第2話「甘苦い二人暮らし」

……………


昼休み。

いつものように裏庭に行くと、そこには珍しくあたしより先に来たらしい公ちゃんがいた。


「公ちゃんっ、」


あたしがそう言って駆け寄ると、公ちゃんは黙ってあたしの顔を見遣る。


「…早く弁当くれ」


そしてそう言うと、右手の手のひらをあたしに向けた。

そんな公ちゃんに、あたしは作ってきたお弁当を早速渡しながら言う。


「何か今日は来るの早いね。あたしと逢うのがそんなに待ち遠しかった?」


公ちゃんに「お前はバカか」とかなんとか言われる前提であたしがそう言えば、公ちゃんはちょっと黙った後呟くように言った。


「…ちげーよ」

「?」


あれ?なんか、微妙なお返事。

そう思っていると、公ちゃんが言葉を続けて言う。


「っつかお前さ、昨日電話であれだけ不機嫌になったのに、今はもう機嫌直ってんだ?」

「!」


公ちゃんはあたしにそう言うと、お弁当箱の蓋を開ける。


「うん、もう大丈夫だよ!全然怒ってない、」


あたしはそんな公ちゃんに笑顔でそう言って、水野くんとのことを言おうとした。

……しかし。


「…すっげぇ怒ってんな」

「え?」


お弁当箱の蓋を開けた途端、公ちゃんがその中身を見てそう言った。

その言葉にあたしは不思議に思ったけれど、重要なことを思い出して顔を青くする。

…しまった。すっかり忘れてた。

今朝お弁当を作ってる時はまだ怒っていたから、嫌がらせにお弁当のおかずに公ちゃんの大嫌いなピーマンの肉詰めを入れたんだった。

あたしはそれを思い出すと、慌てて公ちゃんに言った。


「ごっ、ごめんね公ちゃん!

いや実はさ、今朝水野くんが意外と普通に“俺ん家来なよ”って言ってくれたから、思わずその時に機嫌が直っちゃって。

だからピーマンの肉詰め入れてたの、すっかり忘れてた!ほんっとーにごめんっ!」


あたしはそう言うと、パンッ、と手を合わせて公ちゃんに謝る。

そんなあたしに、公ちゃんは深くため息を吐いたけれど…


「……まぁ、いんじゃね?俺も悪かったし、たぶん」


でもピーマンの肉詰めは食わねぇけどな。

公ちゃんはそう言うと、タコさんウインナーを口に含んだ。


「きゃー!やっぱ公ちゃん優しいから好き!」


あたしがそう言って公ちゃんを抱きしめると、公ちゃんは「あんま引っ付くな」とあたしを離す。

…抱きしめるくらい、いいじゃんか。けち。

あたしはそう思いながらも、そんな公ちゃんを横目にやっとお弁当を食べ始めた。


……………


真希と別れたあと、教室に続く廊下を歩いていたら、そこで偶然水野と出会した。

水野とはほとんど会話をしたことがなかったけれど、今度から真希と暮らすみたいだしなんとなく声をかけてみる。


「水野、」

「?」


すると、俺の声に水野が黙って顔を上げた。

でも……

水野は一瞬俺と目が合ったかと思えば、何故か次の瞬間…小さく、舌打ちをした。


「…チッ」

「?」


…ん?何だ?今の、

舌打ち?

そう思って心の中で首を傾げながらも、水野に言う。


「あ、あのさ、なんかお前ん家に真希が邪魔するみてーだけど、よろしくな。

アイツああ見えて寂しがりやなトコあるから、まぁ仲良くしてやって」


俺はそう言うと、目の前の水野に笑いかける。

すると水野は、少しだけ黙った後呟くように言った。


「…わかってるよ」


そう言って、小さくため息を吐いてその場を後にする。

……あれ、水野ってあんな態度悪いヤツだったっけ?

思わぬ水野の態度にまた首を傾げるけど、でもよくよく考えたらもともとそんな喋るヤツでもないから、それが水野なのかもしれない。

…っつか、そうであってくれ。

俺はそう思うと、再び教室まで足を運ばせた。けど…


「!」


その瞬間、制服のポケットに入れていたスマホが、一通のラインを受け取った。

誰からか、なんて開かなくてもわかる。

たぶん、真希だ。

それを開くと相手は思った通り真希で、そこにはこう表示されてあった。


“さっき言い忘れたけど、今日部活終わったら一緒に帰ろー!

公ちゃんのこと愛してるから、何時間だって待てるよ!”


