第8話

 中学時代は悪夢だった。

 それは長い、長い。途方もない、目覚めることさえも許してくれない。

 おはよう。そんな声が聞こえるのをずっと待っていた。来なかった。だから二度寝をした。結局悪夢。


 その目の前に現れた少女は悪夢の象徴。


「久しぶりだね。私の友よ」


 その夢の設定では友。

 多原茜。

 私の中学の同級生。


 私は会釈をする。そして静かにその横を通る。

 微かな笑い声が聞こえる。

 心臓の毛が抜けた。血が青色に変わった。顔も青くなる。未熟なリンゴになる。


 私は震えている。

 短く切り揃えられた黒色の髪。本当は目が悪いのにコンタクトで誤魔化しているキラキラ瞳。

 諏訪さんや佐野さんに比べたら地味な少女。外見に怖さなどない。


 この子は変わっていない。

 身長も、仕草も、声も、その不敵な笑みも。

 当たり前か。

 まだ中学卒業してから一月も立っていないもの。卒業式に咲かせた桜の花びらは、まだ私たちに姿を見せている。


 私も変わっていない。

 身長が伸びたように思えるのは、厚底の靴を履くようになったから。

 仕草が変わったように思えるのは、周囲の人間が大人になったから。


 私の本質は私。

 何も変わっていない。


 桃色の桜の葉はまだ、必死に木の枝にしがみついている。その花に風が吹く。桜が木の枝から手を離す。地面に落ちる。茶色の土と混ざり会う。きれいと思われた桜は、薄汚いピンクへと変化していく。

 その桜の花がいた場所には、緑の葉が顔をのぞかしている。この緑の葉もやがて、茶色に変わり枯れ果てるだろう。


「何か高校生になって大人っぽくなった?」


「……」

 私は無視をする。


「あっ、心なしか身長が伸びたような気がする?」


「……」


「高校に進学して新しい友達とかできた?」


「……」


「やっぱり高校と中学って違うよね。」


「……」


 茜はため息を吐く。


「ま、そんなに簡単に変化するわけないか。私もあなたも」


 私はまだ彼女に対して口を開くことができない。逃げている。

 目を据える。考える。どのように口を開こうか。

 思い付かない。思考停止。


 そのまま時が流れる。

 最初に一歩を踏み出したのは茜。


「じゃ、またどこかで会えたら」


 そして私の横を通りすぎる。

 首を小さく動かす。

 彼女の髪から甘いシャンプーの香りがする。


 その臭いが風に運ばれ、消えた頃私は後ろを振り替える。

 もうそこには茜の姿などなかった。

 今すぐ叫びたい。そんな気分。


 何て憂鬱な日なんだろうか。

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