第7話「夏祭りのジレンマ」

真希と水野をこっそり見送ったあと、俺はため息交じりに部活をしに体育館に戻った。

俺が入部しているこのバスケ部は、夏休み中に大会があって、もしそれに負けると三年の先輩達が完全に抜けてしまう。


……けど、先輩達には申し訳ないけど、今の俺にはそんな大会とか正直どうでもよくて。

さっきのあの二人の後ろ姿を思い出すと、何だかフクザツな気分になって半ば乱暴にボールをゴールに入れた。


「!!おーっ、ナイス公希!」

「……」


投げたボールは綺麗にゴールに入ったけれど、なんかやっぱまだ心の奥がモヤモヤする。

俺はそう思いながら体育館の隅に行くと、壁に寄りかかってなんとなく真希のことを考えた。


……真希のことは、別に恋愛対象にして見ていない。

っつか、今まで真希に何を言われても全くそういう目で見たことはなかった。

だから俺が真希を好きになることはあり得ないんだけど…。


…でも、何で…最近あの真希と水野のツーショットを見ると、こんなにフクザツなんだろ…俺。

だけど考えたってその理由がわかるはずもなく、いつも通りに時間が過ぎていく…。


19時になってようやく部活が終わると、転がっているボールを片付けていたら同じ部活でクラスメイトの奴らが言った。


「な、公希!お前どうする?」

「…どうするって?」

「夏祭りだよ!来週、そこの神社で夏祭りあんじゃん。俺らみんな集まって行くんだけど、お前も行かねぇ?」


そう言って、「お前もどーせ彼女いないし、ヒマだろ」と言葉を付け加える。

……夏祭り、か。

俺がどうしようかと思って少し考えていると、その時その会話を聞いていた他の奴が言った。


「無理無理、公希は行かねぇよ」

「…え、」

「だって公希は彼女がいなくても、あの“幼なじみ”ちゃんがいるんだし。

確か去年もそのコと一緒に行ったんだから、今年もそうするだろ。な?公希」


そいつはそう言って、俺の肩を組んで同意を求めてくる。

けど…


「…いや、今年は真希とは行かねぇよ」


俺はそう言うと、体育館倉庫の鍵を締めた。


「え、何で」


そんな俺の言葉にそいつはそう言って、組んでいた俺の肩から腕を離す。

何でって、だってアイツはきっと水野と行きたがるから。

…あ、でも、水野には中津川がいるから……どうだろうな。

俺はそんなことを考えながらも、鞄を肩にかけて言った。


「……暑いし、めんどくさいじゃん?」


だけど俺がそう誤魔化して帰ろうとすると、皆はそんな俺を引き留めて言う。


「えー、相変わらず冷たい幼なじみだなぁお前」

「真希ちゃん、お前のことだけを10年以上も想い続けてきたらしいじゃん。そろそろ付き合ってやってもよくねぇ?」

「それなのに“めんどくさい”ってお前…そのうちバチが当たるぞ」


そう言って、俺の肩をぐっと掴む。

でも、


「…大丈夫。アイツ、結構タフだから何も気にしねぇよ」


俺はそう言って自身からそいつの手を離すと、やがて体育館を後にした。


…“冷たい”って。

そりゃあ真希のことは好きだけど、恋愛対象にして見ていないのに付き合うのは真希に悪い気がするし。

だったらそれなりの距離を置かなきゃいけない、と思って今までそうしてきたけど…それは“優しさ”にはならないのか…?


……やっぱ、よくわからない。


******


真希が生物室に閉じ込められたあの日から、あれから数日が経過した。

結局あれからはどんなに歩美にラインや電話をしてみても繋がらないし、

俺としては話の続きがしたいのに…歩美は避けているらしく、出てくれない。

しかも何度か家に行ってみても留守だったし、居留守を使っているのはなんとなくわかるけどそれ以上は何も出来なくて。

そして今日も同じ結果のまま携スマホをテーブルの上に置くと、俺は小さくため息を吐いた。


「…はぁ、」


…クーラーが効いているこのリビングでは、涼しい風が直にあたっている。

少し寒い気がするけれど、飼っているウサギ(因みに、名前はナナ)はちょうど良いみたいだから敢えてこのままにしておこう。

しかしそう思いながらソファーの上でウトウトしていたら、ふいにナナの方からビリビリと紙を破るような音が聞こえてきた。


………ん?

何か、イヤな予感。

コイツ何やってんだ?


そう思って慌ててナナを見ると、ナナがケージの上に置いておいたはずのチラシを、口で破って食べている様子が視界に入った。


…落ちてきたのかな?

っつか、ウサギのクセにいつも紙を食べてしまうから困る。

俺は仕方なくソファーから起き上がると、ナナが口で加えているチラシを取った。

そしてナナの目の前に主食である牧草を代わりに置くと、俺は破られたそのチラシをゴミ箱に捨てようとする。


けど…


「…夏祭り、」


ナナが破って食べていたチラシは、もうすぐ神社で行われる夏祭りのチラシで。

そこには、屋台の案内とか花火のことなどがいっぱい書かれてある。

……そう言えば、真希(幼なじみ)とよく行ったな。

俺はそう思うと、昔のことを思い出して独りふっと笑った。


毎年浴衣を着てくれて、下駄履いてたから歩きにくそうにしてたっけ。

でも俺がそんなこと関係なくスタスタ先を行くから…


“優ちゃん待ってよー”

“早く歩け、ばーか”

“もう歩けないーっ!”