「……」


……アイツはほんと、懲りねぇな。


…………


放課後。

教室で公ちゃんを待っていたら、同じく水野くんを待っているらしい歩美に言われた。


「ねぇ、」

「うん?」

「生物室、行かない?」


歩美はそう言うと、携帯に遣っていた目をあたしに向ける。

…えぇー、生物室?

正直、気が進まない。でも…


「一緒に行ってくれたらジュース奢るからさぁ」

「…」


その言葉に乗せられて、あたしは簡単に頷いた。

……あ、そう言えば、まだ水野くんとのこと歩美に言ってないや。

そう思って、


「…あ、歩美!」

「うん?」

「後で大事な話、あるから聞いて」

「え、気になる!今ききたい!」


後で言おうとしたけれど、歩美にそう言われてあたしはちょっとごもる。

…やっぱ今言ってしまおうか。

そう思うけど、周りに人がいっぱいいるから、今は言わないことにした。


「……こ、ここじゃちょっと」

「うーん、じゃあ後で絶対ね!」


そして、尚も歩美に言わないまま二人で生物室に向かう。

今日はどうやら生物部の活動があるらしく、ようやくそこに到着すると歩美がそこを覗き込んだ。


「みーずーのーくんっ!」


そう言うと、中でハムスターを抱える水野くんを発見した。

水野くんは歩美の声に顔を上げるけど、すぐにまたハムスターに目を遣る。

…白衣を着ているから、なんだかその姿が新鮮だ。


「それ、何してるの?」


歩美が水野くんに近づきながらそう問いかけると、水野くんが綿棒を手に持って言った。


「…治療」

「え、治療とかもやるんだ!?水野くんすごーい!」


その水野くんの言葉に歩美がそう言って喜ぶけど、一方の水野くんは治療に集中していてそれ以上は何も言わない。

…大事な瞬間なんだろうな。

あたしはそんな水野くんから視線を外すと、近くにいるヤモリに目を遣った。

…うわ、ちょっと……きもい。

そう思いながらもしばらくヤモリを見ていたら、その近くで歩美が言った。


「…治療、終わった?」

「ん、」

「ねぇねぇ水野くん、ハムスター触らせてー」


歩美がそう言うと、水野くんが何も言わずにハムスターを歩美に持たせる。

その可愛らしい無邪気なハムスターの姿に、歩美の顔も自然とほころぶ。

あたしはそんな二人の姿から視線を外して、またヤモリに目を遣った。

…不気味な模様だな。

そう思っていると…


「触ってみる?」

「!」


ふいに背後から、水野くんにそう声をかけられた。

水野くんはてっきり歩美と一緒にいるものだと思っていたあたしは、その声に少しびっくりして後ろを振り向く。

するとそこには真顔であたしを見つめる水野くんがいて、あたしは目が合った途端慌てて言った。


「や、いや、いいよいいよ!遠慮しとく!ヤモリとか、苦手だし」


そう言って両手をブンブン振って断ると、そんなあたしに水野くんが言う。


「…なんだ。すっげぇ見てるから、興味持ったのかと思った、」


…残念だな。

水野くんはそう言うと、目の前のヤモリに視線を移す。

でも、何だかその言葉が妙に引っ掛かる。

今の…“残念”って、どういう意味?

だけどそんなことはなんとなく聞けなくて、あたしは一人でいるだろう歩美に目を遣った。

…歩美はこの前元彼に浮気されて別れたばかりだから、ヘタに水野くんと一緒にいて不安にさせちゃ可哀想。


しかし……


歩美に目を遣った瞬間、あたしは思わぬ光景にびっくりして固まった。

だってそこにいた歩美は、いつのまにか他の生物部員達に囲まれてモテていたから。


は…何あれ、


「中津川さん(歩美)、超可愛いです!」

「手に持ってるハムスターよりも可愛いっすよ!」

「え、ほんと?ありがと~」


歩美はそんな言葉をかけられると、嬉しそうな笑顔を浮かべる。

……めっちゃチヤホヤされとるやん。

っていうか、水野くん!あれ放っておいていいわけ!?

