第3話 名前でイジられたくは無い

「お前………今なんつった………?」


「だからぁ、翔琉カケルくんがぁ、私のお顔にぃ………」


「何度も言うなぁ!!」


「理不尽!?」


 温厚を自負する俺だったが、久々にキレた。

 兎毬トマリが言った言葉は、俺がもっとも人から言われたくない言葉だったからだ。

 それをこいつ………!


「お前………俺の事を調査したんだよな?なら俺が『そのテのネタ』が大嫌いだという事は知らなかったのか?」


「私ね、『下ネタ』が大好きなの」


「俺の質問はどこ行った!?」


 俺の質問は華麗にスルーして、兎毬トマリは続けた。


「それも私が『理想の国』を作りたい理由の一つよ。今のこの国はくだらない規制が多すぎる。人を傷つけるならともかく、人を傷つけない下ネタまで規制するのはどうかと思うわ」


「たった今、俺を傷つけてた奴のセリフかっ!!」


「そうかもしれないわね。でもそれは、『私の国』だから傷つけられたの?日本だったら違うと言うの?」


「それは………」


 それは詭弁きべんだ。

 それは日本だろうがこの『兎毬トマリ王国』だろうが、日本語という言語げんごを使う環境にいる以上、俺のフルネームを悪意をもって声に出そうとする奴がいるなら避けられない事だからだ。

 実際のところ今までずっとそれで悩まされてきたのだ。


「アンタの国じゃ違うとでも言いたいのか?」


「そうだねぇ………お!サワちゃーん!ちょっと来てーーー!!」


「あ?サワちゃん?」


 すると兎毬トマリは急に手を振り、数10メートルほど離れた所にいた少女を大声で呼んだ。

 兎毬トマリの声に反応したその『サワちゃん』なる少女は、こちらに向かって走ってきた。

 彼女も兎毬トマリの選んだ国民の一人という事か。

 身長は兎毬トマリより10㎝ほど低い小柄こがらな少女。

 おそらく俺よりは年下だと思われる。


「はぁはぁ、兎毬トマリさん、何かご用ですか?」


 サワは息を切らせながら兎毬トマリの顔を窺う。

 茶色のショートヘアーが呼吸に合わせてリズミカルに揺れる。

 初対面でまだお互いに自己紹介もしていないのにこんな事を思うのもどうかと思うが、兎毬トマリのような世俗せぞくの汚れに染まっていない無垢むくな感じが可愛らしい少女だった。


「サワちゃん。私はちょっと用事があるから、この人を案内してあげてくれるかな?」


「あ、はい。お任せください!」


「はあ?お前、なに勝手に………」


「じゃあカケル君、私は抜けるからサワちゃんにこの国を案内してもらってよ。夕食の時間には戻るから」


「おいっ!ちょっと待て!!」


 そう言って兎毬トマリはそそくさと走り去ってしまった。

 あの野郎、逃げやがったな………!

 俺のそんな険しい表情に少し怯えた様子でサワという少女が俺に話し掛けてきた。


「あ、あの………」


「ん………あ、ああ、ごめん」


 兎毬トマリに対してはいきどおりを感じていたが、目の前のこの少女に対しては何の怒りも無い。

 まだ自己紹介もしていない女の子に対して理不尽な恐怖感を与えては、俺も奴と同類になってしまう。

 仕方ない、ここは一旦落ち着いて仕切り直すしかないだろう。


「悪かったね。俺の名前は岡尾オカオ………翔琉カケルだ。君の名前は?」


「セクハラです!」


「ええっ!?」


 なんで!?

 最近は名前を聞いてもセクハラになるのか!?

 それとも俺の名前を聞いて勘違いされたとか!?

 できるだけ誤解されないように、苗字と名前の間を少し開けてから言ったのに、それでもまだ配慮が足りなかったか?

 警察官志望の青年がセクハラ容疑で逮捕とか、嫌すぎる!!


「あ………」


 すると俺の様子を感じ取ったのか、少女はもう一度丁寧に言い直した。


「すみません、私の名前は瀬久原セクハラ 紗羽サワといいます!」


「は………?」


 少女はその場にしゃがみこみ、落ちていた小さな石ころで地面に『瀬久原』と書いた。


「これで『セクハラ』と読みます!勘違いさせちゃいましたよね………?ごめんなさいっ!!」


「あ………あー!あー!なるほどね!?」


「それから、いとへんにすくないで。そしてはね、これで紗羽サワです!」


 瀬久原セクハラ 紗羽サワ

 それが彼女の名前だったのか。

 漢字で見るとなるほどと思う。

 言葉で聞くとドキッとさせられるが。

 わかってしまえば何て事もない名前だが、穿うがった捉え方をすれば俺の名前と同じく下ネタ扱いされる名前だろう。

 彼女もおそらく俺と同じ、日本には住みにくい名前仲間というやつだ。

 もしかして兎毬トマリの奴、その為に彼女を俺のところに呼んだのか?


「あの………?」


 紗羽サワが不安そうに俺の顔を覗きこむ。

 俺は心の中に渦巻くモヤモヤを一時的に封じ込める事にした。


「ああ、悪い。じゃあセク………苗字だと色々アレだし、紗羽サワって呼んでもいいかな?夕食の時間まで『この国』を案内してもらっていいか?」


「はいっ!」


 兎毬トマリの言いなりになるのも少し気に入らなかったが、とりあえず俺は紗羽サワの後について行き『兎毬トマリ王国(仮)』の案内をしてもらう事にした。

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