看病してくれている人のことを好きになったりするんだろうか。俺は元々好きな人だったけどな(ドヤ顔) 見舞いその3

 紅葉が部屋を出ていってから30分ほどした頃、1階から俺を呼ぶ声が聞こえた。

 呼んでいるのはもちろん紅葉なのだが、声の聞こえる場所というのが脱衣所の方なのだ。

 最近読んだライトノベルのサービスシーンが頭に浮かんだ俺は、慎重に脱衣所への扉を開き、中を見てひと安心する。

 紅葉は脱衣所ではなく、浴室の中にいるようだ。

「やっと来たわね、ノロ斗くん」(よかったぁ……寝ちゃったのかと思ったよぉ……)

 曇りガラスの向こうから紅葉の声が聞こえてくる。

 いつも通りの第1の声とは違って、心の声の方は安堵の色を含んでいる。

 風呂場で何かあったのだろうか。

「どうかしたのか?」

 俺がそう聞くと、紅葉は少し言いずらそうに(曇りガラス越しだからシルエットしか見えないけど)俺の様子を伺っているような気がする。

「き――――が――――」

 紅葉が何か言っているがよく聞こえない。

「すまん、よく聞こえないんだ」

「きが―――がな――――」

 やっぱり聞こえない。初めの声はちゃんと聞こえたというのに。この風呂、そんなに防音性能高かったのか?

「もう少し大きな声で―――――」

 俺が再度リクエストしようとした瞬間、勢いよく風呂場の扉が開かれた。

「着替えがないから貸してほしいって言ってるのよっ!1回で聞き取りなさい!」

「―――――あっ」

 俺は視界に紅葉が映った瞬間、反射的に顔を背けた。きっと見てはいけないと本能が感じたからだろうな。

 何も、彼女は裸だったわけじゃない。

 彼女は白色のタオルを胸の部分で固定して巻いていた。

 タオルの丈には激しく動けば18禁な光景になってしまうくらいにギリギリで、その下からは彼女の色白の太ももが覗いている。

 タオルが固定されている部分で窮屈そうに圧迫されている彼女の胸。その光景はなんとも言い表し難いもので――――――って、見てなんていないぞ?

 俺は紳士だからな。

 いくら好きな人でも、ガン見はしない。

 でも、こうして見てみると、やっぱり紅葉はスタイル抜群だなと思わされてしまう。

 いや、見てないけど。

 そんな俺とは対象的に、紅葉は顔を赤らめて肩をわなわなと震わせていた。

「気分が害されるからあまり見ないでくれる?」(つい開けちゃったぁぁぁぁ!タオルがあるからセーフ―――――って、全然セーフじゃないよ!アウトだよぉぉ!アウトよりのセーフだよぉぉ!)

 じゃあセーフなんじゃないかとついツッコミたくなる衝動を抑えて、俺は「着替え持ってくるよ」と言って脱衣所を後にした。

 後ろ手にスライド式のドアを動かし、ガチャリという音が聞こえたのを確認すると同時に、俺はその場にしゃがみこんだ。

 気分が悪いわけじゃない。

 むしろ、気分が良すぎるくらいだ。

 だって、好きな人のあんな姿を見てしまったのだから(この際、見たことは認めよう。ただしチラ見だ)。

 風呂の蒸気のせいか、ほんのりと赤らんでいた肌だとか、濡れた髪だとか、タオルで隠された女の子らしい体つきだとか。

 色気なんて普段はそんなに感じないと言うのに、あの一瞬で全てを味わったような気がする。

「不意打ちなんて卑怯すぎるだろ……」

 俺はそう独り言を呟いて着替えを取りに行くために、自分の部屋に戻った。


「どうだ――――って、聞くまでもないか」

 我が家には俺のパジャマしかないため、自然と紅葉に貸すものも俺のものになる。

 古くて着なくなったものはきれいさっぱり処分されていて、残っているのは俺の体格に合わせたLサイズのパジャマだけだった。

 もちろんそれを紅葉が着るには大きすぎるわけで。

「こ、これしかないの?大きすぎるのだけれど……」(唯斗くんの……大きい……!クンクン、唯斗くんの匂いがする!唯斗くんに包まれている感じがする!幸せ……///)

 心の声がどこか意味深に聞こえるが、そこは置いておくとして。

 さすがにこれはまずいんじゃないか?