…で、よく「誰かあたしのことおんぶしてー」なんてグズってたっけ。

人前で平気で言うから、毎年恥ずかしかったな俺は。


そんなことを思い出しながらもそれを捨てようとしたら、ようやく真希が帰ってきた。


「ただいま~」

「おかえり、」


真希はコンビニまでアイスを買いに行ってくれていて、俺にそう声をかけると「涼しい~ここ天国だね」なんて言葉を付け加える。

…本当は、どっちがアイスを買いに行くかでジャンケンをして、負けた真希が暑いなか買いに行ったのだ。

真希は買ったばかりのアイスを冷凍庫に入れると、俺の方を振り向いて言った。


「…あの、水野くん」

「うん?」

「コンビニのポスター見て知ったんだけどさ、来週夏祭りがあるんだって」

「…そうなんだ(いや、知ってるけど)」

「水野くん、歩美と行くの?」


そう問いかけて、チラリと俺の方を見る。

…何で、そんなこと聞くんだ?

この時まではまだそれがわからなかったけど、俺はその問いかけに首を横に振って言った。


「…いや、行かない」


…だってもう、アイツと一緒にいる意味が無くなってしまったから。

だけどそれを全く知らない真希は、「せっかくの夏祭りなんだから行けばいいのに」って呟く。

…やっぱ真希はわかってない。

俺はそう思うと、この前真希に告白してしまった時のことをふと思い出した。


“…真希、”

“俺…お前のこと好きだよ”

“本当は…歩美よりも、ずっと好き”


…あの時は確か、一瞬だけ真希がアイツ(幼なじみ)に見えた。

だからと言って、本当に「重ねて見えた」っていう理由だけで告白をしたわけじゃない。

けど俺は…


“…まぁ、悪かったよ。あんな嘘吐いて”

“俺真希のこと“好き”って言ったじゃん。心配しなくても、アレ嘘だから”

“気にしなくていいよ。っつか、言わなかったことにして”


真希があまりにも俺を避けるから、思わずそんなことを言ってしまった。

本当は、幼なじみのアイツのこととか関係なく好きなのに。

誤魔化した。

また距離が出来てしまうことが怖かったから。

でも俺はその時のことを心に仕舞うと、真希に言った。


「…じゃあ、お前はどうなの」

「え?」

「お前は“公ちゃん”と夏祭り行くんだろ?」


俺がそう聞くと、真希は少しだけ考え込む。

真希はいつも「公ちゃん、公ちゃん」だから。

それこそせっかくのチャンスなのに、“夏祭り”という大イベントに行かないはずがない。

しかし俺がそう思っていると、やがて真希が言った。


「……それは…考え中かな」

「え、」

「ってか、そもそもまだ公ちゃんのこと誘ってもないし」


だから行かない可能性の方が、高いかな。

そう言って、苦笑いを浮かべる。


…行かない?

意外すぎる、

真希なら絶対、鈴宮と一緒に行くことを望んでそうなのに。

だけどそんな真希の答えに少し安心してしまった俺は、自分の気持ちにこれ以上嘘が吐けなくて…真希に言った。


「……じゃあ、」

「?」

「俺達二人で、夏祭りに行かない?」


そう言って、冷蔵庫の前に立つ真希を見遣る。

言ってから我に返ったけど、もう後が引けない。

そのまま返事を待っていたら、真希が戸惑うように言った。


「い、一緒に…?」

「うん、」


俺が頷くと、真希は目を泳がせて俺から目を逸らす。

また、困らせてしまったかな。

でも自分の気持ちを抑えれば抑えるほど、真希への想いが大きくなっていく。

…本当は、俺は容易に近づいちゃいけない相手だったのに。

だからか、真希はしばらくすると…


「……ご、めん」

「!」

「あたし、今年は行かない予定だから」


そう言って、


「ほんと、ごめんね」


再度そう謝って、リビングを後にした。

…もっと真希に近づきたいって思ってしまう俺は、悪魔かな。


…………


水野くんから、まさかの夏祭りに誘われてしまった。

だけどあたしは歩美のことを考えてそれを断ると、すぐにリビングから離れて自分の部屋に直行する。


「…っ…」


そして中に入ってドアに鍵をかけると、ドキドキを抑えながら大きく息を吐いた。


「っ、はぁ…」


……まさか、水野くんが夏祭りに誘ってくれるなんて思いもしなかったから、さっきは思わず「行きたい!」って言いそうになってしまった。

水野くんはただの気まぐれで誘ったんだろうけど、もし二人で歩いていてそれをクラスメイトとかに見られてしまったら困る。

あたし、殺されるかもしんない。


……それに、水野くんは構わないんだろうか。

あたしが歩美を裏切ってるからってあんな嫌がらせをされたのに、さっきみたいにああいうふうにあたしを誘うなんて…。

やっぱり、水野くんがわからない。


…しかし、そう思っていると…


「!」


スマホに、着信がかかってきた。

あれから学校までスマホを受け取りに行ったあたしは、無事に返ってきているそれを開く。

誰かと思って確認してみると、相手は歩美だった。


「…もしもし?」


そしてその着信にすぐに出ると、電話の向こうで歩美の声が聞こえてくる。


『もしもし真希、今大丈夫?』

「うん、大丈夫だよ。どした?」


数週間ぶりに聞く親友の声に耳を傾けてそう聞くと、歩美が言った。


『ねぇ、今度の夏祭り…あれ一緒に行かない?』

「え、」

『お願い、真希と二人で行きたいんだ。もしかして、鈴宮くんともう約束しちゃってる?』


歩美はそう聞くと、あたしの返事を待つ。

…もちろん一緒に行くのは構わないけど、何か違和感。

水野くんもそうだったけど…歩美、水野くんと一緒に行かないの?

あたしはそう思って、歩美に問いかけた。


「歩美、水野くんとは行かないの?」

『…え、』

「だってほら…二人恋人同士だし、」


…せっかくの“夏祭り”っていう大イベントのチャンスなのに、行かないのはもったいなさすぎる。

(って、あたしも人のことが言えないんだけど)

なんて、少し複雑な気分になりながらもそう言ったら、歩美が声のトーンを落として言った。


『…え、あ…えっと…』

「…?」

『優大とは、その…喧嘩しちゃって』

「え、」

『今はちょっと、顔合わせづらいっていうか…』

「…そう、なんだ」


歩美はそう言うと、


『だから、真希と一緒に行こうかなぁって思ったんだけど』


と、遠慮がちにあたしにそう言う。

その言葉に、あたしはふとさっきの水野くんの言葉を思い出した。


“……じゃあ、”

“?”

