好きなものは好きだと言えたらいいが、嫌いなものを嫌いだという勇気も同じくらい大事なんだと思う

 日は進み、今はテスト明けから数日後の土曜日。

 俺の家に雅と紅葉が集まっていた。

 俺が2人を招いた訳では無い。

 雅とテストの反省会をしようということになり、女の子の部屋に上がるということに抵抗があった俺は、あえて俺の部屋を指定させてもらったのだ。

 初めの方は雅も落ち着かない様子だったが、しばらくするとくつろぎ始めた。

 いや、主に雅の反省会だからな。くつろがれても困るんだが……。

 と、そんな状況に紅葉が尋ねてきたというわけだ。

 どういう訳か反省会のことを嗅ぎつけ、二人っきりにはさせない!と張り切って来たらしい。

「はぁ〜、なんでこうなっちゃうんだろ……」

 頭を抱えたまま机に突っ伏す雅。そんな彼女を嘲笑うかのように見下す視線がひとつ。

「普段から復習しておかないからこうなるのよ、そんなことも分からないのかしら。新庄さんって、見た目通りに頭の中もネジが外れているのね」

 いつも通りの毒舌が金髪の頭にグサグサと刺さっていっている気がする。

「そ、それは……仕方ないんですよ!人の見た目にケチつけるのは良くないですよ!」

「あら、ごめんなさいね?でも、反論できることがそれだけしかないようなあなたにはピッタリの言葉だと思ったのよ」

 さりげなく5教科分のテスト用紙を見せる紅葉。

 そこに赤色で書き込まれた書かれた数字は全て90以上。それに比べて雅はというと、5教科中3教科が赤点だ。

 見下せるだけのさは十二分にあるということだ。

 ちなみに俺は全教科80点台をキープ出来ているので見下せる範囲内なのだが、彼女に勉強を教えていた本人であること故に、申し訳ない気持ちが大きすぎるのだ。

 まあ、そもそも見下したりはしないけど。

 紅葉だって、『雅よりも自分の方が偉い!だから唯斗くんには私の方がお似合いよ!』という心の声が、俺と会話をする度に漏れまくってるもんな。

 本心から見下しているわけじゃないんだ、許してやってくれ。

 紅葉を睨む雅に対して心の中でそう願いながら、俺は問題用紙を取り出した。

「あれだけ問題を解かせて、勉強に付き合ったのにダメだったとなると、次のテストはもっと厳しくしないとダメらしいな」

「ご、ごめんなさい……。で、でも、ゲッチーが悪かったわけじゃないからね?私のやる気がまだ足りなかったかなぁ……って」

 雅は素振りこそ軽いものの、申し訳ないという気持ちはよく伝わってきた。

 俺だって彼女を責めるつもりはないし、噂の件もあって去年よりも対策が手薄になってしまったのも事実だ。

 赤点とはいえ、どれもあと数点取れば脱出という所で、悪いことには悪いが、彼女にしてはよく頑張った方だと思う。

 ただ、前から疑問に思っていたことがあるのだが……。

「雅、お前ってなんで理科だけはいつもいいんだよ」

 今回も彼女は理科で98点をとっている。

 これはまぐれだとか五角形の鉛筆を転がしただとか、そういう次元の話ではないと思う。

 もしも転がしたのだとしたら、彼女の運はここで尽きているだろうし。

「確かにそうね……。新庄さん、去年の期末も理科だけ学年1位だった気がするわ……」

 紅葉もさすがにと言わんばかりに目を丸くしている。ちなみに紅葉の理科の点数は94だ。

 俺からすればそれでも十分すごいと思うんだけどな。

「なんでかな?理科は授業聞いてるだけでよく分かるし、問題見たら答えが浮かんでくる感じがするんだよね!」

「天才だな……」

 聞いただけで覚えられるのはもう、天才の域だろう。なぜその能力が他の教科に活きないのかは分からないが、食べ物の好き嫌いがあるように、勉強にも好き嫌いがあるのだろう。