あたしはそんな光景から水野くんに視線を戻すと、言った。


「ちょっと水野くん!大事な彼女が囲まれてるよ!ヤバイじゃん!」


そう言って、水野くんの肩をバシバシ叩く。

だけど水野くんは特に気にしていない顔をして、言った。


「大丈夫。あれくらい目を瞑っていなきゃ、歩美の彼氏は務まらないから」

「!」


水野くんはそう言って、少しだけ微笑む。

…おお、大人だ。あたしだったら、あの囲まれてるのが公ちゃんだったら絶対に嫌なのに。

そんなことを思いながら黙っていると、また水野くんが言う。


「…それより、瀬川さん」

「?」

「ヤモリが苦手なら、歩美みたいにハムスターとか手に乗せてみる?せっかくここに来たんだし、」


水野くんはそう言うと、優しい表情であたしを見る。

…なんだ、水野くんのことあれだけ無愛想だとか思ってたけど、やっぱり普通にそういう表情したりするんじゃん。

あたしはそう思いながらも、「乗せる!」と満面の笑顔で水野くんについて行った。

そしてそのままやって来た場所は、生物室の隣にある誰もいない部屋で。

少し狭い場所だし薄暗いけど、そこにもいろんな生き物がいる。


…何これ。もしかして、スッポン?

あたしがあまり見慣れない生き物に目を向けていたら、水野くんが小さめのケージを持ってきて、それを大きい机の上に置いた。


「え、この中にハムスターがいるの?」


ケージに指を差してそう聞いたら、水野くんがその中から一匹の凄く小さなハムスターを取り出す。


「!…かわいいっ…」

「でしょ?コイツは大人しいから、噛んだりしない、」


そう言って、あたしの手のひらにそのハムスターを乗せた。

え、やばいやばいやばい!可愛い!超可愛すぎるっ!!

その愛らしい顔に超癒されて、自然とあたしの頬が緩んでいく。


……だけど、


「…?」


何だろう?

さっきから…隣で物凄い視線を感じる、

………水野くん?

そう思って、あたしは思いきってそこを振り向く。

するとその途端に、やっぱりその視線の主らしい水野くんと至近距離で目が合って、

思わずドキッとしてしまったあたしは、その視線から逃げるように目を逸らした。

そしてその時に、今置かれている状況にやっと気がつく。

……他に誰もいない薄暗い部屋に、水野くんと二人きり。

しかも、親友である歩美の彼氏と。


そのことに気づくとさすがに歩美に申し訳なくなって、あたしは手に乗せていたハムスターをケージに戻して、言った。


「あ…かわ、可愛いね、ハムスターって。すっごい癒されちゃった、」

「…」

「じゃあ、水野くん。あたし、そろそろ歩美のとこ戻っ…」


…―――しかし。


「!」


何故か次の瞬間、行こうとする腕を水野くんに掴まれた。


「…み、ずの…くん?」

「…」


水野くんの真剣な眼差しが、あたしを捉える。

どうしていいかわからずにいたら、水野くんがその腕をぐっと引き寄せてきた。

突然のことに一瞬頭の中がパニックになるけど、水野くんの力が強すぎて掴まれている腕をどうにもできない。


「ちょ、水野くっ…」

「…」


うそっ…嘘でしょ!?

水野くんの行動にびっくりして目を見開いていたら、そのうちにゆっくりと水野くんの顔が近づいてきた。

抵抗しようと水野くんの肩に手を添えて力を入れるけれど、それも無意味で水野くんの手があたしの腰に回される。


「!」


やだ

やだやだやだっ!

誰か、誰か助けっ……!


そう思って抵抗するけど、あたしの腕を掴んでいた水野くんの腕が、今度はあたしの肩を引き寄せる。

するとお互いの距離がもっと近くなって、キスまでほんの数センチになり…、


「…あっ、」

「…」


………ところが。

水野くんの口が、何故かそのままあたしの耳元に近づいて、そうかと思えばあたしに言った。


「…顔真っ赤」

「…!?」


そう言って悪戯顔で笑い、また至近距離で目が合う。

その言葉に少し時間を置いたあと、あたしは「ハメられた」と気がついて余計に顔が熱くなった。

だって、だってそんなやり方…そういう展開になるって、思うに決まってる。


「…〜っ、も、嫌い!」

「…」


そんな意地悪すぎる水野くんにそう言い放つと、あたしはその場を離れようと部屋の入口に戻る。

しかし…あたしがドアノブに手をかけた直後、水野くんにもう片方の手を引っ張られて、半ば強引に後ろを振り向かせられたその瞬間、今度こそ…唇が、重なった。


「…っ!!」


唇から伝わる熱に、バクン、と心臓が大きな音を立てる。

肩を押し返そうとしたら水野くんがすぐに離れて、そのまま何事もなかったかのようにハムスターのケージを元の場所に戻した。…けど、


「っ…さ、最低!普通ほんとにする!?」


あたしは唇に手の甲を添えて、真っ赤な顔で水野くんにそう言う。

いやいやいや、アンタ彼女持ちだよね!?