“俺達二人で、夏祭りに行かない?”


……水野くんにそんなことを言われたさっきは、水野くんがどうしてあたしを誘ったのかが全くわからなかったけれど…。

なんだ…ただ、あたしと一緒に行きたいわけじゃなかったんだ。

思わず期待しかけたけど、“恋”じゃないんだ。


あたしはそれに気がつくと、心の中で深くため息を吐いた。

…よかった、あの誘いをOKしなくて。

そしてあたしはしばらく考えたあと、歩美に言った。


「…うん、じゃあ、行こうかな」

『!え、夏祭り一緒に行ってくれるの!?』

「うん。あたしもたまには歩美とも行きたいし」


そう言って、「どうせなら二人で浴衣着て行こうよ」って言葉を付け加える。

そんなあたしの言葉に歩美は喜んで頷いてくれて、その後は待ち合わせ場所や時間を決めて電話を切った。


…だけどほんとは、歩美と一緒に行きたいからOKしたわけじゃない。

あたしは、「歩美と水野くんがそのまま離れてほしい」っていう願望を持ってしまったのだ。

水野くんと二人だけで行けば周りの目が気になるけれど、歩美と二人なら全く問題はない。

あたしは遠回しに、あの二人を離れさせようとした。


……しかしその一方で、

歩美が独り不敵な笑みを浮かべているとは知らずに…。


******


そして、夏祭り当日。

あたしは朝のうちに、部活に行くらしい水野くんに夜は家に帰らないことを告げて、公ちゃんの家に向かった。


実は公ちゃんの家では普段浴衣等の着物を販売していて、そこに行けばあたしは顔見知りだから無料で浴衣をレンタルしてくれる。

普段は有料で貸し出ししてるし、夕方には殆ど出ていっちゃってることが多いから、今のうちに行けばまだいろんな種類のが残っているはずだ。

そしてようやくそこにたどり着くと、その時出掛ける様子の公ちゃんと外で出会した。


「あ、公ちゃん」

「よっ。何してんの?真希、こんな早くに」

「今日は歩美と夏祭りに行く約束したから、おばちゃんに浴衣貸してもらおうと思って」


あたしはそう言うと、目の前にあるお店のドアに手をかける。

…おー、あるある。

なんせまだ朝だし、キープしてもらえばいいから浴衣が選り取りみどりで選び放題だ。

そう思ってドアの窓越しに店のなかを覗いていると、公ちゃんが言った。


「……今年は中津川か。水野は?いいの?」

「水野くんと一緒に行くわけにいかないでしょ。それより公ちゃん、今から部活?大変だねぇ」


あたしがそう言うと、公ちゃんは「午前中だけだけどな」と呟く。

…確か、大会が近いんだっけ。

そう思って、「試合見に行くね」って言ったら何故か「来んな」って言われてしまった。

え、何でだろう。…去年も見に行ったのに。

そして公ちゃんとそこで別れると、あたしはそのまま店に入った。


「おばちゃん、おはよ!」


そう言って冷房が効いているそこに入ると、ちょうど浴衣のレンタルの用意をしていたらしいおばちゃんと目が合う。

おばちゃんはあたしに気が付くと、


「あら、真希ちゃん。おはよう」


って優しい笑顔を浮かべた。

笑った顔が公ちゃんとそっくりなんだよねぇ、親子だから。


「ねぇ、夏祭り行きたいから浴衣貸してぇー」


そんなおばちゃんにあたしがそう言うと、おばちゃんは「いいよ」って言いながら畳の上にたくさんの浴衣を並べる。

店の一角には畳のスペースが設けられていて、そこで着させてもらえるようになっているのだ。


「どれがいい?」


そしてその全てを並べたあとそう聞かれて、あたしは目の前のたくさんの浴衣にいろいろ目移りしてしまう。


「えー…どうしよう、」

「真希ちゃんなら、水色とかピンクとかの淡い色が似合うよ。

去年は確か…白い浴衣着てなかった?」


おばちゃんはそう言うと、たくさんある浴衣の中から「これこれ、」とあたしが去年着ていた浴衣を取り出す。

去年までは公ちゃんと毎年のように夏祭りに行っていたし、公ちゃんにその浴衣が評判良かったからほぼ毎年のようにそれを着ていたのだ。

だけど今年は、そんなこと考えなくたっていいから…


「…じゃあ今年はこの黄色にするー」


なんとなくデザインに魅かれて、黄色い生地にオレンジの大きな花が描かれているそれを選んだ。


「え、白いのはもういいの?」


そしたらおばちゃんに不思議そうに言われたけど、たまには違うのも着てみたいから。

あたしはおばちゃんにその浴衣を夕方までキープしてもらった。


「夕方になったらまた来るね」

「うん、待ってるわ」


そしてあたしはおばちゃんとそう言葉を交わすと、店を後にした。


…………

…………


朝から部活をしに学校に来てから、数時間が経過した。

いつもの体育館では終了のホイッスルが鳴り響き、部員たちが後片付けをし始める。


「あっちぃー!」


だけど俺はそれを手伝わずに鞄からジュースが入ったペットボトルを取り出すと、それを飲み干した。

…真夏の部活は、地獄だ。


「あっ、鈴宮先輩!先輩も一緒に夏祭り行きませんか?」


するとそんな俺に、ふいに後輩がそうやって話しかけてきた。

どうやらこいつらは、同じ部員同士の集団で夏祭りに行くらしい。

…けど、パスパス。

何かメンドクサイ。

俺はそう思うと、後輩に言った。


「わり、俺行かねぇ」

「えー、何でですか」

「来年誘ってくれ。っつか俺先帰るから。じゃーな後輩、」

「え、ちょっと先輩…!」


俺は後輩にそう言って体育館を出ると、そのまま生徒玄関に向かう。

はー、疲れた。

帰ってメシ食って寝よ。

そして独り靴を履き替えていると、その時ふいにあることを思い出した。


……あ、そういえば…。

職員室に寄らなきゃいけないんだっけ、

それを思い出すと、俺は階段を上って二階にある職員室に向かった。

クラスの担任に用事があるんだけど、そもそも今日いるかどうかすら怪しいんだよなぁ…。

俺はそう思うと、職員室に到着するなり入口のドアをノックする。

……ま、いなかったらいなかったで別にいいんだけど。(俺にだけ出された夏休みの課題を貰いに行くだけだし)