 俺の紳士センサーがそう告げていた。

 ちなみに紳士センサーとは、紳士でいられなくなりそうな危険なものが近くにあるときに知らせてくれるものだ。またの名を男の勘と言う。

 目の前の紅葉の姿は、ズボンはブカブカですぐにずり落ちそうなところをなんとか手で掴んでいるところだし、上着の袖も腕が出ないほどに長い。

 何よりも、胸元がガバガバ過ぎるのが1番悩ましい。体を前のめりにすれば、もう見えてしまいそうなくらい―――――なんというか、とてつもなくエロスを感じてしまう。

 いかんいかん、気を確かに持て。

 彼女は看病をしに来てくれてるんだ。

 俺がそんな破廉恥な気持ちを抱いてどうする!

 俺は頬をペちペちと叩いて気を引き締める。

 寝る前に気を引き締めるというのもおかしな話だが、それくらいしないとダメな状況だと思うからな。

「まあ、これしかないならいいわ。今日は疲れているでしょう?明日のためにも早く寝ましょうか」

 紅葉はどこか嬉しそうな顔をしながら壁にある時計に目をやった。

 10時―――最近の高校生が寝るにしてははやすぎる時間だ。

 だが、確かに今日はすごく疲れている。

 全てが熱のせいではないのは確かだが、そこは彼女らの優しい気持ちということで有難いことだと思うことにしよう。

「じゃあ、おやすみ」

 俺は紅葉にそう告げてベッドに入った。

 紅葉が電気を消してくれる。

「おやすみなさい」

 紅葉がそう言って布団に入る音が暗闇の中から聞こえた。



「……ん?」

 俺は何か右腕に違和感を感じて目を覚ました。

 左手でスマホを探り、画面をつける。

 2:00の文字が暗闇に浮び上がる。

 俺はその光を違和感のある方へと向ける。

 ――――――え?

 俺は目の前の状況がすぐには飲み込めないでいた。

 一度画面を切って、もう一度光を当て直してみても目の前の状況は変わらない。

 どうして俺の隣に紅葉が寝てるんだ?

