無知(New花金Day)

 私は、情念から産まれた妖だ。

 人間からは、火から本を守るための車から産まれた付喪神とも、恋文の執念から生まれた妖とも言われている。

 けれど私は、私が生まれた日を知らない。自分がどのように生まれたか、私自身は知らない。

 気づけば巻物を手に取り、恋文を開き、女たちの執念をまとった鬼であった。

 私は情を知る妖だ。沢山の情を、それを綴ったものを眺めてきた。

 そこに過去も未来もなく、全てが私のものとなる。その恋の歌は私のものであり、その情愛は私の身軀だ。

 私に知らぬ情はない。


 知らぬはずはないのに。

 数多の文や書物から生まれた『私』のことを、あなたは一冊の本にした。

 それは私への恋文であり、私たちの日々の営みであり、あなたの子供の一人であり、一つの世界であった。

 読み終えた私は、暫く口をきくことが出来なかった。

 面白くなかっただろうか。あなたが心配したように尋ねてきた。私は違う、とすぐに否定する。

 ただ、言葉にできないだけなのだ。

 私は数多の情を眺めていただけで、いざ、言葉にしようとして、何も思いつかない。

 この気持ちをあなたに知って欲しい。あなたの考えていることを、全て知りたい。


 それが叶わなくて、淋しい。


 これが恋なのだ。

 書き留められないまま流れていくもの。一部しか紙と文字に残せないもの。頬をつたい、こぼれ落ちていき、やがて私の身体を通り過ぎていく。必死にかき集めるようにして、私はあなたの身体を抱きしめた。


 私は生まれて初めて、その価値を知った。


 



ーー

サン・ジョルディにも花金にも間に合わなかった……(笑)

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