そう思いながら、「失礼します」と扇風機が回っている快適なそこに入ると、先ず一番最初に水野の姿が視界に入った。


「!」


水野は今日部活があるのか、白衣の姿で何やら深刻そうに生物部の顧問と話をしている。

その様子から視線を外してようやくクラスの担任を探すけれど…どうやら今日はいないらしい。

……自分から呼んだくせに居ないのか。


そう思って、


「……失礼しました」


ため息交じりに職員室を出ようとすると、その時ふいに生物部の顧問に呼び止められた。


「おい、鈴宮!」

「…はい?」


…何だ? 

頭の上に?を浮かべながらそこを振り向くと、先生が言葉を続けて言う。


「お前、もしかして今からヒマか?」

「え、いや俺は今から帰ってメシを…」

「まーまーまーまー!そう言わずに手伝ってくれよ、鈴宮!

ヒョウモントカゲモドキが脱走したんだ、水野と一緒に探してくれ!」


………は?

ヒョウモン……?

何それ、

そう思って?でいると、そんな俺の様子に気がついた水野が言った。


「ヒョウモントカゲモドキっつーのは、トカゲモドキ科ヒョウモントカゲモドキ属に分類するトカゲだよ」

「ト、トカゲ…」


水野はそこまで言うと、白衣のポケットからスマホを取り出す。

そしてそれを少しだけ操作すると、そのヒョウモントカゲモドキとやらが写っている画像を俺に見せた。


「これ、」

「!」


それを見せられた瞬間、思わず俺は顔をしかめる。

だってなんかすげー怪しい模様だし、言っちゃ何だけどキモチワルイ。


「こ、コイツを探すの?」

「うん、」

「今から?この校舎内をお前と2人で?」

「うん。っつかそんなに遠くには行ってないと思うけど」


…いや、けどそれにしたって…。

悪いけど俺は、そういうトカゲとかヤモリとかカエル、ヘビ等が大の苦手だ。

さっきみたいな、画像を見ただけでも物凄く寒気…というか、嫌な感じがする。

俺はそう思うと、水野とその顧問の先生に言った。


「…いや、悪いけど探すのはちょっと…」


そう言って断ろうとしたら、水野がそんな俺に問いかける。


「何で?トカゲ、苦手なの?」

「そ、そうだな。そいつみたいな両生類とかは無理だな、俺…」

「両生類じゃない。爬虫類だよ」


俺の言葉を聞いて、水野がため息交じりにすかさずそう突っ込んだ。

…どっちだっていいだろ。

そんな水野に俺は思わずそう言いかけたけど、その言葉をすぐに飲み込む。

返ってくる言葉をわかりきっているから。

だから俺は、何でもないフリをして2人に言った。


「ま、まぁ今回はすみませんってことで。他をあたってくれや」


俺がそう言うと、顧問の先生が残念そうな声を出す。

でも俺はそんな声に構わずに、やがて職員室を後にした。


…水野の声は、聞こえてこない。

アイツと一緒に探すってことは、この際だから真希のことをどう思ってるかとかいろいろ聞くチャンスなんだろうけど、今は全くその気がない。

…っつか、何で俺が真希の恋を手伝うんだよ…。


……………


今朝選んだ浴衣を着て、待ち合わせの神社に向かう。

一人でそこに到着すると、歩美はまだ来ていなくて。

しばらく待っていると、ふいにスマホが鳴った。


「?」


その音を聞いて開いて見てみると、相手は歩美からのラインで。


“ごめん!ちょっと遅れるかも”


画面にはそう表示されてある。

でも、別に花火が始まるまでまだ時間があるし、余裕があるから“大丈夫だよ”って返信を打ってそれを送信した。

今の時間、18時前。

あたしが歩美とお祭りに行くことを知らない水野くんは、今日は一日中ずっと部活をするって言っていた。

あたしが水野くんの誘いを断ったから?

…そんなことを一瞬期待してしまったけど、心の中で首を横に振るとあたしはぼーっと考えた。

一緒にお祭りには行けないけど、どうにかしてこの浴衣姿を水野くんに見せることは出来ないだろうか。


………歩美とお祭りに行くから浴衣を着てきたのに、何だかまるで水野くんの為に着ているみたいだ…。

そう思いながらも、あたしはまたスマホを開くとカメラを起動する。

そしてなるべく明るい場所に移動すると、あたしはカメラを自分の方に向けてそれを撮ってみた。

…周りからは少しイタイ目で見られているけど、それはまぁ気にしない事にしよう。


そう思いながら画像をチェックするけど…


「……キモイ」


自分の浴衣姿が素直に“カワイイ”とは言えなくて、あたしはそれをすぐに削除するとまたスマホを閉じた。

…せめてあたしがもう少しくらい可愛かったら、水野くんは少しでもあたしを見てくれていたかな。

だけど水野くんは正真正銘、歩美の彼氏だし。

あたしがこんなこと想っちゃいけないか。

あたしはそう思うとまた待ち合わせのその場所に戻って、歩美を待ち続けた。


…………


そして、それから待つこと約30分後。

相変わらず待ち合わせ場所で歩美を待っていると、そこへようやく歩美がやって来た。


「ごめん、真希!」

「!」


歩美は少し離れた場所からそう言うと、小走りでこっちに向かってくる。

その姿に安心したあたしは、歩美に向かって手を振りつつも別に走らなくていいよって口にした。

…よかった。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ「来ないかも」っていう不安があったから、あたしは歩美の姿を見て心から安堵した。