いきなり彼女でもない女の子にチューするとか、マジで何考えてんの!?

そう思いながら言ったら、水野くんがしれっとした顔で言った。


「隙がある方が悪い、」

「!!」

「っつか、未遂だと残念そうだったし?」

「そっ…さっきのアレはそういうことじゃなくてっ…!」


それだけを言って、一足先にこの部屋を出ていこうとする。

でも、逃がさない。


「ちょっと待ってよ!あたし、今のファーストキスだったんだから!

だいたいファーストキスは、公ちゃんとするんだって決めてたのにっ…」

「…で?」

「え、」


水野くんはそう聞くと、白衣のポケットに両手を突っ込んであたしの方を見遣る。

そのことに頭上に?を浮かべていたら、水野くんが言葉を続けて言った。


「それが何?」

「!」

「なかなか実際に行動に移さねぇ方が悪いんだろうが、」

「!!なっ…」

「奪ったモン勝ちだろ」


水野くんはそう言って嫌味ったらしく鼻で笑うと、この部屋を後にした。

そして独り残されたあたしは、しばらく動けなくてその場で立ち尽くす。

…ちょっと待って。水野くんって、そんな人だったっけ?

あたしの中の水野くんって言ったら、無口で無愛想で草食系男子の本当にツマンナイ奴だったはず。

なのに何?いきなり…しかも無理矢理キス?

あり得ないってば!何でキスなんかしたわけ!?


「…~っ、」


あたしはしばらくそう考えると、やがて水野くんに続いてその場を後にし…


「歩美!」

「!…あ、真希。どこ行って…」

「あたし先帰るね!ばいばい!」

「え、ちょっと真希っ…!」


独り、逃げるように走って生物室を出た。


「大事な話はー!?………行っちゃった、」


もう絶対アイツとは関わらない!

アイツの家に引っ越したりもしない!

あたしは公ちゃんと一緒に暮らすんだから!

そして確かにそう誓って、走っちゃいけない廊下を猛ダッシュした。


………猛ダッシュした、のに。


******


それから約一か月後。

あたしは深くため息を吐くと、目の前の見慣れない重たい扉を開けた。

…最悪だ。何でこんなことになってしまったんだろう。

その扉を開けると、そこには当たり前のように水野くんが立っていて…水野くんはあたしと目が合うなり言った。


「…ども、」

「ど、どーも…」


…実はあれから「もう二度と水野くんに近寄らない」と決心したはいいものの、そううまくはいかなくてあたしは半ば強引にここに引っ越しさせられてしまったのだ。

水野くんは未だ戸惑うあたしを家に入らせると、落ち着いた口調で言う。


「これから、よろしく」


それを聞くと、あたしもとりあえず「よろしく」と頭を下げた。

…どうやら今日から、水野くんとの二人暮らしがとうとうスタートしてしまうらしい。

水野くんはあたしの手荷物を持つと、「部屋、案内するね」と廊下の奥を進んだ。


「…うん」


…………


水野くんは独り暮らしのくせに二階建ての家に住んでいるらしく、そのまま案内させられた部屋は二階の奥にあった。

そして水野くんはその部屋の扉を開けると、浮かない表情を浮かべているあたしに言う。


「瀬川さんの部屋、ここだから。好きに使っていいよ」

「……ありがとう」


そう言って見せられた部屋は、だいたい10畳くらいの部屋。

あたしの前の部屋は6畳だったのに、一人で10畳はいくらなんでも広すぎる。

そこには数日前に事前に運んだあたしのベッドや本棚があって、私物が入った段ボールもいくつかあった。

あぁ…これを今から片付けなきゃいけないのか。

っていうか…


「…ね、いくら何でも広すぎじゃない?一人で10畳って、結構あるよ」


あたしはそう言うと、その広い部屋の中をキョロキョロと見渡す。

…すごい。

天井や壁、フローリングの床やドアの色が全部真っ白だ。

そう思っていると、あたしの言葉を聞いた水野くんが言った。


「だったらここはやめて俺の部屋に来る?二人で10畳なら、ちょうどいいだろ?」


水野くんはそう言うと、わざとらしくニッコリ笑う。でも…


「っ…な、何言ってんの!?誰が水野くんなんかの部屋にっ…!」

「はいはい。じゃあ次トイレとか風呂場案内するから、ついておいで」


あたしの言葉を遮るようにそう言って、その場を離れた。

も~、ムカつく!

