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「勇者ヨシオ、もとい、師匠は自分が何者であるかはすっかり記憶が失われていたが、元いた世界の知識や技術は覚えていて、エステルに介抱してもらったお礼として、エステルの下で奉公をはじめ、ラークスに少しずつ溶け込んでいった。しかし、当時のラークスは種族間抗争に明け暮れる戦乱の時代だった。


 争いの絶えないラークスを見た勇者は、『みんな違って、みんな良い』と開明的な思想を広げ、各地に赴いては種族間の間を取り持ち、時には戦場で刀を振るい、全ての種族が平和かつ友好を保てるようラークスの為に尽力した。その話だけで本がかけるだけの活躍ぶりでな。お陰で今のラークスは種族間の争いも無くなり、平和と繁栄を享受しているわけだが、勇者と共に平和な世界を作り上げようと奔走したエステルは自然と師匠に惹かれていき、結ばれたのは必然と言う他無いな」


 小林君は大きく肩を落としている。


「まっ、がんばれ、小林。お前の面構えは、今はなき勇者の若かりし頃に似ている。万が一ということもある。気を落すな」


「まさか、未亡人だったとはなぁ・・・まぁ、それはそれでアリだけど」


 変態めいた台詞を吐く小林君であったが、俺は今の話で一つ気になる点があった。今の話ではエステルさんは夫に先立たされているはずだが、あの若々しい顔立ちをしている。


 エルフは容姿端麗、かつ長命というのは、ファンタジーの鉄板でもあるが、果たして、ラークスのエルフはいかに。


「ちなみに、エステルさんは正確には何歳なんですか?」


 ここは直球で聞くしかない。


「さあなぁ。エルフは長命な種族だから細かい年齢までは・・・。ただ、千歳は越えていたと思うぞ」


「何!」


「年齢なんぞ気にするな、大事なのはその者の本質だ。エステルは今も人間の二十代ぐらいの若さを保っている。がんばれ小林、負けるな小林」


「おっ、おう・・・」


 とんでもないカルチャーショックだ。さらりと言うが、エルフがそこまで長命とは思いもしなかった。だが、銀やクロの表情を見る限り、ラークスでは極端な歳の差結婚もありそうではあるが。


「それにしても室田とこうして他愛も無い話ができるようになったな。ハルモニアにも大分慣れただろ」


「お陰さまでね。楽しくやらせてもらっているよ」


 これは本音だ。訓練の厳しさを除けば、俺の生活に不満は何一つ無い。人間関係も含め環境は良好だ。


「それは良かった。何分、この組織の特性上、こうした異例の抜擢が行われる事はあるが、組織にうまく馴染めるかは、いつも気を使うものでな。何か困った事があったらすぐに言ってくれ。エステルにも掛け合おう」


 銀の見た目はイケメンならぬイケ猫というのが、俺と小林君の共通の評価だ。この顔はまさしくカッコいい部類に入る猫の顔だ。加えて性格も穏やかで物腰も柔らかい。激しい訓練で心が折れそうになった時、そっと毛並みをモフらせてくれた時は、一生着いて行こうと心に決めたものだ。


「さて、そろそろ本題に入るか」


 銀は持っていた湯呑みを置き、腕を組む。


「俺はそろそろベイルのポータルが開くとみている。今回はそれに先立ち、クローザーである室田に話しておきたい事があったからだ」


 俺は襟を正し、傾聴する。


「室田よ。既に、巴とともに、自然発生した野良ポータルの処理は経験しているが、手応えはどうだ」


「余程のイレギュラーでもなければ、問題なく処理できる」


「そいつは重畳。だが、問題は実戦だ。今までの野良ポータルと違い、敵性異世界が開いたポータルをポータルを閉じるのは至難であると心得よ。敵の攻撃を退け、己の身を守りながら任務に当たるのは、一筋縄ではいかん」


 現在に至るまで、ポータルは散発的に自然発生していて、その都度ポータルを閉じる作業は何度も行われていた。当然、俺や巴ちゃんがその任に当たるのだが、ポータルの大きさは毎回違っていて這いつくばれば入れる大きさから、トンネルほどの大きさの時もある。


 ポータルは空間に固定されているらしく、腕が届かないほど大きくても片方からポータルの縁を押し潰していけば単独で閉じる事は可能だ。しかし、ポータルが大きいと、重くなるとでも言えばいいのだろうか。縁を押すにも力が必要になってくる。なので、二人いるのであれば、両側から同時に閉じていくのが効率的となる。


 そして、ポータルを閉じるのに考慮しなければならない点は、時間をかけないことだ。


 今までのポータルの閉じ方は自然発生したものに関しては、異世界対策室が急行し、建設現場や立ち入り禁止区域などに偽装して民間人の立ち入りを防ぎ、ポータルの自然消失まで現場を抑えていたようだ。


 なぜならポータルは発生する場所や時間を選ばない。人気の無い山中や田舎などであれば部隊展開も偽装工作もしやすいのだが、街中に突如として現れたときは大事になる。


 目撃者の確保、転移者の有無の確認及び保護、ポータルの隠蔽工作、行政機関への通知と協力要請などなど、やる事は多岐に渡る。従って俺達は迅速なポータルの処理を行わなければならない。


 問題なのは、敵性異世界によってポータルが開かれた場合だ。


 現状では、ポータルを意図的に開く異世界は、敵性異世界、通称ベイルによるものがほとんどで、ベイルのポータルが確認された場合、まず戦闘は避けられないそうだ。


 ベイルのポータルは開いた術者の殺害という強硬手段をとらなければ閉じる事はできなかったが、俺達クローザーがベイルのポータルを閉じる事が出来れば、損害を最小限に抑える事ができると踏んでいるようだ。敵性異世界からの攻撃や侵入を抑えているうちにポータルを閉じてしまおうということだ。だからこそ俺達の活躍が期待されている。俺達にはその責務がある。


 銀が目配せすると、クロはタブレットを取り出し、俺達に見せる。


「クロが持っているタブレットを見て欲しい。このグラフが見えるか?これはアレク凱旋事件が起きた日付から先月までのポータル出現回数だ。見てくれ」


 タブレットに表示されている資料には線グラフがあるが反比例の形をしている。詳しく見るとアレク凱旋事件から先月までのポータル出現回数が記載されている。その数は結構な数だ。


「この数字は単にポータルが出現した数で、自然発生したものも含まれているが、年々ポータルの出現回数が増えていることは分かると思う。次はこの資料を見てくれ」


 クロはスワイプし画面を変える。次の資料にもグラフと数字が書かれているが、こちらは緩やかに上昇傾向にある何かの件数を表示しているようだ。


「この件数は一体何だ?さっきに比べ大分数は少ないようだが」


 俺は質問する。


「これは、ベイルとの交戦回数だな」

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