…───しかし。


「…!?」


あたしの方に向かって走ってくる歩美を見て、あたしは思わずビックリして固まった。


だって…


「ちょ、ちょっと!浴衣じゃないの!?」

「え?」


何故か歩美は、浴衣を着ていなかったから。

そんな歩美にあたしがそう言うと、歩美は「ごめん!」って両手を合わせてあたしに言う。


「浴衣とか、着る時間なかった!」

「え~…」


そう言って、ほんとごめん!って謝る。

……けど、まぁ歩美は遅れながらも必死に走って来てくれたのだ。

浴衣がどうのこうのくらいは目を瞑ろう。

あたしはそう思うと、


「…ま、まぁいいよ。仕方ないし」


そう言って、「じゃあ行こう」と歩美と一緒に浜辺に向かった。

…花火が始まるまで、気が付けばあと5分。

時間がない、


…………


「水野、見つけたぞ!!」

「え、ほんとに!?」


部活後に職員室に寄ってから、あれから数時間後。

夜になって、俺と水野は薄暗い廊下にいた。

…実は、俺が職員室を出たあと水野が俺を追いかけてきて、「ヒョウモントカゲモドキを探すのをどうしても手伝ってほしい!」と再度お願いされたのだ。

凄く真剣に言われるから断り切れなくなって、俺達は結局この生物室の周りだけを二人で探し回った。


…で、その結果…灯台下暗し。

そのヒョウモントカゲモドキは、結局生物室の中、虫カゴの真下に居た。

俺がそいつを見つけると、水野は躊躇いもなくそのヒョウモントカゲモドキを手に持つ。

そしてそいつをケージの中に戻すと、俺に言った。


「ほんと、ありがとう。助かった」

「いや、いいよ。見つかって何より、」


そう言いながら俺は窓の外に目を遣ると、外はもう真っ暗だった。

おまけに時計の針は、20時になろうとしていることに気が付く。

…げ、もうそんな時間だったのか。

俺はそう思うと、


「…んじゃ、俺そろそろ帰るわ」


そう言って、生物室を後にしようとした。

でも、その時…


「!」


突然外から大きな音がして、また窓の外に目を遣れば…


「!!…花火、」


海の方で、祭りの花火が上がったのが見えた。


「すげ、ここからだとよく見えるな」


そして俺は花火を見ながら独り言のようにそう呟くと、踵を返して窓際の方に行く。

水野は花火には興味がないのか他の生き物にエサをやっているけど、俺は思わず帰ることを忘れてそのまま花火を見た。


…真希と去年見に行ったときは「場所がない」って困ったのに、学校の生物室からだとよく見える。

そしてしばらくの間、花火を眺める。

するといつのまにか隣に水野がやって来て、言った。


「…鈴宮は、」

「うん?」

「鈴宮は、なんで真希と夏祭り行かなかったの?今日、」


そう問いかけながら、綺麗な空を見る。

…なんで、水野がそんなこと…?

そいつの言葉に俺はふとそう疑問に思ったけれど、やがて「真希から何か聞いたのか」と思って口を開いて言った。


「…めんどくせぇから」

「え、」

「夏祭りとかって、めんどくさいじゃん?っつか、そもそも人混みが苦手なんだよ、俺」


そう言うと、花火を見ながら苦笑いを浮かべる。

でも…


「じゃあ…鈴宮は、ほんとは真希のことどう思ってんの?」

「!」

「幼なじみとして、じゃなくて…一人の女の子として」


水野はそう問いかけて、隣にいる俺を見遣った。


「…へ」


だけど俺としては水野が何で俺にそういうことを聞くのかわからなくて、思わず腑抜けた声を出してしまう。

だってほんとはソレを聞きたいのは、俺の方だから。

そして俺が返答に困っていると、水野が再度俺に問い掛けた。


「どう思ってるの?」


…え、こいつまさか…真希のことを…?

そんな水野に俺は一瞬そう思ったけれど、中津川がいるからそれはないか、と首を横に振る。

多分、アレだ。真希がまだ俺のことを好きだと思ってるから、きっと“協力”だ。

俺はそう思うと、水野に言った。


「…真希のことは、恋愛対象としては見てないよ」

「…」

「ただ、アイツが俺にいろいろ言ってくるだけだから」


…まぁ、幼なじみとしては好きだけど。

そう言って、水野を見遣る。

そう、これが俺の本音。

真希はただの幼なじみ。それはもうずーっと変わってない。たぶん、これからも。

ただ、最近妙に寂しく思うのはきっと…真希が俺の傍にいることが“当たり前”だったから。

でも、俺が本音を口にした時───…


「…そっか」


その瞬間、何故か水野が安心したように微笑んだのが垣間見えた。


「?」


…今のは、何だ?

何だったんだ?

