第12話

 目覚めの悪い朝だった。

 いつも鳴いているはずの鳥の鳴き声がその日は聞こえない。


 私は目をこする。何度も、何度も。目が赤くなるほど。そして、グラリ。頭を枕につける。フワリ。意識が遠退く。


 おやすみ。

 二度寝。


 ジリリ。また目覚ましがなる。頭が揺れる。ボタンを押す。目を半分だけ開ける。重い頭をあげる。ため息混じりの欠伸を吐き出す。


 今何時?

 6時半だ。平日よりも早く起きる。

 休みの日ぐらいゆっくりと寝たい。


「ほら、起きないと。バイトに遅刻するよ」


 と私の姉。

 まだ日が上ってから間もないというのに、姉はバッチリと化粧を決めていた。

 アパレル業に勤めている姉にとってみれば土日など関係ない。むしろその日こそが稼ぎ時でもある。


「体調悪いから休む」


「二日目なのに?」


 私は首を縦に振る。

 そりゃ、情けないと思っている。

 私はまだアルバイトを初めてからたった一日。しかもその日はトイレ掃除をして、接客の基本知識を身につけただけ。それ以上のことをしていない。

 まだ給料に相応しい仕事などしていない。


「早かったね。一ヶ月は持つと思った」


「私のこと情けないと思っている?」


「ううん。そんなものだと思っている」


「別にそんなものでいいよ」


「それで、このことはお母さんに伝えるの?」


「……」


 沈黙。

 私がバイトをすると言った時に真っ先に喜んでくれたのは母である。

 幼い頃から、人と交わることが苦手で他人と上手く距離をつかめない娘が。部活、勉強何をやってもすぐ飽きてしまう娘が。何事に対しても内向的で自分から行こうとしなかった娘が。高校生になって自分でお金を稼ぎたいと言ってきた。


 これは母にとってどれほどの衝撃だったのだろうか。

 生半可なものではないはずだ。


 誕生日でもないのに、節約家の母がチキンとケーキを買ってきてくれた。

 別に職場に使う必要もないスーツを、念のためという理由で新調してくれた。

 バイトの初日前に、働くことは何かというのを私が欠伸出るくらいに熱く論じてくれた。


 そんな母だ。


 私が二日やそこらでバイトを辞めるといったら落ち込むだろう。

 しかも理由が大したものではないということを知ってしまったら……


 私が二日そこらで母にバイトを辞めるということを告げたら良心の呵責に刈られ、押し潰され、潰されるだろう。


 浮かぶ、残念そうにする母の姿。

 見たくない。


 私の足が動いた。

 手が動いた。

 体が動いた。起きあがった。


 先程まで聞こえなかった鳥の囀りが聞こえる。


「おはよう」


 と、にこやかに姉は言う。

 居心地悪い朝。


「それじゃ、’仕事行ってくるね」


 姉は私よりも早くに職場へ向かった。

 欠伸をする。体が大気圧に潰されそうだ。


 それでも思う。


「私も職場にいかないと」


 と。

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