第25話 小さな少女と語りたい

 翌朝、屋敷の1階ロビーに行くと杏奈アンナが一人で俺を待っていた。


「お、カケヤン!トマリンから話は聞いとるで!今日はウチとデートなんやってな?」


 杏奈アンナは髪型こそいつもと同じツインテールだったが、服装はいつもと違い少し大人びた格好をしていた。

 一言で言えば白いワンピースなのだが、フリルの施されたそれは、見た目だけなら高貴なお嬢様っぽい杏奈アンナによく似合っていて、あの下ネタ好きとは思えない雰囲気を纏っていた。


「なんや?ウチ見惚みとれてるん?めっさ可愛いやろ?」


「自分で言うな。それじゃ出かけるか」


「ほーい」


 杏奈アンナは俺の右腕に自分の腕を絡め、ぎゅっと握り締めてくる。

 本当に見た目だけは非の打ち所の無い美少女だな、こいつは。

 そのせいで少しドキッとしてしまう。




 屋敷の外に出て、早速困った事になった。


「出かけるとは言ったものの、どこへ行けばいいんだ?この国にはほとんど何も無いだろ………」


「えー?いきなりかぁ?カケヤン、ノープランにも程があるで!?」


「仕方ねぇだろ!ここには本当に何もねぇんだから!!」


「しゃーないなぁ………ほんなら、『勇者の泉』でも行ってみよか?あっこなら綺麗やし、そこそこロマンチックやん?」


「あ、ああ、そうだな」


 情けないがいきなり行き先に頓挫した俺は、杏奈アンナの提案に従い『勇者の泉』を目指す事にした。

 そもそもデートなんてした経験無いし、さらにこんな何も無い所じゃ仕方ないだろ。




「はー、やっぱここは静かでええなぁ」


 泉に到着した俺達。

 杏奈アンナは木々に囲まれた静かなこの場所を気に入っているらしかった。

 こう言ってはなんだが、景色の美しいこの場所と『見た目美少女』の杏奈アンナは実にマッチしていた。


「意外だな。お前が静かな場所が好きだなんて」


「失礼なやっちゃな。ウチかて常にうるさいわけや無いで?」


 とりあえずは思いついた事を言葉にしたが、これ以上思いつく話題がなく、二人の間に静寂が訪れる。


「………なんや、ツッコミりょくは大したもんやけど、思ったよりトークりょくは無いんやな、カケヤン?」


 小悪魔っぽい笑みを浮かべながら俺をからかう杏奈アンナ


「う、うるせーな!こういうのは初めてなんだから仕方ねーだろ!!」


「え?」


「ん?」


 杏奈アンナが俺を見てキョトンとする。

 何か変な事を言っただろうか?


「え………カケヤン、女の子とデートした事無いんか?まさか童貞どうてい?」


 またさらっと下ネタを、こいつは。

 黙ってれば美少女なのに。


「わ、悪いか、この野郎!」


「ええっ!?カケヤン、背も高いしイケメンやのに童貞なん?意外やったわ。てっきり女の子を取っ替え引っ替えヤりまくりやと思うとったのに」


「何なんだお前のその価値観は」


 すると杏奈アンナはそっと俺の腕に頭をもたれかけ、静かに言葉を続けた。


「んーん。ちょっと意外やっただけや。ウチも処女やし、やっぱ初めては初めて同士のほうがお互い緊張せんでええんとちゃうかな?」


 相変わらずの下ネタ混じりではあるが、急に可愛らしい言い方をするものだから、俺も変に身構えてしまう。

 だが、俺には気になっている事があった。

 さっきからのこいつの口振りはまるで俺に惚れているかのようなものだが、俺にはそれが信じられなかったのだ。

 俺とこいつはまだ出会って日が浅いし、こいつから好意をもたれるような事をした覚えも無い。

 仮に俺の見た目がこいつの好みのタイプだったとしても、それだけでそんな話になるものなのだろうか?

 この雰囲気に水を差すであろう事はわかってはいたが、聞かずにはいられなかった。


「………なぁ杏奈アンナ。お前は別に俺に惚れてるわけじゃないだろ。何でそんな事を言う?まさか兎毬トマリの言うあの計画のためか?」


「………………」


 すると杏奈アンナは俺の腕から体を離し、泉を眺めながら口を開く。


「ギャルゲ計画の事か?………ははっ、あんなん真面目に考えてんのはトマリンだけやで。ウチも他のも、そんなん真剣に付きうとる奴はおらんわ」


「そうなのか」


 一つの疑問が解消された。

 ずっと気になってはいたが、兎毬トマリのギャルゲ計画は俺の意識の問題だけじゃなく、相手の気持ちもあってこそのものだからだ。

 俺だけがその気になったところで、相手の女の子もその気にならなければ『カップル成立』とはならない。

 その辺の事を兎毬トマリはどう考えていたのだろうと思っていた。


ウチらはな、それぞれに目的があって、それぞれの目的とトマリンの理想と多少なりとも合致する部分があってここにてるんや。トマリンのギャルゲ計画の事は聞いてるけど、別にカケヤンの事を好きになれとか強制されとるわけやないで」


 その話を聞く限りだと、こいつらの立場は俺と全く同じと言える。

 恋愛を強制されているわけでは無いが、『できれば恋愛してもいいよ?』くらいのニュアンスだ。


「なら尚更だ。何でお前は俺に惚れているかのような言動をする?ただ単に俺をからかって楽しんでいるだけか?」


「………………」


 杏奈アンナは「ふう」と息を吐き、俺のほうを振り返った。


「なあ、カケヤン。カケヤンはロリコンでは無いんやよな?」


「当たり前だ」


「せやったら、ウチの外見を見てどう思う?仮にカケヤンがウチと同い年やったとして、ウチの事を好きになるか?」


「それは………どうだろうな。好みの問題もあるだろうし………そもそもその質問は『ロリコンじゃないなら』という前提なんだよな?」


「せや」


 人を好きになる要素が外見だけで、しかもロリコンじゃないならと限定されているとすれば、杏奈アンナを好きになる事は無いかもしれない。

 幼い容姿を好まない奴からすれば杏奈アンナはストライクゾーンから大きく外れている事は間違いない。


「まぁ、そんなに真剣に考えんでええで。ウチの見た目がロリっぽいのは自覚しとんねん。それを別に悲観しとるわけでも無いしな」


「じゃあお前は何を………」


 杏奈アンナは人差し指で俺の唇を押さえ、言葉を遮った。


「でも、これだけは言うとく。ウチはカケヤンの事、好きやで。いや、正確にはだんだん好きになってきとるってとこやな♡」


 杏奈アンナは今までに見せた事の無い笑顔でニコッと笑うと、俺に背を向けて屋敷の方角へ歩いていった。

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