第13話 殺しの依頼



「……で、よう。そろそろ聞かせてくれねぇか? その“依頼”の内容をよ」


 金と力を見せつける様な、豪華な調度品で飾られた応接室。

 平九郎は座り心地のいいソファーに、のんびり凭れながら言った。

 手には、スミスの淹れた紅茶。

 高級な茶葉も一因だが、自称執事らしくスミスは紅茶を淹れるの上手い。

 同じく紅茶を飲んでいたサラも機嫌が直ったらしく、コトリとカップをテーブルに置いて口を開いた。


「端的にいうわ。裏切り者を“処分”して欲しい」

「へぇ」

「それなら、貴女の所で殺ればいいじゃない」

「親愛なる妾の剣に、仕事の斡旋では不満かしら?」

「ああ、不満だね。お前ぇさんがそんな殊勝なタマかよ」

「ま、そうなるわよね……」


 サラは一瞬目を瞑って考えると、目を開け隅に控えていたスミスに顔を向ける。


「彼らならば、話してもいいかと」

「そうね。身内の恥も含まれるから、と思ったけど。将来一緒になる妾の剣に対して、無駄にかっこつける必要はないわ――」


「――ふふ、小娘。寝言は寝てからおっしゃいなさって? ……旦那様は未来永劫、来世のそのまた先、魂が潰える時も一緒に、私の旦那様なのですよ」


 瞬間、空気がギシリと軋んだ。

 猫が虎の尾を踏み、虎が目を覚ましたのだ。

 幸いだったのは、少し目を開けてまた眠りについた事だろうか。

 一拍後、場を妙な重さに陥れた犯人は何食わぬ顔で愛しい旦那様に寄りかかる。


「…………ああ、うん。妾が悪かったわ」

「……いやはや、妻の愛とは斯様にも尊いものなのですな、このスミス、勉強になりましたよミスタ平九郎」


 那凪の狂人そのものの眼差しを受けたサラは、どんよりと顔を曇らせた。

 ――同じ女だから解る、目の前の女は本気で“そう”思っている、そして何が何でも実行するという気概が見取れてしまう。

 恋に狂うとは間違っている、恋を、愛を覚えた時点で既に狂っているのだ。

 この女以上の“重さ”を得ないと、彼女の剣は勝ち取れない。そう戦慄する。

 その様子を端から見ていたスミスは、愉しそうな笑みを平九郎に向ける。


「……こいつぁよぅ、ちょいと愛が人より大きくてな。まあ、そこも愛嬌といった所よ」


 かっかっか、と笑うがその内情としては、胸焼けものだ。

 だが、この愛の重さが那凪なのだ。平九郎は“あの日”よりそれを受け入れて一緒にいる。

 今更、どうこう言う気はまったく無い。


「ほう、流石。駆け落ちまでした男は懐が大きく御座いますな」

「え、やっぱりその噂本当だったの!? スミス!」

「なんでお前まで知ってやがる……」

「ああ以前、ミセス那凪より直接伺いまして」

「……お前ぇなあ」

「あら、いいじゃないそれぐらい」


 平九郎は眉間の皺をほぐしながら、サラに顔を向ける。

 そろそろ、話を戻すべきだ。


「……んでよ。そっちの事情って何なんだ?」


 サラは咳払いを一つして、話を再会する。


「ウチの幹部の一人で、処罰を担当している貴族の男がいるのを知っているわね」

「そういうのがいるって、話には聞いた事があらぁな」

「でも、それ以上は知らないわ」

「その者の名は、――グレン・ハインデル」

「ハインデルってーと」「もしかして――」

「ええ今日、貴方達が連れてきた二人組、その内の男、ヨハン・ハインデルの父親です」


 へぇ、と平九郎は無精髭を撫でた。

 続く言葉が必要ない位、焦臭い感じになってきた。


「つまり、ヨハンを殺せと言いたいのね。貴女は」

