレントさんや監督の選択、監督が決まれば監督と一緒になって最後の仕上げまで全部に関わるのが、プロデューサーの仕事らしい。企画を考える頭脳もいるし、決断力、気配り、根気、いろんな能力が要求される仕事だ。

 製作費は、大した金額ではない。スタジオを借りるのにお金がかかるし、ぼくのようなスタッフを雇うにもお金がかかる。全部時間単位だ。よって、撮影の現場は時間との闘いになる。時間を惜しんで撮影する。ノンビリ食事している暇はない。スタッフは、各人の判断で、手の空くタイミングを逃さず弁当を素早く食べて、すぐに仕事に復帰しなければならない。

 青木さんだけだと思う、スタッフ全員で一斉に昼休憩をとったり、昼食を外に食べにでたりするのは。そんなゆったりしていて大丈夫なのかと心配になる。青木さんはこのスタイルを続けているから、どうにかなっているのだろう。

 今日も昼休憩に青木さんに誘われて外食にでかけることになった。現場で用意された弁当は、持って帰って家で夕食にする。昼食で青木さんと外にでている間にぼくの分が食べられているなんてことも、たまにある。

 ぼくは男に興味がなかったから気づかなかったけど、仕事ができるということ以外でも、青木さんはたしかにいい男だ。背が高いし、足が長い。ヘアスタイルも決まっているし、スーツをキッチリ着ている。普段は眼光鋭く、キリッと引き締まった表情をしている。笑うと、かわいらしさがのぞく。

 いまも前を歩くスーツの背中がピシッと伸びていて、許されれば抱きついてみたい気もしてくるくらいだ。

 オシャレなカフェ・アンド・バーのテラス席で、青木さんと向かい合ってスパゲティのセットを食べた。食後のアイスコーヒーをストローで吸う。

 お店が二階にあって、テラス席といっても通行人と目が合って気まずいということはない。ぼくの感覚ではオシャレすぎてはいりづらいお店なんだけど、青木さんは涼しい顔で入店し、注文し、食事をする。青木さんはお店の雰囲気に合っている。一緒にいるのがぼくだというのが違和感をかもしだしていた。

「ここは夜、バーになるんですね」

「そうだね。カウンターにけっこうよさそうな酒があったよ」

「青木さんはどういうお酒が好きなんですか」

 はじめて青木さんにプライベートなことを質問した。ちょっと緊張する。

「ウィスキーとか、ジンとか。強いのをストレートで」

「すごい。男ですね。青木さんはオシャレにカクテルかと思いました」

「カクテルを自分で作って飲んでいたこともあるよ。でも、一時期だけだね。メンドーだし。もうずっとストレートだよ」

「へー。じゃあ、自宅で飲むことが多いんですか?」

「そうだね。家でなにかしながら、ちびちびってことが多いね」

「意外です。女の人からお酒飲みに連れて行ってとか言われないんですか?」

「話が面白い人ならいいけど。外で酒飲むときって話すくらいしかやることがないよね。つまらない話聞かされても退屈で、すぐに帰りたくなる。誘われたとしても断っちゃうね」

「そうなんですか。ぼくだったら女の人と話ができるってだけで楽しくなっちゃいますけど」

「うん、そういう人に声をかけるべきだよね、女性陣は」

 萌さんのことを思い出していた。

「青木さんと一緒にお酒飲んでみたいと思ってたんですけど、ダメですね」

「なんで?」

「ぼく、話つまらないから」

「そんなことない、奥田さん面白いよ。今度飲みに行こうか」

「ホントですか?ぜひ」

「じゃ、電話するよ」

 ぼくは、どういう服装で出かければいいのかという心配と、萌さんに情報提供するネタが仕入れられるかもしれないという期待をした。

 今日は話が自分の都合のいいように進んで行って、意外なほどうまくいった。午後の撮影も失敗なく終了したし、弁当を持って帰ることもできた。

 帰ってから、萌さんに電話して今度青木さんと飲みに行けそうだと報告した。

 撮影の日はたいてい、その日撮影したタレントさんの過去作品を会社から借りてきて、鑑賞しながらオナニーする。仕事の撮影は、ぼくにとって刺激が強く、欲求不満になってしまうのだ。でも、このところ、撮影したタレントさんに関係なく萌さんの作品を使用するようになった。自分の手元に置いておきたいと思って、通販で注文をした。

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