#5 喧騒の目覚め

「ん、んんー」

 ルートヴィヒはゆっくりとまぶたを開いた。蛍光灯が真上から自分を照らし、続いて彼にとっては見慣れない、一部ガラスがはめられたパーテーションが目に入った。視界の右には革張りとみられるソファの背もたれ。ゆっくりと顔を動かし、左を見やると、デスクに顔をうつぶせている、つい最近知り合った女性の後ろ姿があった。

「ふく、だ……?」

 少しして、福田が徐に頭を起こした。後ろを振り向くと、ソファの上で横になったままだが、完全に目を覚ましたルートヴィヒの姿があった。

「あぁ、ルートヴィヒさん。起きてたんですね」

「つい今しがただ。ところでここは何処だ」

「警察署です。誰かの家に連れて帰るわけにいかず、その上、ルートヴィヒさんが今どちらで寝泊まりしていらっしゃるのかもわからなかったので、仕方なくここに」

「そうだったか、申し訳ないことをしたな」

 ゆっくりと起き上がると、かけてあったタオルケットを手にとった。

「かけてくれたのか。ありがとう」

 福田はとんでもない、と言うように顔の前で手を横に振ると、コーヒーを淹れようと立ち上がった。その福田に、ルートヴィヒが声をかけた。

「ところでフクダ。今何時だ。どれほど私は寝ていた。みんなは何処へいった」

「矢継ぎ早……! 今の時刻は19時です。ですから、だいたい9時間ぐらいでしょうか。他の皆さんは事件の捜査に出てるか、一度帰宅してるかですね」

「そうか……」

 だいぶ寝込んでしまったのだな。立ち上がりながらそう言いかけた時、何とも言えない、大きな気配を感じルートヴィヒは身震いを覚えた。それと同じくして、地震ともとれるほどの、強い揺れが二人を襲った。

「きゃっ!!?」

「カノン!」

 ガタガタと音を立てて揺れる中で、その音にまぎれて「ガンガン」となにかを打ち付けるような音が、徐々に徐々に、されど確実に二人のいるフロアへと近づいてきた。

「奴だ……!」

「え!?」

 福田がルートヴィヒの顔を見上げたその時だった。

(ガシャーーン!!)

 大きな音を立てて、複数の窓ガラスが一斉に割れ、それと共に何かが部屋の中へと飛び込んできたのだ。

「きゃぁぁぁぁーーっ!!」

「伏せろ!」

 福田が反射的に耳をふさいでしゃがむと、同時にルートヴィヒが背中に隠し持っていた銃を手にとり、その、部屋の中へと飛び込んできたそれに向かって何発もの銃弾をこれでもかと浴びせた。

 その何者かは、のた打ち回るかのように銃弾の雨を浴びると、そのまま来た道を帰るように窓から外へ飛び出した。

「逃がすか!!」

「ま、待って!」

「ここにいろ、フェリックスの狙いは私だ。私が決着をつける。君をこれ以上巻き込まない!」

 逃げた者がどの方向へ逃げたか壊れた窓から素早く確認すると、ルートヴィヒは福田を見ることなく足早に警察署を飛び出していった。

「ルートヴィヒさん!」



 間もなく、安藤の携帯が鳴った。

「(福田?)おい、どうした」

「先輩、大変です! ルートヴィヒさんが! 奴が現れて!」

「おい、落ち着け。何があったんだ」

「警察署に、フェリックスが現れて、それをルートヴィヒさんが、一人で追いかけて行ってしまって」

「なに!? わかった、すぐ向かう。お前も後を追え!」

「はい!」

 福田は覆面パトカーに乗り込むと、電話を切らずに緊急走行で、夜の街へ飛び出した。


 一方、走って追いかけていたルートヴィヒは、途中、停車してあったバイクを見つけると、近くに人がいないのをいいことに無断で跨りそのまま拝借して再び走り出した。

 数分後、持ち主が戻ってくると、もちろんそこには例のバイクはなく、キョロキョロと辺りを見回しては、どうしたものかと頭を掻いた。

 突如として警察署を襲撃した影、巨大な化け物の姿をしたフェリックスは、振り向きもせず猛スピードで警察署前の大通りを一直線に進みながら、止まっている車をあちらこちらと蹴散らしていった。

 

 何十キロ行っただろうか、フェリックスは大通りと交わる丁字路の突き当りに突っ込み、大きな敷地を一周囲うようにして立つフェンスを打ち破った。そして古びた廃ビルの壁にぶつかるなり、今度はその壁を猛進してよじ登り始めた。

「なんの真似だ……フェリックス」

 フェリックスは廃ビルの側面に外階段を見つけると、そこにしがみつき踊り場に飛び込んだ。すると直後、一か所に収束しながらギュルギュルと音を立てて回転し始め、徐々に形になっていくと、それは最後に人の形となった。

 人の姿となったフェリックスは、外階段の踊り場からこちらにバイクで近づいてくるルートヴィヒを見て意味ありげに、不敵な笑みを浮かべた。

 再び目線を外階段に向けた時、フェリックスの姿はもうそこにはなかった。

「シャイス!(くそっ!)」


 ルートヴィヒはアクセルをふかせ、廃ビルまで一直線に突き進むと、押し倒されたフェンスを越えて、そのまま敷地の中へと飛び込んだ。

 体勢を崩し、勢いのついたまま転げたものの、すぐに立ち上がり、ルートヴィヒは外階段を駆け上がっていった。

 

 目的の階にたどり着き、ルートヴィヒは中へと入る扉に手をかけた。ゆっくりとノブを回し、銃口を開いた扉のその隙間へと向ける。慎重に隙間を広げると、今度は中の様子を伺った。どうやらすぐ近くにフェリックスはいないらしい。

 サッと建物の中へと入り、すぐに左右を確認する。決して油断はならない。奴は何処から現れるか分からないのだ。

 しばらくして福田たちが到着する。騒ぎのより大きい方へ進んでいった先に、バイク盗難の一報で入っていた情報と酷似したバイクが乗り捨てられているのを発見し、彼女たちは、きっと彼はココだと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る