「ええ、それともう一人」

「フレイディアか」

「そうよ。妾の剣、貴方にはその二人を確実に“処分”してもらいたいわ」


 と言ってサラは一口紅茶を飲み、そして、平然とした態度で続けた。


「グレイの息子、ヨハンは我々を裏切った」

「……そういや、やっこさん隣の王子に心酔してるみたいだったが?」

「ええ、我々は現在その王子を引きずり下ろそうと画策している。そしてそれは、後一歩で完遂するわ」

「私共としましては、王子に付いただけでに処分対象だったのですが」

「裏では悪魔伯爵と恐れられたグレン・ハインデルも、人の子だったという事だわ。――彼は妾達に、息子の裏切りを隠していた」

「私共としても、ただ王子に付いただけなら、見逃してもよかったのです。何故ならば、そのまま一緒に破滅するだけですから」


 さも当然の事のように、スミスも語る。

 だが、その表情は苦々しい。


「ふん、窮鼠猫を噛む、か」

「そうならない為に、ミスタ平九郎。貴方に頼むのです」

「グレンは謹慎中の為動かせないわ。かと言って他の者では力不足」

「お嬢様でもよろしいのですが、仮にも商会の次期当主、予定も詰まっていますし、軽々しく動けないのです」

「妾の剣、どうか引き受けてもらえませんか?」


 平九郎は、二人の言葉を吟味した。

 隣国の王子は、切れ者で高潔な精神の持ち主だと噂に聞く。

 裏の者にとっては邪魔にしかならない存在だろう、だからこそ、病床の王子を復活させようとするヨハン達裏切り者の存在は、サラ達にとって痛手だ。


(王子に復活されるのも、それによってサラ達の存在が表に出る事も避けたい……か)

『ゴルデス商会は、上の国の王族御用達、政治への発言権や影響力も馬鹿に出来ないわ。下手を打てば――』

(戦争か……)


 平九郎と那凪は繋いだ手と手から、魔法を通じて会話した。

 サラ達には恩がある、故に、受けるのは吝かでない。

 これだけ重要な依頼だ、報酬だってきっと悪くない額だろう。


「そうだな。……まあ、受けてもいいか」

「本当!」

「――だが。まだ後一つ、聞きたい事がある」

「何? 報酬なら十二分に――」


「――フレイディアの事よ」


 平九郎の言葉を引き継ぎ、嫣然と笑いながら那凪が切り込む。

 迂闊、とサラは、彼女の威圧感に身震いした。 

 先ほど踏んだ時に、虎は起きていたのだ。

 決して、眠ってなどいなかったのだ。

 再び張りつめた空気に、平九郎はただ無言で紅茶を飲む。

 ここからは、那凪の出番だ。


「……何よ。いきなり」

「報酬の話は、まだ早いでしょう? だって彼女の情報を聞いていないのだもの。そして何より――曖昧だわ」

「曖昧とはどういう事ですかな? ミセス那凪」

 聞き返したスミスに、那凪は虚空から扇を取り出、勢いよく開いて威圧する。

「“処分”さっきそうお言いになったわね」

「それが曖昧だと?」

「ええ」


 那凪は、大仰に頷いた。


「貴女は殺すなら殺すと、はっきり言う人です。現にヨハンを殺すという旦那様の発言に、頷き同意しました。――では、彼女は?」

「……何が言いたいの」


 緊張気味に聞き返すサラに、那凪は我が意を得たりといった表情で口にした。


「はっきりと明言してくださいませ。“彼女を殺せ”と。……万一。処分という意味が手足を切り落とした程度、と言う意味だった場合。知らずに斬り殺してしまうのは問題でしょう? ――そのような不都合、不利益が起きないよう、誤解の余地無く明言すべきでは御座いませんか?」


