第一章 闇の夜を彷徨う(6)無謀な正義

 旧校舎裏にある四ツ葉会館は、四ツ葉高校の卒業生有志が建設した同窓会館だ。


 建設当時は四ツ葉高校の校舎は旧校舎のみで、そのころは図書室機能がまだ十分ではなかった。だから、四ツ葉会館を建てて、その中に十分な蔵書数の図書室を設置しようとしたのだという。


 しかし、十年ほど前に新館が竣工し、新しく大きな図書室ができた際に、四ツ葉会館内の図書室は閉鎖されたと言われている。


 また、往年の四ツ葉会館のもうひとつの機能が生徒会室である。図書室と同じく、新館校舎ができる前はこの会館内に生徒会室があったと言われている。


 いまでは生徒会室も新校舎北館に移転しており、四ツ葉会館内の旧生徒会室は、生徒会のための倉庫となっている。


 リサ、ノナ、鏡華の三人が向かっている四ツ葉会館というのは、そういった歴史のある建造物だ。


「そういえばさ、鏡華。きょうはあの人たち来てないの? ほら、メン・イン・ブラック」


 旧校舎裏に向かう途中、リサが鏡華に尋ねた。なんのことか、鏡華は少し考えてから、「ああ」と言って答える。


秋津洲うちのセキュリティーサービスのことね。もちろん来ているけど、いまは正門のほうで車と一緒にいるはずよ」


 秋津洲財閥の令嬢である鏡華は、毎日高級車で送迎されている。また、送り迎えの際や、学校でイベントのあるときなどは、スーツ姿のセキュリティーサービスに護衛されている。


「……ここは少し、遠いね」


 旧校舎裏は正門からは一番遠く、したがって護衛から最も遠いのだ。リサが言っているのはそういうことだ。


 ノナにも鏡華にも、リサが何を言いたいのかはわかった。けれど、最近物騒であるとはいえ、何か事件が起こるということもないだろう。


「すぐに悪い状況を想定してしまうのは、リサさんの悪いクセですね」


「ノナがそれを言う?」


 リサは笑った。ノナはかつてリサに助けられたし、リサが悪い状況を想定したからこそ、それが可能だったわけだからだ。



 四ツ葉会館の前まで着くと、鏡華は生徒会室から持ち出した鍵で、入口の錠を開けた。


 四ツ葉会館の入口の鍵は、生徒会と職員室、そして一部の部活のみが所有している。会館内の各部屋も錠が掛かっているが、生徒会の所有する鍵では、旧生徒会室——つまり倉庫のみを開けることができる。


 鏡華は旧生徒会室の鍵を開け、部屋の電気をつけた。リサもそのあとに続いて入ると、古い書類や家具の埃っぽい匂いがたちこめていた。


「文化祭出し物ノートなんかがあるといいんだけど」


 鏡華はそう言いながら、古いロッカーを開けた。そこには大量の書類が山積みにされていて、どれがどれだか判然としない。


 もちろん、リサやノナも一緒になってそれらしいものを探した。だが、十五分経ってようやく見つかったのは、『文化祭計画!! 十五冊目』と題されたA四判ノート一冊だった。残念ながら、一冊目から十四冊目までは見つからなかった。


「これくらいかしらね。やっぱり、自分たちでアイデアを出したほうが早いかも」


 鏡華は溜息をついた。


 過去の生徒会はあまりあてにならないということが、これでよく判った。大量に書類を残しているわりに、欲しいものはない。気が利かない先輩たちだ。


「そうだね。じゃあ、帰ろうか、鏡華、ノナ」


「そうね」


「そうですね」


 三人が帰りじたくを始めたころ、部屋の外から物音がし始めた。足音だ。それもひとりふたりではなく、多数の。音の鈍さからいって、体重の重い、大人の男が多数近づいてきていると推測できる。


 こんな夕過ぎに、四ツ葉会館に用がある大人の男の集団って――。


 ノナよりも鏡華よりも圧倒的に早く、リサは身構えた。


「お前が秋津洲の澄河鏡華だな」


 金属バットを持った男が、旧生徒会室外の廊下に立っていた。他にも数名、男たちが立っていて、めいめいバットやゴルフクラブなどの鈍器を持っている。廊下には電気が点いていないため、全員で何人になるのかははっきりとしない。


「だ……、誰!?」


 鏡華は叫ぶように言った。彼女はカバンで身を守ろうとしているが、そんなものではどうにもならない。


 男たち数人が部屋の中へとズカズカ入ってくる。


「日本の未来のため、俺たちと一緒に来い」


「放して!」


 嫌がる鏡華を無理矢理に捕まえ、男たちはガムテープで彼女を縛り上げようとしている。


「お前たち!」


 リサはとっさに、鏡華を縛り上げようとしている男に飛びかかった――武器になるようなものを、何も持たずに。


 リサは星芒具を学校に一応持って来ている。だが、カバンの中に仕舞い込んでしまっている。取り出しているような余裕はない。そのため、無謀にも、鈍器を持った相手に素手で戦いを挑んだのだ。


 だが、金属バットの一撃を腹に受けて、リサは床に落下した。あまりの痛みに、彼女はのたうち回る。


「リ、リサ!」


 鏡華が叫ぶと、彼女は口にもガムテープを巻かれてしまい、声をあげられなくなってしまった。


 男たちは床に転がるリサと、腰を抜かして座り込んでしまったノナを見下ろしながら話し合う。


「なんだこのガキは」


「澄河とは関係ないヤツだろ。ほっとけ」


「それからこいつはなんだ、アーケモス大陸人か?」


「どうもそうみたいだな。ここで殺すか」


「ヒ……ッ!!」


 ノナは声にならない悲鳴をあげた。この人数の男たちに鈍器で殴られては確実に命がもたない。


「外国人はどいつも気に入らねえが、殺しはまずい。警察どころか国防軍案件になっちまう。胸クソ悪いが、見逃すか。いまは秋津洲の娘に集中しろ」


 命乞いをするように、ノナは男たちに向かって笑おうとした。しかし、顔が引きつって上手く笑顔が作れない。男たちが肩に担いでいる金属バットがいつ振り下ろされるか、まだわかったものではない。


 ノナが座り込んで身動きが取れず、リサが床の上で痛みに悶えている間に、鏡華はすっかり縛り上げられて、一切の抵抗ができなくなってしまった。


 鏡華はもがくけれども、どうにもならない。


 悶絶しながらも、リサは床を這い、ひとりの男の脚にすがりついた。だが、立ち上がれない。


「き、鏡華を……はなせ……」


「リ、リサさん……!」


 ノナはリサの無謀な正義感に、心底呆れた。これなのだ。このまっすぐさが以前ノナを救ったのだ。けれども、いまはこれではいけない。


 しかし、ノナのいる場所から、リサのカバンが落ちている場所までは遠い。残念ながら、一瞬でカバンまでたどり着くのは無理だ。あの中に、星芒具が入っているというのに。


「邪魔なガキだ。寝てろや」


 リサは頭を蹴り飛ばされ、それきり動かなくなった。鏡華はガムテープの巻かれた口で叫ぼうとしたが、声にならない。ノナはやはり、座り込んだまま金縛りに遭ったように動けない。


 男たちは鏡華を引っ張り、連れ去ってしまった。


 旧生徒会室はもはや、書類や什器が散乱している。薄暗い。ノナがそばに座りこんで震えながら泣いている。


 リサが事態を認識できたのはそこまでだ。立ち上がらなければと思いながら、意識が暗転した。

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