第12話 お嬢様は気が短い

 やりたい事は全てやる。

 それが穂照ホテル 兎毬トマリという女。

 口で言うのは簡単だが、それを実践するのは簡単ではない。

 普通の人間なら実践しようとすら思わないかもしれない。

 なぜなら、実践するためにはそれ相応の金が必要となるからだ。

 だが仮に金があったとしても、やる奴はいないだろう。

 いや、やる奴はいるかもしれないが、その全てで『結果』まで出せる奴はまれだ。

 なぜなら世の中はそんなに甘くない。

 金があれば結果も出せるなら、世の金持ちはみんな偉人になれるという事だから。

 もっとも、金があるほうがその近道となる可能性はあるが。

 要はその個人の才覚の有無とやる気の持続が問題なのだ。

 穂照ホテル 兎毬トマリにはその全てがあったという話だ。


「漫画で賞を獲ったというのも、アイドルの話も嘘ではないと思うが、その割には異世界ネタは低クオリティだったな」


「それは準備期間が少なかっただけです。もっと時間をかけて準備していれば、きっと翔琉カケルさんを伝説の勇者としてプロデュースできていたはずです」


 こっちとしては準備不充分でありがたかったが。


「じゃあ、今回は準備をする時間が少なかったのは何故?」


「それは………お嬢様から直接お伺いください」


 ユイさんが言い淀んだ?

 何か深い理由でもあるのか?


「では、そろそろお昼ですし、屋敷に戻って昼食としましょう」


 ユイさんが言い淀んだ事を兎毬トマリがあっさり口を割るとは思えないが、昼食の時にでも聞いてみるとしよう。





「ああ、翔琉カケル君の『ギャルゲ主人公化計画』のほうがメインの目的だったからね。異世界のほうはいずれ本格化しようと思ってたネタで、今回の『ツカミ』くらいにはなるかな~と」


「あっさり口を割りやがった………」


 屋敷の食堂に戻り、昼食を摂りながら話題を振ってみれば俺の振った話題はすぐに終了した。


「それで、少しはこの国の事がわかった?」


「ああ。お前の趣味だけを詰め込んだ、文字通り『兎毬トマリ王国』だって事がな」


とげのある言い方ねぇ………」


 午前中にユイさんから見せてもらった範囲で判断するなら、ただ単にこいつの趣味を自由にやれる個人スペースをこの土地に作っただけの話だ。

 個人スペースと言うには規模がでかすぎるが。


「お前のやりたい事のために全力を尽くす姿勢はわかったが、いくらなんでもやり過ぎじゃないか?ここまでの広大な土地は必要ないし、ましてや『国』なんてデカイ話にする事も無いだろう」


「ふー………」


 兎毬トマリはナイフとフォークを皿の上に置き、真面目な顔をして言葉を紡いだ。


「君が午前中に見たのは、あくまで私の『趣味の一部』であって、それが全てでは無いわ。もちろん君の言うように、私の趣味のほとんどは『国』なんてレベルじゃなくてもできるけど………」


 予想外に真面目な顔で言うものだから、少々気圧される。

 俺の印象では、「誰からも文句を言われない趣味の部屋」の拡大版みたいなものだと思っていたのだが。


「例えば………そうねぇ、紗羽サワちゃんみたいな境遇の子を、彼女の望む『普通の学生生活』を日本でさせる方法は?」


「それは………」


 それは難しい。

 紗羽サワ個人には何も問題は無いが、彼女の『瀬久原セクハラ』という苗字が問題だ。

 これをネタにイジメをするなと言うのは簡単だが、それでイジメが無くなるはずもない。


「ちなみにね、イジメられるのは紗羽サワちゃんだけかもしれないけど、それに関わるのは紗羽サワちゃんだけじゃないわよ」


「え?」


「もちろん直接的な被害者は紗羽サワちゃんよ。でも例えばそのイジメが問題になったとして、担任の先生は?イジメを放置したとか言われて辞職なんて事もあるわよね」


「そうかもしれないが、イジメがあると知りながら放置したとすれば、教師としての責任を追及されても仕方ないだろう」


「問題はそこじゃないわ。仮にその担任教師が行動をしていたとしても、世間は結果しか見ない。さて、一番の悪人は誰でしょう?」


 担任教師がイジメに気付いていて、そのための対処もしようとしていた。

 それでも止められないのがイジメというものだ。

 果たして一番悪いのは………


「………イジメをしていた本人だ」


「そう。そして、そんなイジメっ子を育てた親よ」


「それは当然だろう」


「だけど、実際に処罰されるのは担任教師、または学校の校長だけ。イジメをしていた子とその親が処罰された、なんてニュースを見た事は?」


 無い。

 確かに教師に責任が無いとは言わないが、『責任』という言葉を出すならば、イジメをした張本人、その張本人が未成年の子供と言うならばその親にこそ重い責任がある。


「結局ね、今の日本人には『責任感』というものが無いの。我が子のした事に対して『自分の責任だ』と言えない親。そんな親の事を子供は尊敬できるかしら?」


 なんとなく、だんだん兎毬トマリの言いたい事がわかってきた気がする。

 確かに今の日本人には『責任感』の薄い奴が多いのかもしれない。

 自分の責任にならない為に、なんとかして責任逃れをする方法を探す、いや、責任を押し付けられる何かを探している奴ばかりだ。

 じゃあ、今から責任感の強い国民を増やす方法は何があるだろうか?


「仮にこれから責任感の強い人を増やすような政策があったとして、そんな国に生まれ変わるのは何年先?紗羽サワちゃんのような子は『今』なんとかして欲しいの。何十年か先、子供や孫の世代に良い世の中になる事が無意味とは言わないけど、紗羽サワちゃんの学生時代は『今』しか無いのよ」


 それを………こいつはやろうとしているのか?

 今しか無い、『今』助けを求めている人のために。


「お前………」


「私は短気なの。気長に『いつか良い国になったらいいね』じゃ満足できないの。だから、やれる事は『今』やりたいのよ」


 ふざけているだけかと思っていたワガママお嬢様がこんな事まで考えていたのか。

 俺は自分の考えの浅さを思い知らされたような感覚だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る