 雅の場合、理科が大好物だった。それだけの話だ。

「まあ、理科だけで来ても社会ではゴミでしかないわよ。まず国語ができていないんだもの」

 紅葉が雅の国語の答案をつまみ上げながら言う。

 その点数、なんと驚愕の32点。ちなみに平均点は68だ。

 ところで、紅葉は俺に話してる訳では無いからか心の声が聞こえてこないのだが、どんな本音を隠しているのだろうかと気になってしまう。

 第2の声を聞くことに慣れすぎてしまっているのかもしれないな。

「国語力のない人間を雇いたいと思う会社なんてどこにもないわよ。これじゃ、あなたの将来はお先真っ暗ね」

 雅は胸を突かれたような表情をする。

「だ、大丈夫ですし!いい旦那さんをもらって幸せに暮らしますから!」

「あなたのような金髪頭を貰ってくれる男が果たしているのかしらね。いたとしても唯斗くんのような陰キャでしょうけど」

 紅葉が一瞬だけ俺に視線を向けたのに気付いたのはおそらく俺だけだろう。

「げ、ゲッチーだって十分にいい旦那さんになれますから!だよね、ゲッチー!」

「お、おう……」

 彼女の気迫に押される形で頷いてしまったが、なんだからすごく褒められた気がする。

 これは素直に喜んでもいいだろうか。

 そう思って雅の方を見ると、彼女は意味深な眼差しをチラチラと向けてきていた。

 よく分からないが、心の中だけでも喜んでおくとするか。一応は美少女に褒められたわけだし。

 やった〜っと……。

「じゃあとりあえずは解き直しをしてみてくれ。その後で分からないところは全部説明してやる」

 そう言いながら国語の問題用紙を彼女に手渡す。

 すると雅は、

「もしも全部わからないって言ったら……?」

 と控えめな声で言った。

 俺はフレンドリーな笑顔を浮かべながら、親指をグッと立てて―――――――それを逆さに向けた。

「もちろん、デコピンどころじゃ済まない処置は取らせてもらうぞ?」

「え、笑顔が怖い……」

 指先まで震え上がらせた彼女は、慌てて問題用紙とにらめっこし始めた。

 これでやる気を出してくれるだろう。

 俺はひとまず安堵のため息をついて、ベッドに倒れ込んだ。

 力を抜いてしまえばこのまま眠れてしまいそうだが、2人の手前、そういう訳にもいかない。

 俺は目を覚まさせるためにも最近買ったライトノベルの新刊を手に取って開いた。

 読書なんてしたらさらに眠くなりそうな気もするが、ラノベってのは先の展開が読めないものも多くて、読んでるだけでワクワクさせてくれる不思議な書物なんだよな。

 何よりも絵がいい。

 可愛いヒロインが精密に描かれていて、想像を捗らせてくれる。

 そしてラノベの始めのあたりにある色つきの絵、あれがさらにいいんだよな。

 その刊の見所を凝縮しているが故に、そこを見るだけで心が踊る。

 特に俺が今読んでいる『俺の隣のJKが俺にちょっかいばかりかけてくる』というのが本当に面白いんだよな。

 隣の席になった金髪JKが、授業中にちょっかいを出してくるというストーリーなのだが、このヒロインが超推しなのだ。

 ちょっかいを出してからかったりするものの、それは好意の裏返しというオチで、それはもう良いツンデレ具合なんだよ。

 ツンデレ愛好家の俺としては、ぜひ皆におすすめしたい作品だ。

「唯斗くん、それ面白いの?」

 紅葉が興味ありげにそう聞いてくる。

 ラノベは読んでいるのを見られると恥ずかしいなんて言う人もいるが俺は気にしないし、むしろ堂々と読むタイプだから「面白いぞ」と答えた。

 ここで嘘をつく必要も無いからな。

「ふーん」(唯斗くんの好きなもの……私も好きになりたい……)