 那凪はサラへ厳しい目をし、暗に告げた

 フレイディアの価値を知っているぞ、と。

 彼女は凄腕の純粋薬師であり、また裏の社会と繋がりと思われる。隣国出身というのを鑑みるに、恐らくはサラの手下か、その関係者。


 そして、何より。


 この様に曖昧な言葉を放ち、事の成否に関わらず相手に付け込む手法は、初めてではなく、寧ろいつもの事だ。

 被害の小さな事なら見過ごせるが、このような大きな依頼での事。

 妻として、那凪は見過ごせるわけがない

 那凪は。恩があるからといって、サラに過剰な信頼しない、油断もしない。

 ここは悪党の街、レイドリアなのだ。


「さあ。どうかしらお嬢さん?」

「~~っ!」


 余裕たっぷりの那凪に対し、サラは苦虫を噛み潰した様な表情で睨みつける。


「ふふっ、急に黙り込んでどうしたの? お腹でも痛くなった?」

「~~っ! このっ!」


 いいアイディアが思い浮かばなかったのか、歯ぎしりする主を見かねて、スミスは助け船を出す。


「……ふむ。今回もお嬢様の負けの様ですな」

「――――はぁ。わかったわよ。ほんっと意地の悪い女ねアンタ。今回は妾の負けよ。明言しようじゃない“フレイディアも殺せ”ってね」

「ええ、有り難い事ですわ。では――」

「勿論、情報も渡すわよ。潔い妾に感謝してよね」


 何の勝ち負けなんだか、とこぼす平九郎を余所に、サラはフレイディアの事を話し始めた。


「フレイディアが一流の純粋薬師だというのは、知っているわね」

「ええ、彼女について聞き出せたのはそれ位だけれども」

「成る程ね。……では、彼女は我らの一員だという話は?」

「想定の範疇ね。それで、他には?」


 そこで、サラはニヤリと笑った。


「王子の病気だけど、彼女の仕業よ」

「へぇ、あの娘も中々の悪党じゃない」

「それだけじゃないわ」


 サラは、もったいぶって間を置いた。

 平九郎は、とっとと話せと、視線を送る。


「ヨハン・ハインデル。――彼の病気もフレイディアの仕業よ」


 へぇ、と。平九郎の口から漏れた。

 これで今の状況について、色々と腑に落ちた。

 ヨハンの魔力の問題も、フレイディアが一瞬だけみせた後ろ暗そうな表情の理由も。

 恐らく、命令に従って毒殺を試みたものの、ヨハンに惚れてしまい、組織を裏切った。というのが事の発端なのだろう。

 一方、那凪も何か気になっていた事があったのか、サラに質問する。


「王子とヨハンを体調不良による魔力の自然暴走に見せた毒殺、純粋薬でよくやるわね。それだけでも凄いのに……、此処に来られる位には、それを回復させられる腕。――いいの? 本当に殺しても。彼女は恐らく、百年に一度の天才ではないの?」

「……呆れたわ。アンタ、平九郎の腰でヨハンを観察していただけなのに、そこまで見抜いたの?」

「旦那様と共にいるなら、それ位当たり前でしょう」


 当然の様に言う那凪に、サラは溜息をつかざるおえなかった。

 普通、王族専属の一流の医師でも判別に数日かかった原因を。多少なりとも治療されたヨハンと、数時間一緒にいただけで特定した。

 彼女は、本当に謎の多い人物である、

 サラの感覚で言えば死人のそれなのに、確かに生きているし、その癖、刀に変化し。

 挙げ句の果てに、極東の皇族に繋がる貴族で、無名なのに超一流所の、謂わば魔王級とでもいうような実力を持つ魔法使いである。


 更に、世界を股に掛ける大商会の諜報部門を以てしても、平九郎との詳細な過去は出てこない。

 何なのこの女、と喉の奥に引っ込めて、サラは言うべき事を言う。


「……妾としても、フレイディアの才能は惜しい所があるけど、まぁ、変わりがいないこともないし」

「あらあら、随分と冷酷ね」

「世界は広いって事よ。かの“大悪党”ぐらいじゃ無い限り、才能に変わりはあるわ。……それはそれとして、彼女が作ろうとしている薬は是非とも入手してもらいたいわ」

「理由は?」

「かの高名な万能の霊薬にはだいぶ劣るけどね、一人の薬師が一生に一度しか作れないと言われる貴重なモノ。――表でまともに買えば、普通の商会なら身代が傾く程には高価なのよ」