 俺の頭の中は一瞬でその疑問でいっぱいになった。

 疑問と言うよりも困惑という方が近いだろうか。

 彼女の顔は俺の顔のすぐ近くにある。

 もう少し前に進めば、唇が触れてしまいそうなほど近くに。

 そして違和感を感じた右腕はと言うと、紅葉によってがっちりとホールドされていた。

 紅葉は確かに布団で寝ていたはず。

 今ここにいるということは―――――。

 俺の頭の中にはあるひとつのワードが浮かんでいた。いや、むしろこれ以外には考えられないと言った方がいい。

 紅葉って、すごく寝相が悪いんだな。

 この考え方なら納得がいく。

 床に敷いた布団からベッドまで移動したというのは少し無理があるが、中途半端な時間に目を覚ました俺の頭では、その結論が限界だった。

 俺はスマホの画面を切って枕元に置く。

 あまり照らしていても、彼女を起こしてしまうかもしれない。

 俺の目もだんだんと暗闇になれてきて、明かりがなくても彼女の顔がうっすらとだが見えた。

 彼女は一定のリズムで寝息を立てている。

 ほっぺをつんつんしてみても、彼女は反応を示さない。本当に寝ているらしい。

 俺は紅葉の寝顔をじっと見つめてみる。

 彼女の寝顔をここまで見つめたことが今までにあっただろうか。

 彼女の寝顔は起きている時と同じでとても綺麗だった。

 そして髪の毛から漂ってくるシャンプーのいい匂いが、俺の鼻をくすぐる。

 ―――――今なら言えるかもしれない。

 無意識なのか意識的になのかはわからないが、俺の頭の中には確かにその言葉が流れた。

 今なら、告白の練習くらいなら出来るかもしれない。

 繰り返されたその考えに、俺の鼓動は早まる。

 この音で彼女を起こしてしまわないかと心配になるほど騒がしく鳴る鼓動。

 きっと、その忙しないリズムが俺の背中を押したんだと思う。

「―――――好きだ」

 俺は囁くように言った。

 彼女には聞こえていないし、届いていない。

 それでも顔が熱くなるのを感じた。

 彼女の目を見てこれを言えって言うのかよ……。

 そんなこと、到底出来そうになかった。

 けれど、やらなきゃいけないんだ。

 伝えなきゃ伝わらない。

 そんなことはわかっている。

 あと少しの勇気を振り絞ることが出来れば、俺は1歩踏み出せるはずなんだ。

 明日……いや、もう今日か。

 どちらにせよ、期限までにはそれが出来ることを祈りたい。

 俺は肩の力を抜くように小さくため息をついた。

 ギィ……。

「っ!?」

 ベッドが軋む音に肩をビクリとさせてしまう。

 紅葉が寝返りをうったらしい。

 一瞬起きていたのかと思って普通にビックリしてしまった。

 彼女からはまた寝息の音が聞こえてきている。

 よかった、ちゃんと寝ている。

 俺が夜中にこんなにも葛藤していることを、彼女は知らないんだろうな。

 そう思うと、自然と肩の力が抜けた。

 それと同時に溜まっていた眠気も一気に体にのしかかってきたような気がして、俺は真っ暗な天井を見つめた。

 好きを伝えるのがこんなにも難しいことだなんて、今まで考えたこともなかったな……。

 心の中でそう呟いて、俺は目を閉じた。




 あれ……目が覚めちゃった……。

 私は真っ暗な中で目を覚ました。

 枕元に置いてあったスマホで見てみると、画面には1:30の文字が。

 変な時間に起きちゃったな……と思いながら、ゆっくりと体を起こす。

 当たり前だけれど、唯斗くんはまだ寝てる。

 耳を澄ますと、微かに寝息が聞こえてくる。

『近くで寝顔が見たい』

 私は突然その衝動に駆られて、彼の寝ているベッドの傍まで近づいた。

 でも、暗くてよく見えない。

 少しなら、一緒に寝てもいいよね?

 よく分からないけど、深夜テンションというのだろうか。

 私は気がつくと、彼の横に寝転んでいた。

 彼の顔が少し顔を前に出せば、彼の頬にキスができそうなくらいにすごく近くにある。

 どうせなら、このままキスをしてしまおうか。

 そうも思ったけれど、なんだかズルをするような気分になったからやめておいた。

 こういうのはお互いが認め合って初めて成立するものだと思うから。

 だからそれまではおあずけにしておくの。

 唯斗くんの手、私のよりも大きい。

 私は両手で彼の右手を握った。

 すごく温かい。

 この温もりをずっと感じていたいと思ってしまう。

 彼が眠っていれば素直になれるのに、普段は素直になれないなんてバカみたいよね、私。

 彼の温かさに反して、そんな寂しい独り言を心の中で呟いた。

 私はこの寂しい感覚を少しでも埋めようとするかのように、彼の右腕に抱きついた。

 まるで恋人みたい……。

 そんなことを思いながら1人でニヤついていた――――――その時だった。

「……ん?」

 ―――――えっ!?