 興味なさげな言葉とは裏腹に、心の声は津々だ。

 ちなみにパンダといえばシャンシャンだ。なんてつまらないネタを思い浮かべながらページをめくる。

「……」

 なんだか、ずっと紅葉に見つめられている。

 どうやらこの本が相当気になるらしい。

「第1巻なら本棚にあるから勝手に読んでいいぞ?」

 そう言ったものの、紅葉はモジモジして動こうとしない。

「じゃあ、私はその左斜め上にある漫画を……」

「お前は集中してろ。ていうか、なんでお前が俺の部屋の本の配置を覚えてるんだよ」

 本棚に背を向けるように座っているはずの雅からは本の配置は見えていないはずだ。

 いつ覚えたんだよ……。

 俺は勉強から逃げ出そうとする彼女を強制的に座り直させ、そのついでに1巻を手に取って紅葉に渡す。

 彼女はそれを軽く会釈してから受け取ると、「暇だから読んでみようかしら」と言って本を開いた。

(渡されたのだから読むしかないわよね!口実ができてラッキー♪)という心の声は聞かなかったことにするとしても、明らかに上がっている口角は誤魔化せないぞ。

 ただ、俺もそんな紅葉を見てニヤけてしまっているから同罪だな。

 そう思って再度ラノベに視線を落とした数分後、紅葉が肩を叩いてきた。

「ねえ、唯斗くんはこの本が好きなのよね?」

「ああ、もちろんだ」

「じゃあ、参考までに聞くだけなのだけれど、どこキャラが一番好きなのかしら?」

 紅葉はまるで「何が食べたい?」と聞くような感じで俺に質問した。

「あくまで参考よ?変な気は起こさないで頂戴ね」(まさか……メインヒロインだったり……)

 その『まさか』というのがどういう意味で使われたのかは分からないが、変に嘘をつくのも悪手な気がした俺は、正直に答えることにした。

「どのキャラも好きだが、1番はやっぱりメインヒロインの持山 カリンだな。ほら、金髪の……」

 推しについて話す時はつい言葉に熱がこもってしまう。俺は1度深呼吸をしてテンションを安定させる。

「読み進めていくとな、カリンの性格だとかがよく分かってきて、印象が変わるんだよな」

「そ、そうなのね……」

 なるべく平常心で言ったつもりだったのだが、紅葉は曖昧な表情を見せると、再度ラノベに視線を落とした。

 なんだろう、この微妙な空気は。

 やっぱり金髪キャラを推したのが悪かったんだろうか。金髪と言えば雅だもんな。

 何故かずっと2人は不仲だし……。

 というか、紅葉ってもしかして雅が嫌いなんじゃなくて、金髪が嫌いなだけなんじゃないか?

 前にも金髪キャラを毛嫌いしていた気がするし、その線も十分あると思う。

 それなら、金髪キャラのいいところを知ってもらえば、雅との不仲も解消されるんじゃないか?

 俺だって友達と好きな人が喧嘩しているところはあまり見たくないしな。

 俺が屋上で紅葉に告白したその日から、さらに悪化したような気もするし、そろそろ対策すべきだと思っていた俺は、本棚から金髪キャラの出てくるラノベだけを取り出して紅葉の所まで運んだ。