…まさか、本気で?いや、そんなはずは…

そんな水野に俺はそればかりが気になりはじめて、もう止まらない。

するとそのうち花火が終わって…


「…帰ろ、」


そう言って帰ろうとする水野の背中を、俺は思わず引き留めた。


「っ、じゃあお前は真希のことどう思ってんの?」


そう言って、水野の背中を見遣る。

本当はそれを一番知りたくてそう聞くと、水野はその問いにピタリと歩く足を止めた。


「…、」


何て言葉が、返ってくるかな。

そう思いながら待っていると…

その瞬間水野が、クルリと俺の方を向いた。

そして…途端に静かになったこの生物室で、俺の目を見ながら言う。


「…もちろん、好きだよ。

そもそも好きじゃなきゃ、一緒に住もうなんて思わない」

「!!」


そう言って、ふっと俺から視線を外す。

でも一方その言葉を聞いた俺は固まってしまって、言う言葉が見つからない。

…まさかこんなにストレートにくるなんて思わなくて…。

びっくりしていたら、水野が言葉を続けて言った。


「……だから、邪魔すんなよ」

「え、」

「真希はこのまま俺が貰うから、」


水野はそう言うと、


「っつか、早く帰るよ。学校閉まる、」

「…あ、あぁ」


右手で生物室の鍵を遊ばせて、ため息交じりにそう言う。

……でも、いやいやいや。ちょっと待てよ。

それじゃあいくら何でも、納得がいかない、

だから俺は生物室を出ると、生徒玄関に向かいながら水野に言った。


「……だったら水野は、」

「?」

「何で…中津川と付き合ってんだよ」


そう言うと、チラリ、と水野を横目で見遣る。

だって、これは本当にそう。

さっき水野が言った、「好きじゃなきゃ一緒に住もうなんて思わない」って言葉。

あの言葉を聞く限りじゃ、少なくとも水野は真希と一緒に住む前からアイツのことが好きだったってことだ。

それに確か、水野と中津川が付き合いだしたのも、真希と一緒に住む前だったし…。

俺がそれを思い出しながら水野の言葉を待っていると、水野が言った。


「……アイツとは、別に好きで付き合ってるわけじゃない」

「!!…は、」

「俺、真希に近づかないために、歩美と付き合ってた。俺は既に真希のことが好きだったから色んなことが怖くて。

けど“一緒に住む”って話を聞いたあとだったから、どうしても気持ちを抑えられなくなっていった」

「…最低だな」


水野が話すまさかの事実を聞くと、俺は思わずそんな言葉が口から零れ出る。

だって水野は中津川をずっと騙してたんだ。

こんなの、最低以外の何ものでもない。

しかし、俺がそう言うと水野は…


「…俺自身最低なのは、もう最初からわかりきってるよ」


そう言って、凄く…切ない顔をした。

その表情をした意味とかは俺にはわからないけれど、どんな理由にせよ中津川を傷つけていることに変わりはない。

そして俺はそう思うと同時に、ふと今朝真希が俺に言っていた言葉を思い出した。


“今日は歩美と夏祭りに行く約束したから、おばちゃんに浴衣貸してもらおうと思って”


…そう言えば真希、今朝俺の家の前でそんなことを言っていたっけ。

あの時はただ純粋に「友達と遊びに行く」としか思っていなかったけど…。


「…中津川は、水野の本当の気持ち知ってんの?」

「もう言った。…まだ中途半端なままだけど」

「…」


だったら中津川は、今頃どんな気持ちで真希と一緒にいるんだろう。

俺は水野の言葉を聞くと、ため息交じりにうつ向いた。

真希の恋も大事だけど…これじゃあ中津川の方が可哀想だな。

…ま、俺が首を突っ込むような話じゃないんだけど。

俺は独りそう考えると、やがて呟くように言った。


「…じゃあ今頃中津川は、すっげぇ辛いだろうな」

「…」

「自分の好きな人が密かに想いを寄せている、親友の真希と夏祭りを楽しんでんだから」

「!!」


俺はそう言うと、ようやくたどり着いた生徒玄関で靴を履き替えた。


しかし――…


「ちょっと待て、何それ」

「!」


すると次の瞬間、俺の言葉を聞いた水野に突如何故かそう言って肩を掴まれた。

あまりに突然さっきより凄く真剣な顔をするから、俺は頭の上に?を浮かべるけど…、


「え、いやだから…今日は真希と中津川が一緒に夏祭りに行ってるから、今頃中津川は辛いだろうなぁって…」

「っ、真希、今歩美と二人でいるってこと!?」

「うん。…え、何、水野知らねぇの?」


思わぬ水野の反応に俺がそう聞くと、水野は特にこれといった返事をしないまま独り何かを考える。

一方の俺は、水野のその様子だけじゃ何がなんだかわからなくて、何があったのか聞こうとするけど…


「…っ、」


水野はその前に俺に背を向けると、突如急いだ様子で走って生徒玄関を後にした。


「水野!?」


どうした?

何があんたんだよ、

だけどそれを聞く隙もなく、水野はもう既に学校を背に小さくなっていく。


「??」


…真希のところに行ったのか?

