第5話・電子

陽子と中性子は、「原子核」のユニットを組むことができる、たった二種類の構成因子(メンバー)だ。

ちなみに陽子は、自身ひとりで「水素」の原子核になれる。

つまり物語に登場するヨウシくんは、生まれながらにして、すでに水素原子核だったんだ。

それに対して、電荷がない中性子は、ひとりでは原子核になれない。

それでも中性子は、原子核の構成には欠かせない存在だ。

原子核ユニット(水素以外)は、必ず陽子と中性子の二種類が何個かずつ組み合わさって構成されるんだ。

原子核を構成するという意味で、陽子と中性子のふたつを合わせて、「核子」と呼ぶ。

宇宙誕生の最当初、クォークがそれぞれに三つずつ集まって、おびただしい数の核子ができた。

その中身を選り分けてみると、「いろんなタイプのやつ」ができたかと思いきや、なんと陽子と中性子という、たった二種類だけだった。

この二種類が、いろんな構成比で集まってはさまざまな原子核をつくり、転がって転がって、やがては「もの」になっていくわけだ。

ただ、ワンステージ上の「もの」になるためには、この二種類だけじゃ足りない。

陽子と、中性子と・・・そしてもう一種類のメンバーが必要なんだ。

そんなことを知ってか知らずか、、ヨウシくんは広い宇宙を旅しつづける。


少し時間が流れた。

少し、といっても、38万年くらいだ。

・・・極端だね、宇宙の時間感覚ときたら。

宇宙は、だいぶ大きく拡張された。

そして、さらに刻一刻とひろがっていく。

なにしろ宇宙空間は、われわれ人類が活動しているこの現在に至ってもなお、最初の爆発(ビッグバン)の勢いで、ずっとひろがりつづけているんだ。

爆発から38万年たったこの頃には、宇宙も、いっぱしに宇宙(スペース)と名乗れる程度には、スペースを確保していただろう。

そんな頃合いのことだ。

宇宙空間がひろがるにしたがって、ぎゅうぎゅうにせめぎ合っていた粒子たちは散り散りになり、密度がスカスカになっていく。

と同時に、爆発当初の高熱もまた、大きな空間のすみずみにまでまんべんなく散らかり、冷やされていく。

こうして歳月と拡散にさらされた温度は、1万度から数千度というところまで下がってきた。

すると、それまでワイワイガヤガヤと騒々しかった宇宙が、なんとなく穏やかに安定してきたんだ。

われわれ人間だって、灼熱の真夏から涼しい秋口に差し掛かると、ちょっと落ち着こうか、って気になるじゃない。

どんちゃん騒ぎは終わりだぜ、って感じかな。

宇宙だって同じなんだ。

フロアに粒子の姿がまばらになったところで、ムーディーな間接照明でもほしいところだ。

そこで、今度は「光」だ。

原初の爆発のとき、熱と一緒に、ものすごい光が放たれた。

あの強烈なかたまりだった光もまた、粒子や熱と同様に、宇宙空間を散り散りになって薄まりながら、ひろがりつづけている。

光よ、広大なスペースをすみずみまで照らしてくれてサンキュー、と思うじゃない。

ところが、そうじゃない。

光は、爆発から38万年をへたこの頃までは、まっすぐに進むことができなかったんだ。

それは、「電子」という元気な女の子たちが、あちこちいたるところでやんちゃをしていたからだ。

光がまっすぐに進もうとしても、彼女たちにゴツンゴツンとぶつかってしまうんだ。

電子たちは、まったく落ち着きのないおてんばものだった。

水(液体)を高温に熱すると、粒子が暴れまわって解体されて、ゆげ(気体)になるよね。

だけどそのゆげをさらに熱すると、もっとバラバラの素粒子になって荒れ狂う「プラズマ」という状態になる。

宇宙が高温・高圧に煮えたぎっていたこの頃までは、そんなプラズマ状態が、全宇宙で起きていたんだ。

電子たちがイライラしてじっとしていられなかったのは、そのせいだ。

そうして暴れまわる電子がゆく手をはばむせいで、光は、ビリヤードの玉のように右往左往するしかなかった。

すると、光は実質的にこの世界を満たしているはずなのに、なんとなく宇宙全体がどんよりと曇り空みたいになってしまう。

見渡すかぎりに光の海なのに、もやもやとした視界不良、という奇妙な状態が、この頃までつづいていたんだ。

だけど、宇宙もだんだんと涼しくなってきた。

涼しくなるにしたがって、電子たちもおしとやかになる。

秋になると乙女が恋をしたくなるように、彼女たちも、ひと恋しくなったのかもしれない。

電子たちは、光にじゃれつくよりも、周囲を飛ぶ陽子たちの存在が気になりはじめたようだ。

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