そう思いながらも水野くんについて行くと、今度は一階に下りてお風呂場に案内された。

お風呂場は階段を下りるとすぐ傍にあって、中を見てみるとやっぱりそこも無駄に広い。

っていうか、たかが男子高校生の独り暮らしにわざわざ家を建てるとか、どんだけ大金持ちだよ。

そう思っていたら、水野くんが言った。


「シャワーの使い方が独特だからわかりづらいかもしれないけど、まぁ適当に使っていいから」

「て、適当にって…」


説明とかしてくれないわけ?

そう思って口を膨らませていると、水野くんが言葉を続けて言う。


「…でもまぁ、最近は電気も水道も必要以上は使わないように節約してるんだ。

だから、瀬川さんもなるべく節約に協力してほしいんだけど」

「…だったらシャワーの使い方教えてよ。お風呂に入ってる時全然わからなかったら困る」


あたしはそう言うと、目の前のシャワーを指差した。

そしてあたしにそう言われた水野くんはそのシャワーに視線を移すと、言った。


「…あ、良いこと思いついた」

「?」

「風呂、一緒に入ろ。

そしたら電気代も水道代も確実に浮くし、その時にシャワーの使い方も直に教えられる、」


水野くんはそう言うと、憎たらしいくらいにニッコリ笑う。

だけどそんなことを言われて、あたしはもちろん「いいね!」なんて頷けるわけがない。

というかむしろ、それってトンデモナイ話だ。


「っ…ば、バカじゃないの!なんでそこまでして節約しなきゃいけないわけ!?」


あたしはそう言って、思わず赤くなっていく顔を水野くんから背ける。

…コイツ、あたしが思っているよりもきっとトンデモナイ奴だ。

そう思っていると、水野くんがしれっとした顔で言った。


「何本気にしてんの」

「…え」

「冗談に決まってんじゃん。この前の生物室の時といい、瀬川さんて信じやすいよね」


水野くんはあたしにそう言うと、「本当は一緒に入りたいの?」なんて顔を覗き込んでくる。

その言葉に内心物凄く恥ずかしくなったあたしは、水野くんからまた顔を背けて言った。


「!!っ…そんなわけないじゃんあほ!水野くんのあほ!もう大っ嫌い!」

「…」


そう言って、真っ赤な顔を隠すようにお風呂場を後にしようとする。

何あれ、超恥ずかしい!っていうかもうあたし、水野くんがわからない。

ただの無口で無愛想男なのかと思ったら、全然そうじゃないみたいだし。

じゃあ優しいのかと思ったりもしたけど、なんだかそうでもないみたい。

むしろ、意地悪でドSで変態だ。

もう本当に嫌い。………だけど、


「待て」

「!」


お風呂場を出て行こうとするあたしの腕を、水野くんが掴んだ。

あたしはその手にビックリして、振り払いながら言う。


「離してよ、もう帰る!」

「どこに?」

「!」

「シャワーの使い方教えるから、おいで」


そしてそう言って、あたしをまたお風呂場に戻した。

…あぁ、先が思いやられる。


その後はシャワーの使い方を教えてもらって、トイレの場所やそれ以外もいろいろ案内してもらった。

一通り教えてもらって早速部屋に行こうとしたら、それを引き留めるようにして水野くんが言う。


「…ねぇ、洗濯とかどうする?」


そう言って、首を傾げる。


「え…センタク?」

「だってほら、今日からは二人で暮らすんだからそういうの決めておいた方がいいじゃん。

例えば、今日は瀬川さんが回す日、とか…じゃあ明日は俺、とかさ」


まぁ、別に二人ぶん一気に回しちゃってもいいんだけどね。

水野くんはそう言うと、ちょっとだけ笑う。

でも、一気に回すのは嫌だ。

本当は洗濯物くらい何日か溜め込んでしまってもいいんだろうけど、制服のカッターシャツは二枚しか持っていないからそういうわけにいかない。

そんなことを考えていると、あたしの答えが待てなくなったらしい水野くんが言った。


「じゃあ、今日は瀬川さん回していいよ。明日は俺回すから」

「!」

「洗濯機の使い方も、わかんなかったらまたあとで聞いて」


そう言うと、水野くんはその場を後にしてリビングに行ってしまった。

………やっぱり、いきなり二人暮らしなんて無茶だよ。

そんな水野くんの背中を見ながらそう思うけれど、でも今更そう思ったってもう遅い。

あたしは小さくため息を吐くと、部屋の荷物を片付けに自分の部屋に戻った。


…―――そして、その夜。

無駄に広いお風呂場でシャワーを使っていると…


「…あれ?」


何故か突然、シャワーのお湯が止まった。


え…は?え?何コレ。

何でいきなし止まるわけ!?