俺はそう考えて疑問に思ったけれど、考えてもわからないからやがてもう誰もいない生徒玄関を出た。


……外から見上げた校舎は、驚くほど真っ暗闇が続いている…。


…………


歩美と待ち合わせたあと、なんとかギリギリで花火に間に合った。

良い場所はやっぱり全部他の人で埋め尽くされていたけど、それでもなかなかの場所を見つけられた方だと思う。

あたしは下駄を履いていて足が痛かったから、花火を見ている間にそれを休ませた。


そして、その後ようやく花火を見終わると…


「はぁーっ、綺麗だったね!」


あたしの右隣に座っていた歩美が、そう言ってその場から立ち上がった。


「そ、そうだね…」


あたしもそう言って立ち上がるけど、下駄に慣れていないせいでとにかく足が痛い。

去年も確か公ちゃんと夏祭りにきて同じような目に遭っていたけど、年に一回や二回履いているくらいじゃ、やっぱり慣れないや…。

あたしはそう思いながらも、目の前の歩美に声をかけ……


「あゆ、」

「ねぇ真希」

「!」


…ようとしたけど、その声をすぐに遮られた。


「人混み、疲れちゃった。ちょっとその辺散歩しない?」


歩美はそう言うと、向こうの浜辺を指差す。


「…そ、そうだね」


歩美の言葉にあたしは頷くと、「周りに人がいないのなら…」と砂浜の上で下駄を脱いだ。

あぁ、やっぱり砂の上はふかふかしていて気持ちイイ。

そう思いつつ歩美の少し後ろを歩いていると、だいぶ人がいなくなったところで歩美が言った。


「…ねぇ、」

「うん?」

「真希、鈴宮くんとはどう?上手くいってる?」


歩美はふいにあたしにそう問いかけると、あたしの方を見遣る。

その問いに、あたしは…


「……い、一生懸命アピールしてるんだけど、相変わらずかな」


そう言って、苦笑いを浮かべた。

…アピールなんて、最近じゃ全然してないのに。

だけどあたしが嘘を吐くと、また歩美が言う。


「ってか真希、本当にまだ鈴宮くんのこと好きなの?」

「…え」


そう問いかけて、歩美が未だあたしの目を見つめる。

その表情は周りが暗いからよくわからないけど…雰囲気が少しいつもと違って…。

あたしはその問いに、少しだけ困惑しながらも頷いた。


「も、もちろん好きだよ。あたしは昔から公ちゃんだけが好きだから、」


そう言って、暗闇の中で引きつった笑顔を浮かべる。

内心、周りが明るくなくてよかった…と思わずそれだけを安堵してしまう。

だって…そうじゃなきゃ、もしかしたら…

……しかし、そう思いながら歩美の次の言葉を待っていると…歩美が言った。


「じゃあ、何で…」

「…?」

「何で、真希は…優大と一緒に住んでるの?」

「……は」


歩美はそう問いかけると、あたしに悲しげな表情を見せる。

でも、その問いに一瞬その場が静まり返る。

一瞬、何を聞かれたのかわからなくて…だけどそれを全て理解するのは、意外と早かった。


歩美は、あたしと水野くんが一緒に住んでいることを知ってるんだ。


歩美の言葉に、あたしは「何言ってんの」って誤魔化そうかと思ったけど、歩美の雰囲気からすると、今はきっとそれは通じない。

だから正直に謝った方が賢い選択だ、と思いあたしは口を開いた。


「っ…ご、ごめんね」

「!」

「秘密にしたり、隠すつもりはなかったの!

いつかは歩美に言わなきゃいけないのはわかってて、でもなかなか言うタイミングを掴めなくて…」

「…」

「でも、歩美を騙すとか裏切るとか、そういう気持ちは全然無いから!

水野くんとは親の都合で一緒に住むことになって、あたしも最初はすっごく嫌だったし…」


あたしはそう言うと、だんだん歩美を見れなくなって顔を俯かせる。

いつかは言わなきゃ。そう思ってはいたけど…この時が来るのは本当に突然で。

歩美の気持ちを思うと、心が苦しい。


だけど───…


「嘘つき」

「!!」


次の瞬間、歩美のそんな言葉があたしの耳に降ってきた。


…え、

その言葉に少しびっくりして顔を上げると、目の前に居る歩美は下唇を噛んであたしを見つめていて…。

薄暗い場所だけど、目から零れ落ちる涙だけははっきりと見えた。

そしてそんな歩美にあたしが目を見開いていると、歩美が言葉を続けて言う。


「“裏切る気持ちは全然無い”?よく、そんなデタラメが言えるよね、」

「!」

「あたしから優大を奪っておいて、今更そんなふうに謝って…。

あたしがどんなに不安だったか、真希は知らないくせにっ…!」


そう言って、


「あんたなんか親友でも何でもないっ…」


ただただびっくりして固まるあたしに、最後にそう言い放った。

その言葉を聞くと、あたしはそれ以上何も口に出来なくて…

歩美の言葉を理解するのに時間がかかって、しかも体がまるで金縛りにでも遭っているかのように動かない。

しかも、そのうちに歩美は…


「…真希なんか、もう知らない。

二度と話しかけてこないで。もう絶交だから」

「!!」


そう言うと、ふいにあたしの両肩を思いきり押して…あたしはその反動で、冷たい海に崩れ落ちた。


「…っ、」


突然のことに、慌てて立ち上がろうとするけれど、体が言うことをきかない。

それよりも歩美の言葉にショックを受けて、実際に立ち上がる勇気すらなくて…

その瞬間、冷たく背中を向けてその場を離れていく歩美に、あたしは結局何も言えなかった。


…………


暗い海が広がる砂浜で、あたしは何をするでもなく独り座り込む。

歩美が離れて行ってから、あれから少し時間が経ってもあたしは帰れずにいた。

せっかくレンタルした可愛い浴衣も台無しで、それに親友も離れて行って…。

さっき歩美から言われた一言が、頭からずっと離れない。


“あんたなんか親友でも何でもないっ…”


水野くんとのことは…いつかは、言わなきゃいけないのは本当にわかっていた。

このままじゃよくないし、いつかは言うつもりでいた。


でも…

…いや、そもそもあたしがいけないんだ。

あたしが、水野くんに恋をしてしまったから。

だから、歩美を傷つけてしまった。

だって水野くんを好きになればなるほど、「一緒に住んでる」ってことがもっと言いにくくなったから。

あたしは独りの海でそう思うと、深くため息を吐いた。


…終わった。

もう完全に終わりだ。

楽しい夏祭りのはずなのに、これじゃあ最悪な夏祭りだ。

良い思い出も何もない。

こうなるんだったら、家で大人しく宿題片付けてた方がよっぽど幸せだったな…。


「あーあ……最悪」


そしてそう呟くと、もう投げやりな感じであたしは砂浜の上に仰向けに寝転がった。

…あぁ、キモチイイ。


しかし───…


「何が“最悪”なの、」

「!?」


寝転がったその瞬間、上から物凄く聞きなれた声が降って来た。


…え

その声に、あたしが慌ててその場から起き上がると…


「!?…っ、」

「っつか、その姿で寝るとか…お前女捨ててんな」


そこには何故か、大きな岩に寄り掛かってあたしを見つめている水野くんが居た。


「み、水野くん…なんで、」


そして一方のあたしはそんな水野くんの存在にビビりつつ、思わず後退る。

ってか、本物?本物だよね?