 唯斗くんが目を覚ましたみたい。

 私は慌てて目を閉じ、寝ているふりをした。

 この状況で起きてたら、私が自分の意思で添い寝したのがバレバレだから。

 彼は私が起きているかを確かめたかったのか、ほっぺをつんつんしてきた。

 も、もぉ……唯斗くんかわいすぎる///

 つい目を開けてしまいそうになったけれど、なんとか踏みとどまることができた。

 彼はどうやら、私の方を向いているみたい。

 時々、彼の息が私の前髪を揺らすんだもの。

 その度に私の胸はドキッと跳ね上がる。

 も、もうやめて……///

 私の心はもう、いい意味で崩壊寸前だった。

 好きだと叫んでしまいたい。

 私がそう思った瞬間だった。

「好きだ」

 その声が聞こえたのは。

 控えめに言って私は超混乱状態。

 えっ……えっ……!?

 待って……唯斗くんは確か新庄さんのことが好きだったんじゃ……?

 でも今私に好きだって……。

 あ、そうか。これはきっと寝言だ。

 唯斗くんったら、夢の中で誰に告白してるのかな?

 私だったりしないかな―――――なんてね。

 私はそっと彼に背を向けた。

 同時に両手で顔を覆う。

 やっぱりダメだ……。

 私の顔はもう、まさに火が出そうなくらい熱かった。

 たとえ寝言だったとしても、彼の好き以上に嬉しい言葉なんて見つからないから。

 私だってまだ言えてないのに、彼に先を越されてしまった。その嬉しいような虚しいような、そんな気持ちを胸にしまい、私は自分だけに聞こえるような声で呟いた。

 不意打ちなんて卑怯だよ―――――と。



 翌朝、俺はおかゆを持って部屋に向かった。

 このおかゆは俺が食べるわけじゃない。

 部屋のドアを開けて、ベッドの端に腰掛ける。

「大丈夫か?」

 俺はベッドの上で辛そうな顔をしている紅葉にそう声をかけるが、紅葉は弱々しく頷くのが精一杯らしい。

「悪かった、俺の熱がうつっちゃったみたいだな」

「……」

 紅葉はゆっくりと首を横に振る。

 気にするなということだろうか。

 そう言われても気にしちゃうよな。看病してくれていた相手に熱をうつしてしまったのだから。

 申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

「して欲しいことがあったらなんでも言ってくれよ?」

 俺は謝罪の意味も込めて言った。

 だが、紅葉は今にも閉じてしまいそうな瞳で俺の顔を見た。

「なん……でも……?」

 絞り出すような声に俺は頷いて答える。

 だが、俺はすぐに慌てて弁解した。

「な、なんで持っていっても、限界はあるけどな?俺に出来ることならなんでもっていう意味で……」

 そんな俺の様子を滑稽に思ったのか、紅葉は優しく微笑んだ。

「ふふふ、気持ちだけ……いただいておくわね……」

「そうか、頼みたいことが出来たら遠慮なく言ってくれていいからな」

 彼女は小さく頷いて、目を閉じた。

 俺は紅葉の額のタオルを取り替えて、静かに部屋を出た。音を立てないように上から数段目の階段に腰を下ろし、少しだけ考え事をする。

 あんなに弱々しい彼女を見たのは、おそらく小学校ぶりだろう。

 体力のなかった彼女がマラソン大会という行事で倒れてしまった時のこと。

 周りには誰もいなくて、同じく体力のなかった俺はビリだった彼女の少し前を走っていた。

 すると、坂道に差し掛かったところで背後からドサッという音が聞こえた。

 振り返ると、彼女が倒れていたのだ。

 俺は慌てて駆け寄り、彼女を支えながら起こすと、膝から血が出ているのが見えた。

 彼女は何も言わなかった。それでも、俺の勝手な想像だったかもしれないが、彼女は心の中で痛いと言っているような気がして、俺はポケットから取り出したハンカチを彼女の膝に巻いた。

