2016年【隼人】37 無色なものに、欲望で色をつける

 誰かさんの再来と呼ばれた上級生の不良に、隼人は何度も殴られ、蹴られまくった。


 今日で、こいつらから解放されるためにも、反撃をしない。

 反射的に防御をしているからか、耐えられない痛みではない。

 どんなに気合の入った一発を受けても、浮遊感を一度も味わっていないので、不良の底はしれている。


 つまり、撫子よりも弱い。

 中一の女子より雑魚で、いきがっている。

 恥ずかしくて死にたくならないのか。

 ほらもう、必死になり過ぎて息も切れてるじゃねぇか。


 再来さんの攻撃が止まった。

 ポケットから取り出した炭酸飲料を飲んで休憩をはじめる。

 これは、もう終了ということだろうか。


「じゃあ、オレは帰ってもいいんすかね?」


 持っていたジュースの缶で、再来さんは遠投をおこなう。


「俺様にまぐれ勝ちして調子に乗りまくりだな。まだ立場がわかんないのか」


 立場がわからないだけではない。

 こいつが缶を投げた意味も理解できていない。

 まさか、あそこまで大きく外れていて当てるつもりだった訳ではないだろう。

 やはり意味不明だ。


「ムカつく態度だな! もういい。俺様ひとりで楽しむのも飽きてきたところだ」


「つまり、帰ってもいいと?」


「他の奴も殴っていけ」


 指示を受けた不良たちが、のっそりと動きだす。

 十人ぐらいで数えるのをやめる。たぶん、二十人はいないだろう。

 岩田屋中学校の不良が勢ぞろいしているのかもしれない。


「チンタラ動いてんじゃないわよ!」


 鈍い動きに苛立ったのは、不良の中の紅一点だ。

 プリンのように根元だけ黒い髪はよく目立つ。

 それよりも目を奪われるのは、スカートの中だ。

 あぐらをかいて座っているので、スケスケパンツがよく見える。


「いいかい、あんたたち。浅倉はお前らが頑張ってくれるのを期待してるんだって。なんと! 倒せた奴に財布をくれるってよ!」


「てめ、コトリ! なに、勝手なことを抜かしてんだ!」


「黙れ、人のパンツをタダで見てんだから、ちっとは余興として楽しませろ、ボケ。あと、馴れ馴れしくコトリって呼ぶなってなんべん言ったら、わかるんだ!」


 不良連中の動きが、見るからに変わった。

 アイドルのパンツを見た隼人への怒りか、はたまた報酬が出ることへの喜びか。

 それぞれちがった理由を持っているのだろうが、隼人を取り囲むという結論だけは変わりない。


「ほらほら、一番乗りはどいつだ。最初に殴った奴にもご褒美が必要ってか? そうだな、昼休みにでもアタシといいことできるかもってのは、どーよ?」


 目を血走らせて、馬面が駆け寄ってくる。

 パンチでもキックでもなく、走った動きを破壊力に変換すべく、タックルをしてきた。


 これもまた、耐えられない痛みではない。

 撫子はおろか、再来さんよりも非力だ。


「んだよ、だせぇな。不意をついても、その程度かい。あーがっかりがっかり」


「でも、小鳥遊ちゃんを昼寝はがっかりさせないから。おれの相手お願いね、でへへ」


「勃起しながら、へらへらすんな、童貞が。ルールを変更する。よくきけ」


 馬面の血走った目に意識をとられていた。

 小鳥遊ことコトリのいうとおりで、馬面の股間はふくらんでいる。


「ほらほら、せっかく浅倉を囲んでるんだから、馬面から時計回りでどついていけ。浅倉の膝をつけた奴は、しゃぶってやるよ。イケメンか、もしくはアタシが入れたいと思うチンコなら最後まで相手してやる。ただし、ゴムは浅倉の財布から金を奪って買ってこいよ」


 自分を美人だと知っている女が、勝手なルールを作った。

 不良たちは鼻息を荒げている。

 さぞかしアドレナリンも分泌されていることだろう。


「あ、そうだ。浅倉。嫌がらせで、不細工な奴のところで倒れるなよ。最後まで立ってられる男なら、アンタの相手してやるよ。だから、頑張れ頑張れ」


 コトリがいくら美人だといっても、こんな奴に貞操を奪われたくはない。

 そんな風に思っているのは隼人だけのようだ。校舎裏は異様な緊張感に包まれた。


 さすが、コトリだ。

 漂っている空気を操るのに長けている。


 無色なものに人の欲望で色をつけて、流れを作るのだ。

 人の行動を操るのではなく、漂う空気を支配する。

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