第2話 変化

あの日から僕はひとりになった。


何しろ小さな町だ。母が自殺したことは山火事のように知れ渡っていった。

事実だけならまだしも、悪意のある噂まで広まった。


なかには、父の借金を保険金で返すために自ら命を絶ったというものや、大学の研究費を着服したことが発覚し、自殺したというものまであった。


僕は文字通り腫れ物になった。


僕が友達だと思っていた連中も、あきらかに僕を避けるようになった。

僕はサッカー部に入部していたが、間もなく退部した。


練習に参加しても、僕にパスを回す部員はいなかった。

何よりも辛かったのは、ペアを組む練習だ。


たまたまペアが見つからな部員がいても、僕とペアになることを拒み、同じくペアが見つからない僕という存在を無視し、コーチに「坂ダッシュしてきていいですか」と懇願した。


坂ダッシュとは、学校のすぐそばの急坂を駆け上がる辛いトレーニングであり、通常は懲罰目的で使われていた。


コーチは一瞬困惑した表情を見せた後、僕をちらりと見て「わかった」と言い、部員の勝手な行動を認めた。


クラスでも僕は空気のような存在になった。


認めよう。確かに僕はもともと目立つ生徒ではなかった。よく言えば物しずかな性格、悪く言えば、何を考えているのか分からないと見られていたかもしれない。


母が自殺してからのクラスメートの反応を参考にすると、後者であった可能性が高いことは否めない。


厳密に言えば、僕はイジメられたわけではないのかもしれない。

当時のクラスメートも僕をイジメたという自覚はなかったのだろう。


得体の知れないクラスメートを得体の知れない存在として扱っただけ、と彼らは言うかもしれない。


それでも僕には十分につらい経験だった。


家も家ではなくなった。


以前は、それこそ親友のように仲のよかった父ですら、僕との会話を避けるようになった。


父は仕事と称して家を空けることが多くなり、帰宅するのは僕が就寝してからであった。


僕は父を責められなかった。


父にとって最愛の人が、自分と中学1年生の息子を残して、この世を自ら去ったのだ。


しかも、首を吊って。


ある日、父の帰りが初めて遅かったことを心配した僕が、父を探して近所を歩き回っていると、川辺で体育座りをしている父を見かけたことがあった。


父は膝の上で組んだ両手の甲におでこを乗せ、肩を揺らしてむせび泣いていた。

めったに飲まないビールの缶が隣に転がっていた。


この日以来、私は父の帰りが遅くても、家で待つことにした。

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