 そして俺は彼女の前でしゃがんで、両手を後ろに伸ばす。

「乗って」

 なんでそうしたのかは自分でもわかっていなかったけれど、それがすべきことだと感じていたのは確かだった。

 彼女は何も言わずに俺の背中に乗った。

 その頃の彼女と俺とでは背丈はそんなに変わらないし、俺に力があった訳でもない。

 もし力があったなら、ビリから2番目を走っていたりしないだろうし。

 それでも、不思議と重いとは思わなかった。

「ちゃんとつかまってて」

 俺はそう言ってゆっくりと立ち上がると、彼女を背負ったまま坂を上った。

 その時の俺はきっと、彼女を早く助けたいという気持ちでいっぱいだったんだと思う。

 気がつくとゴール地点にたどり着いていて、みんなが俺達を拍手で迎えてくれた。

 俺は少し照れくさくなって、俯いてしまったが、彼女もそれは同じだったようで、終始俺の背中に顔を埋めていた。

 保健室の先生の所までまっすぐ進み、彼女が怪我をしたことを伝えると、慌てて救急箱を持ってきて彼女の傷を診てくれた。

 先生が『しばらくは痛いだろうけど、跡が残るような傷じゃないから安心して』と言っているのを聞いて、俺までほっとしていたのを覚えている。

 ただ、一番忘れられないのは、彼女が俺の背中から降りる時、耳元で「ありがとう」と囁いたことだ。

 きっとあの時、俺は彼女のことが好きなんだと自覚したんだと思う。


「なに黄昏たそがれてるんですか〜?」

「おおっ!?」

 突然耳元で囁かれて、俺は反射的に立ち上がる。

 驚きすぎてもう少しで階段から滑り降ちる所だった。

「なんだよ、急に驚かすなよ」

「あはは、ごめんなさい。こういうのが趣味なもんで……」

「神様のくせに趣味が悪い―――――って、どうしたんだよその顔!」

 呆れながら声の主、イナリのいるほうを振り返った俺は、彼女の顔色を見て驚いた。

 彼女の顔は真っ赤で、少しだが息も荒い。

 まるで全力疾走した直後のような表情だ。

「いや、大したことじゃなんですけどね。少し熱がありまして……あ、安心してください。人間にはうつらない病気なので」

「あ、安心しろと言われてもな……」

 まさかこちらにも病人……いや、イナリは人間じゃないからな。この場合は病神びょうしんか。

 ともかく、イナリまで病にかかるとは……。

「おかげで合コンにもいけなくなりましたよ。あーあ、男を捕まえるチャンスだったというのに……」

 イナリの頭の上には極上の雷雲が浮かんでいる。

 イライラしているということだろうな。

「それもこれも全部あの根暗の仕業に決まってます……」

「根暗?」

 俺は神様が言うはずのない(と信じたい)ワードが引っかかり、無意識にそれを繰り返す。

「ええ、根暗というのは病神やまいがみのことです。いつも暗くて仲良くしようとしませんから」

 ああ、神様の世界も人間とそう変わらないんだな……。

「病神はですね、生き物を死に至らせる病気から風邪のようなありふれた病気、そしていわゆる病み期と言われるものを引き起こしたりまでする厄介な奴なんですよ」

 イナリは病神を心底嫌っていそうな口調で言う。

 俺はただ首を縦に振るマシンと化していた。

 今のイナリに余計なことを言ったりなんてすれば、片手で消滅させられそうな勢いだし。

「あいつ、根暗なくせに顔はいいんですよ。それで合コンの時は決まって『私、好きな人は病気にしない主義なんです〜』なんて言うんですよ!私は恋の病にかけるのが仕事だってのに……」

 上手いのか下手なのか分からないことを言うイナリの話をまとめると、病神のせいで熱になったから合コンに行けずにガチギレしているということらしい。

 俺にとっては実にどうでもいいことなのだが、ひとつだけ聞いておくべきことがあった。

「合コンが無くなったなら、俺が今日までに紅葉に告白するっていう約束はどうなるんだ?」

 確か、合コンに安心して行けるように早く告白をして欲しいということだったはずだ。

 なら、その原因がなくなった今、急ぐ必要は無いんじゃないだろうか。

 そう思って聞いたのだが、イナリは興味が無いと言った感じで返事をした。

「あー、それの事なんですけど……もう完了してますよ、告白」

「……え?」

 完了?告白が?