「成る程、解りましたわ」


 にっこりと笑う那凪に、サラは疲れた顔をした。


「……はあ。じゃあ、こちらが把握している事は粗方話したわ。他に何かある?」

「情報はもう結構だわ」

「そう――なら」


 深呼吸の後、サラは残っていた紅茶を一気に飲み干して告げる。

 その顔は気持ち、先より真剣だ。


「――報酬の話を」

「しましょうか――!」


 女二人が、またもや火花を散らし始める。

 その手の話は、やはり那凪に任せっきりの平九郎としては、静かに黙るばかりだ。


「単刀直入にいうわ、これでどう」


 サラは指を三本立てる。

 対して那凪は十本立てる。

 一本、金貨百枚の換算である。


「商会の危機だというのに、少し吝嗇ではありません?」

「それはそうだけど十本はボリすぎ。今回は妾からの私的な依頼だから予算が降りないの、諸事情でギルド経由だから手数料もいるし」

「貴女、一応次期後継者でしょう。予算ぐらい認めさせなさいな」

「無茶いわないで。金貨千枚なんてハインデルから根刮ぎ引っ張ってきても足りないわ」

「あら? ヨハンはその辺の乞食に金貨一枚、平気な顔であげていたけど?」

「あれはそのバカの金銭感覚がおかしいのよ! その所為で伯爵家なのに財政傾いてるし、おまけに残りの大半の金貨をバカが持ち出してるんだから! ……金三五十!」

「九百!」

「四百!」

「八百!」

「ええーい。持ってけ泥棒! 二百!」

「何で下がってるのよ……。千二百!」

「アンタこそ上がってるじゃない!」


 睨み合う二人。

 平九郎は、スミスに質問を投げかける。


「あいつ、よくそんな感じで生きてこれたな?」

「伯爵もそれには苦心していたようで、少しでもまともになるよう、騎士団の一番厳しい部署にいれたそうですが……」

「ああ、直らなかったのか……」

「それだけでは無く、問題の王子に心酔してしまいまして。親子仲が悪かったのもあって――」

「成る程。組織を裏切ったのか」

「まあ、ご子息のほうは、名前だけ入っていた様なものですし」

「フレイディアさえ裏切らなければ問題無かった。という訳か」

「そうで御座いますミスタ平九郎」


 そんな男達の遣り取りを余所に、話はまとまったようだ。


「旦那様。金貨三百五十。上で最新の高級服と下着が五着と各種装飾品、一流菓子職人を呼び寄せてのお茶会で決まりましたわ。後、目的の薬はあくまで追加報酬で、絶対的な目標ではないそうよ」


 その言葉を聞いて平九郎は、んん? と首を傾げた。

 何故、服やら菓子が混じっているのだろうか?


「あー、と。那凪?」

「何です? 心配しなくても、諸経費は彼方持ちですわ」


 さも不思議そうにする那凪に、平九郎は二の句が告げなくなる。


「極東で言うカカア天下ですな、ミスタ平九郎」

「……五月蠅え似非執事」


 くっくっく、と髭を揺らし笑うスミスに、不貞腐れる平九郎。

 それを見て、サラは少し不機嫌そうに言う。


「そうそう、妾の剣には万が一にも無い話だと思うけど……」

「何だサラ?」

「失敗した場合、勿論報酬はないわ。それと契約不履行として、罰則を設けさせて貰うわよ」

「わかりました、此方も異論は無いわ。――けど、平九郎の隷属化は無しよ。……“私達の仲でしょう?”」


 途端、那凪から冷気がサラに向けて発せられた。

 その有無を言わさない迫力に、サラは動揺する。

 が、持ち堪えて話を続けた。


「な、なんの事かしら。妾は命の恩人にそんな事をするような外道ではないわ」

「あらあら、お嬢ちゃんは冗談がお上手なこと」

「ふん! 強突く張りの年増に比べればマシだわ」


 これで何度目の衝突であろうか、またもや戦場が舞い戻った。

 平九郎は呆れたように肩を竦め、スミスは面白そうに、愛されてますな、と言った。


「では。……罰則は旦那様との一日逢瀬で」

「……へえ、アンタにしては大きくでたじゃない?」

「ええ、旦那様が失敗する訳ありませんし。まあ、貴女に泡沫の夢でも抱いてもらおうかと。私は寛大ですし、妄想まで嫉妬はしませんわ」

「へ、へえ。それは、それは懐が深くていらっしゃるようで。…………報酬に、高級娼婦を付けるわよ」

「お、本「それをしたら、本当に戦争ですわよ」


 思わず身を乗り出しかけた平九郎は、那凪に太股を強く抓られ悶絶する。

 そして、女達は不気味に笑いながら閉幕を告げた。


「ま、いいわ。もう遅いし、前金代わりとしては何だけど今日はウチで飲んでいって。代金は全て持つわ」

「ああ、別に今夜中に殺してもいいのですぞ。今宵の妖刀は血を欲している。とか聞きますからな」

「どこの与太話だよ」


 けっ、と吐き捨てて、平九郎は立ち上がった。

 なまじ否定できない部分がある故、腹立たしい。

 その一瞬、歪んだ顔を見逃さなかったサラは、満足気に見送った。


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