そう思って色んな場所を弄ってみるけど、シャワーは止まったままウンともスンとも言わない。

突然のことに若干イラつきながらも、仕方ないからあたしはお風呂場についている通話ボタンで、水野くんを呼んだ。

このボタンを押すと、どうやら水野くん曰くリビングにいる人と通話が出来るらしい。

本当にスゴイよね、世の中の電化製品って。

そして呼び出すと、水野くんの声が聞こえてきた。


「…どした?」

「ねぇ助けてよ!シャワーが突然止まった!」

「何で?もう一回出してみなよ。出てこない?」

「全っ然出てこない!」


あたしはそう言うと、独り口を膨らませる。

そんな簡単にまたお湯が出てきたら、いちいち通話ボタンなんか押さないっての!

そう思いながら、


「ねぇ、どこ弄ればいいの?」


あたしがそう問いかけたら、水野くんが言った。


「……話聞いてるだけじゃわからないから、今そっち行く」


……………えっ!?


水野くんがそう言った直後、プツリと通話が途切れる。

その瞬間、あたしは…


「っ…マズイ!!」


今の状況を瞬時に把握して、急いで脱衣場に出た。

そしてそのまま脱衣場の鍵を閉めると、慌てて体を拭く。

そうしている間に水野くんが脱衣場のドアの前まで来て、言った。


「入ってもいい?」

「だ、ダメ!」

「……あ、なんだ。鍵かかってんのか」

「ちょ、ダメだって言ってんじゃん!」


あたしがそう言うと、ドアの前の水野くんが「早く~」ってあたしを急かす。

服を着ようかと思ったけどまだお風呂に入ってる途中だし、仕方ないからバスタオルを体に巻こうかと考えるけど……

いや待て待て。恥ずかしすぎて死ぬ!

でも、そんなことをしていると……


「………マスターキー持ってるから、鍵開けちゃうよ?」


水野くんがそう言って、ドアの鍵穴にそれをさし込んだ。


「わ、わかった!あと10秒待って!」

「…じゅー、きゅー、はち、なな……」


水野くんがカウントをしている間に、あたしは仕方なく体にバスタオルを巻いた…。


……………


「…ん、これでシャワー出るよ」

「……ありがとう」


その後は、水野くんがお風呂場にやって来てシャワーを見てくれた。

どうやらあたしの使い方があまりよくなかったらしく、壊れる前にシャワーが自動的に止まったらしい。

……なんて頭の良いシャワーだよ。

そんなことを思っていたら、ふいにあたしに目を遣った水野くんが言う。


「…それにしても」

「?」


それだけを呟いて、何故かあたしの下半身を眺める水野くん。

な、なに?

その視線に嫌な予感を覚えて身構えていると、水野くんが言葉を続けて言った。


「………足、太いね」

「!!…は、」


そう言って、悪戯に笑う。

一方のあたしは、そんな言葉に思わず顔を真っ赤にして自分の足を隠した。

っていうか、最低!

そんなこと普通女の子に面と向かって言う!?

そう思って、「さっさと出てけ!」って言おうとしたら、その瞬間何かを見つけたらしい水野くんが言った。


「………あ、」

「?」


え、何?

何かあった?

そう疑問に思ってそこを向きかけたら、それを遮るように水野くんが言った。


「ほら、足太いんだから早く風呂入りなよ」

「!!なっ…」


水野くんはそう言うと、そそくさと脱衣場を後にする。

あたしはその言葉にムカついて、


「あっ足が太いのとお風呂入るのは関係ないでしょ!」


去っていくその背中にそう言ったら、水野くんは「いいから早く入れ」と言ってドアを閉めた。


「…、」


……なんなの、あいつ。

ほんっとムカつく!


…………しかし、そう思ったのも束の間。


「……ん!?」


あたしはさっき水野くんが何かに気づいていたそこをなんとなく見遣ると、思わずびっくりしてそれを二度見した。

…そこにあったのは、あたしがお風呂に入る前に無防備に脱ぎ捨てた下着…。

それに気がつくと、脱衣場で独り発狂したのは、言うまでもない……。





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