 それぞれの作品の金髪キャラが1番活躍している巻だけを抜き出したのだが、これだけで12冊もあるな……。

 まあ、紅葉の心象を変えるにはこれでも足りないくらいだろうな。

「紅葉、ちょっと見てくれ」

「ん?他におすすめがあるなら後にしてもらえるかしら。今こっちに集中しているところだから……」

「いや、おすすめって訳じゃないんだ。お前がその本をより楽しむための対策をしてやろうと思ってな」

「より楽しむための対策……。そんなものがあるなら早く教えなさいよ」

「ああ、わかった」

 頷いて見せた俺は、数冊の金髪キャラを選出して紅葉に見せる。

「これは全員金髪キャラなんだが、みんなそれぞれ性格が違うんだよ。こっちはおしとやかなお嬢様、これはギャングの娘、こっちは異能力者だな」

「へぇー、こんなに色々あるのね」

 紅葉も興味を持ってくれたらしく、持っていた1巻を閉じて、こちらを覗き込むように近づいてきた。

「でも、金髪キャラが好きなことを見せつけてどうするつもりかしら?」

「確かにこいつらは全員金髪キャラだ。でもな、みんな優しい奴らばっかりなんだよ」

 俺は一冊の本のページをめくる。

「このキャラはお嬢様系だが、世間に興味を持って普通の高校に通い始めたんだ。そんな中で彼女は分からないなりにクラスメイト達の悩みを解決しようと努力するんだよ!」

 この作品だと、特に主人公の悩みを彼女の温もりが救ったというシーンがお気に入りだ。

「それからこっちのは一見性格が悪くて関わりたくないタイプかもしれないが、踏み込んでみると純粋で臆病な普通の女の子なんだよ。主人公の恋の手助けだって頑張ってくれるいい子だ」

 どれもこれもいいところが多すぎて説明しきれない。

 だが、俺が伝えたいことはひとつにまとまっている。

「勘違いしないで欲しいのはな、俺は金髪キャラが好きなわけじゃない。キャラ達の性格に惚れただけだ。だから、黒髪のヒロインだって推している!」

 俺は本の中から黒髪の美少女が表紙に書かれたものを手に取って紅葉に見せる。

 そのヒロインは見た目が紅葉によく似ていて、ツンデレという所も同じなのだ。

 だからこそ惹かれたというのもある。

 俺が好きなのはあくまでもツンデレ。

 そして何よりも好きなのは紅葉であるということ。

 それだけは勘違いして欲しくないのだ。

「そう、私に告白までしておいて金髪……だなんて、もう少しで手が出るところだったわよ」(よ、よかったぁぁぁ!急に金髪キャラだとか推しだとか言うから新庄さんのことがすきになったのかと思ったよぉ……びっくりしちゃった……)

 口では物騒なことを言いながらも、その表情は和やかで嬉しそうだ。そんな彼女を見ていると、俺まで嬉しくなってしまう。

「大丈夫だ、俺はお前一筋だからな」

「……本当かしらね?唯斗くんは浮気しそうだもの、信用ならないわね」(ひひひひ一筋!?わ、私……こんなに幸せでいいのかな……。なんだか怖くなっちゃうよぉ……)

「あはは……そう思われてたら仕方ないな。信じてもらえるまでアタックするしかないか」

「ええ、そうするといいわね。私は決して屈しないけれど、ふふふ」(唯斗くんがその気なら私だって……こ、ここここくはきゅし、してやるんだからぁ!)

 紅葉はそう言うと満面の笑みで俺の肩をつついた。

 出来るものならやってみろ、ということだろうか。

「屈しない……か。じゃあ、どっちが先に折れるかの勝負だな」

「勝負……いいわよ?あなたとなら負ける気がしないわね」(ふふふ、これで唯斗くんにいっぱい告白してもらえる♪)

 静かな部屋の中、微笑み合う2人。

 それは傍から見れば仲睦まじい男女で―――――――――って、あれ?

 そう言えばさっきから雅が声を発さないんだが……。

 不思議に思った俺は、彼女の座っているはずの場所に視線を向ける。

「……Zzz……ん、あ、あれ……?寝てた……」

 そこには寝起きで目を擦る金髪残念美少女の姿があった。

 いつから寝ていたのかは分からないが、彼女の前に広げられたノートのページが白紙だということから、初めの方から寝ていたということは分かる。

「お前、全く解き直し出来てないな……。終わるまで家に返さないからな。覚悟しておけよ」

「お、終わるまで?わかった♪」

「なんでちょっと嬉しそうなんだよ……」

 へへっ♪と笑う彼女に、俺は哀れみのため息をついた。

 期末テストの方もダメそうだな、こりゃ……。

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