そう思いながらも少しドキドキしていたら、水野くんがその岩から背中を離してあたしに近づいてきた。


「ね、中津川は?」

「え?」

「だから、中津川。どこ行ったの?」


そう問いかけて、あたしの目の前まで来る。

その水野くんの言葉に、あたしは一瞬違和感を覚えたけど…

やがてその違和感に気が付くと、水野くんに言った。


「っ…な、なんで苗字で呼んでんの、」

「?」

「彼氏、だし…いつもは“歩美”って呼んでるのに」


あたしはそう言うと、水野くんの目を見れずに少しだけうつ向く。

…なんか、変だよ水野くん。

そう思っていたら…


「…俺、アイツとはもう別れたつもりだから」


水野くんはそう言うと、


「何て呼んだっていいだろ」


と、そう言葉を付け加える。

でも、その言葉にあたしはびっくりして、思わず目を見開いた。


「え、別れたのっ…!?」

「…うん、」


水野くんのそんな言葉を聞くと、あたしは水野くんから顔を背けて考え込む。

…いや、だってあり得ない。

別れた?って…それって、確実にあたしのせいだよね。

あたしはそう思うと、


「あのっ…ごめんね、水野くん!」

「?」

「別れたのってあたしのせいでしょ?水野くんと一緒に住んでること歩美に言わなくて不安にさせたから、そうなっちゃったんだよね?」


そう言って、もう一度「ごめん」と謝った。

…最悪だ。

なんか、あたし独りで周りを引っ掻き回してるみたい。

おまけに、水野くんにこんな思いをさせてしまうなんて…。


…しかし、あたしがそう言ってうつ向くと、水野くんがため息交じりに言う。


「違ぇよバカ」

「…へ、」

「別れたのは、お前は関係無……っつか、全部俺が原因なんだから気にすんな」


そう言って、「考えすぎだよ」と呆れたように笑った。


「…バカって」

「だってバカじゃん」

「……」

「ははっ、拗ねんなよ」


水野くんの言葉に、あたしは拗ねたような素振りをして見せるけど…内心は少しほっとする。

だってさっきの歩美の言葉で、ただでさえショックを受けていたから。

でも水野くんが笑っているのを見ると、思わず隣で安心した。

…よかったぁ、


………だけど。


「…水野くん」

「うん?」


それでも、さっきあたしの中で生まれた“悲しいこと”は消えてくれるはずもなく、

気が付けばあたしは、目にいっぱい涙を浮かべて水野くんに言った。


「あの…あたしね、」

「…」

「さっき歩美に、絶交されちゃったんだ、」

「!」

「気づかない間に、歩美のこと凄い不安にさせちゃってたみたい。

歩美、泣いて帰ってったよ」


あたしは涙声でそう言うと、


「水野くんと歩美が別れたの、例えあたしのせいじゃなくても…深く傷つけたのは、間違いないんだよね…」


そう言って、初めて水野くんの目の前で泣いた。

人前で泣くことなんて、歩美と公ちゃん以外ほとんど無かったのに、まさか水野くんの前で泣く日がくるなんて…。

でも、今のあたしは「泣かない」なんて無理だ。

さっきまでは涙なんて一滴も出なかったのに、もう止まらない。


「…~っ、」


しかし、あたしがそうやって泣いていると…


「…ごめん、真希」


ふいに水野くんがそう言って、あたしを正面から抱きしめてきた。


「!!」


その行動に、あたしは思わずドキッとして体中が固まる。

まさか抱きしめられるなんて思ってなくてドキドキしまくっていたら、水野くんが言葉を続けて言った。


「真希がそんなに悲しむ必要はない。どんなに中津川を傷つけたって、真希は悪くないよ。そもそも俺が…」

「…?」

「…、」


…だけど、水野くんはそう言うけど…何故か途中で言葉を詰まらせて声が聞こえなくなる。

…水野くん…?

そう思ってあたしが首を傾げていたら…水野くんが再び口を開いて言った。


「俺が…真希のことを好きになったから、」

「!!」


……え、


その言葉を聞いて、一瞬頭の中が真っ白になる。

少しの間だけ、思考回路が停止したけど…

やがて我に返ると、あたしは水野くんから体を離して言った。


「っ、嘘!」

「!」

「それは違うでしょ!だって、水野くんこの前言ってたじゃん!

確かこの前もあたしに告白して、でもそれは水野くんの幼なじみとあたしが重なって見えたからだって…!」


そう言うと、あたしは水野くんから一歩後退る。

でも、水野くんの様子は全く変わらなくて…


「それは違う。むしろ、そっちが嘘だよ。あの時は…お前が思いの外俺を避けだすから…」

「!」

「そう言うしかなかったっつーか…。

…ごめん。だから、真希と中津川を離したのは俺なんだよ」


そう言うと、あたしから切なく視線を外した。


「…っ…」


…うそ…

なんで…何でっ…、


…本当だったら、今は嬉しいはずなのに。

きっと泣いて喜んで、「付き合おう」ってなってるはずなのに。

だけど今は残酷な現実で。

嬉しい気持ちはあるものの…心からは、喜べない。


…ダメだ、隠さなきゃ。

あたしの気持ちは、今見せちゃダメだ。


あたしは自分にそう言い聞かせると、目に浮かんでいる涙を拭う。

すると、水野くんがまたあたしに目を遣って…


「っつか、帰るよ。もう遅いし、」

「!」


そう言って、あたしより先に浜辺を出た。

でも、どんな顔をすればいいのかわからなくて。

あたしは今にも赤くなりそうな顔を必死に抑えながら、水野くんの真後ろを歩く。

そしてあたしも浜辺を出ると、水野くんが言った。


「…あ、でも…気にしなくていいから」

「…え、」

「俺はお前のこと好きだけど、お前は何も気にしないで鈴宮のことだけを考えていればいい、」


そう言って、横顔で微かに笑った。

その言葉にあたしは黙って頷いて見せたけれど───…


あたしと水野くんはまだ、知る由もない。

少しずつ忍び寄っている“悪夢”が、もうすぐそこまで来ていることを…。


「…間違いない。アイツ、“優大”だ」


あたし達は気付くはずもなく、二人でその場を後にした。


「次はお前の番だよ、優大クン」


そしてその男はスマホのカメラであたし達の姿を撮ると、それを閉じて妖しく笑った───…。















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