 俺は彼女に告白をした記憶なんてないぞ?

「お互いの意識がある状態での告白が認められていますからね。ちゃんとクリアしてもらえてるので、そこは問題ないです」

「待て、何かの間違いだろ?俺は紅葉に告白なんて……」

「神様は嘘なんてつきませんよ。嘘つけるなら合コンだなんて言ってませんし。彼氏持ちだって見栄張りたいですし」

「ほ、本当なのか……?」

 俺にとっては合コンも彼氏持ちという見栄もどうでもいい。

 それよりも、俺はいつ告白したんだ?

 意識がある状態ってことは起きている時にしたってことだよな。寝言だったなんてことは無いわけで……。

 イナリは俺の悩む様子を見て何故かニヤけている。

「本当に心当たりがないんですか?まあ、分からないならそれでもいいんじゃないですかね。知ったら知ったで、きっと恥ずかしくなるだけですし」

「……?……?」

 イナリの言葉に俺の疑問は深まるばかりだった。

「じゃあ、私は病院に行ってくるのでこれで失礼しますね」

 そう言ってイナリは壁に溶けるように消えた。

 と思ったら「あ、そうそう」と言いながら壁から顔だけを出した。

 ちょっとしたホラーだ。

 頼むから夜中にはこの登場はしないでもらいたい。

 俺でもトイレに行けなくなりそうだ。

「しばらくは急いでもらう用事とかは無いので、気長に紅葉との距離を縮めて言ってください。恋愛の神様として唯斗を全力バックアップしますから」

「お、おう」

 その真っ赤な顔で言われても「頼りにしてるぜ!」とはなれないんだよな……。

 俺は心の中で呟きながら、再度壁に消えていくイナリを見送った。


 1人になった途端、空気が変わったような気がした。

 やっぱり誰かがいるのと居ないのとではかなり違うんだな。

 そんなことを心のどこかで思ったりして。


 いつ告白を済ませたのかはわからない。

 それに返事だってわからない。

 けれど分からないことに悩んだって仕方がない。

「よし、言われた通り気長に頑張るか!」

 俺は気合を入れるつもりでわざとそれを言葉にした。おかげで少しやる気が出た気がする。

 この調子ならちゃんと告白をするのもそう難しくは無いかもしれない。


 ガチャッ。


「あら、唯斗くん。そんなところで何してるのかしら?」

「おおっ!?」

 俺は突然聞こえた紅葉の声に驚く。

 なんとも恥ずかしい声を出してしまった。

「ど、どうしたのよ。そんな変な声を出して……」

「い、いや、なんでもないんだ!それより、紅葉こそどうしたんだ?」

「そうなの?私は喉が渇いてしまったから水を貰いに行こうかと……」(なんだか怪しい……唯斗くん、何か隠し事?夫婦で隠し事は無しにしようって言ったのに!)

 そんな約束をした覚えはないんだが……って、そもそもいつ俺たちが夫婦になったんだよ。

「それなら俺が取ってくるよ!紅葉は部屋で寝ていてくれ!」

 俺はそう言って階段を降り始めた。

「そ、そう?ならそうさせてもらうわね」(変な唯斗くん……けど大好きだよ♡)

 背中に本心からの大好きを受けて、足を滑らせそうになる。

 やっぱりまだ平常心ではいられないみたいだな……。

 というか、好きな人からの好きに平常心で入れるヤツなんているのか?俺は絶対にいないと思う。

 だって恋ってそういうもんだろ?

 なんてことを思ってみたりするんだが、結局は言い訳にしかならないんだよな。

 やっぱり紅葉の目を見て好きと言える日はまだまだ先になりそうだ。

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