砂糖づくりと乙女心の行方
砂糖の作り方はなかなかに大仕事だった。
まずは皮を剥くところからなんだけど、固い皮はなかなか剥くことができない。器用にナイフを使ってぽんぽんテンポよく皮むきする女性陣にわたしは「慣れってすごい」という感想しかでてこなかった。
剥き終わった甘樹の実の中は白くて、果汁を舐めさせてもらったらちゃんと甘かった。
この実を適当な大きさに切ったら機械で果汁を搾り取る。
工程がいくつもあるから村人総出。搾りかすは子供たちが口に含んでいる。甘くておいしいから人気みたい。
あとはしぼり汁をひたすらに煮詰めていって水分を蒸発させる。途中あくをとったり、不純物をとったり。結構大変。
火の加減とかき混ぜるのは男の仕事らしい。
「さああとはひたすらに火の番だよ」
「今年は豊作だったねぇ」
「若い木もちゃんと育っていたね」
女性陣は口々に今年の感想を言い合いながら作業を終えた。村長の家の裏にある小屋に機械が置かれていて、そこで作業をしていた女性たちは肩を回しながら今度は食事の支度にとりかかるという。
「毎年の恒例行事でね。みんなで外に集まっての作業だろ。お祭りみたいなものさね」
ザーシャは歯を見せて笑う。
村の共同作業の中でも年に一度の砂糖づくりは、特別なのかもしれない。村の子供たちも楽しそうに手伝っている。
「このあとはどのくらい煮詰めるの?」
「量にもよるけれど、一昼夜ってところかな。どろどろになってきたら取り出して今度は乾燥させて、それを砕いたら出来上がり」
「できあがりが楽しみね」
ザーシャたちについて歩いていった先は村長の家の厨房。
といってもわたしの現在の住まいの厨房よりもだいぶ簡素な設備だけど。というかあの厨房設備が整いすぎなのよ。
厨房ではすでに何人かの女性たちが忙しそうに働いていた。
フェイルとファーナを連れていくと邪魔になるので、わたしは入口で立ち止まる。
「フェイル、ファーナ。二人とも村の子供たちと一緒に遊んでおいで。お母さんのことちょっと借りるね」
ザーシャに言われた双子は少しだけ不安そうに瞳を揺らした。
人間の村に慣れてきたとはいえ、同世代の子供たちにはしっかり人見知りを発動中なんだよね(どうやら人間社会では自分たちがアウェーなことをなんとなくだけど理解しているらしい)。わたしに初めて会ったときの馴れ馴れしさを思い出してほしい。
「う、うん……」
二人はもじもじしながら小さく頷いた。
「ほらあっち行こうよ」
「あ、ちょっと」
後ろからやってきた村の子供に手を引かれたフェイルにわたしは咄嗟に声を掛ける。
子供たちだけにして万が一にもテンション上がりすぎて竜の姿に戻ったら。
って、わたしも大概に心配性だけど。
「大丈夫だって。子供なんてちょっと一緒に遊んだらすぐに仲良くなるもんだから」
そりゃ人間同士の子供ならね。
「だけど……」
「リジーは心配性ね」
「子供って親の知らないところで大きくなっていくものよ」
わたしの心配性に厨房の女性たちが口を挟む。
「う……」
まあ仕方ない。ファーナも一緒に行っちゃったし。なるようになる、よね……?
くれぐれもみんなのまえで魔法は使わないでほしいところだけど。
「リジーもパン種を丸めるの手伝ってよ。そのかわり帰りにちょっと持って帰っていいから」
「ありがとう」
わたしは手を洗ってから厨房の人たちの作業に加わることにした。
そういえばわたしパン作りって前世の小学校の授業以来だわ。
パン種を丸めて形を整えていくうちにわたしはとあることを思いつく。
「ねえザーシャ、それからマリーも。あのね、ちょっとやってみたいことがあるんだけど」
わたしはザーシャともう一人捕まえて計画を話した。
せっかくだし、ちょっと工夫というか美味しい食べ方の提案。
「ふうん……美味しいそうだね」
「美味しいわよ」
わたしは自信たっぷりに答えた。
「じゃあリジーに任せてみようかい」
「もう窯の火はいい塩梅なのよね」
「ああ、火の加減はばっちりだよ」
じゃあお言葉に甘えて。
わたしはザーシャに欲しい食材を伝える。
厨房の中ではパンの他に総菜も作られていて、玉ねぎや細かく切った肉と芋、それからハーブを一緒に鍋に入れて火を入れたものに野菜を煮たスープ。
わたしはザーシャが持ってきたベーコンやら塩漬けの肉、野菜を薄く切っていく。あとはチーズも。
パン種を薄く伸ばしていって、その上にさっき切った具材を乗せていく。
何を作ってるかって、もうお分かり。ピザもどきです。ピザといえばトマトソースだけど、さすがにそれはなかった。
畑にトマトは生っているんだけどね。(乙女ゲームな世界だからトマトはあるよ☆)
ベーコンとチーズがあれば大体のものはおいしくなるはずだし、ピザの元になったトルコ料理を前世で食べたことあるけど、トマト無くても十分に美味しかった。
具材の上からハーブをぱらぱらと振りかけて、窯の中へ。
十分に熱せられた窯の中でピザもどきはぷあっと膨らんでいく。
うんうん、いい感じ。
頃合いを見計らって取り出してみる。チーズが溶けて、見た目から食欲をそそられる。
「へえ、これはおいしそうだねぇ」
出来上がったピザもどきを囲んでの感想。
「じゃあ味見します」
等分に切り分けてあつあつのうちに召し上がれ!
それぞれ口の中に入れて「あつ」「ん、でも美味しい!」「塩気がいいねぇ」などの感想が聞こえてきた。どの声も弾んでいるから喜んでもらえたみたい。
「美味しいよリジー! すごいねえ。こんな料理初めてだよ」
「喜んでくれてよかった」
今度トマトソース作ろうかな。パンの作り方をここで習って、トマトソースを作って、チーズをかけて……。うんいける。絶対に美味しいから、それ。
わたしも一口。
「美味しい~」
わたしもふにゃっと頬をとろけさせる。
「うん。リジーやっと元気になったね」
「え?」
わたしは単純に驚いた。普段通りにしていたはずなのに。
「ちょっと覇気がなかっただろ、今日は。旦那と喧嘩でもした?」
ザーシャの言う旦那はレイルのことで。
「喧嘩というか……うー」
わたしは呻いた。
別に喧嘩はしていない。あのあと、気まずくて碌に顔も見れなかったし話もできなかったけど。そのままお別れしただけ。帰りの挨拶の時もそっぽ向いていたっけ。
ちょっと、……かなり大人げなかった。
「なあに、どうせ旦那の方がしょうもないことを言ってきたんだろう?」
「いや別に。喧嘩はしていないし」
「なあに、どうしたの?」
わたしが言いよどんでいると別の女性が話しかけてくる。
「いやね、リジー今日元気なかっただろう。案の定あの旦那と喧嘩したって」
「いやしてないよ?」
わたしは一応否定したけれど、一同うんうんと頷いたらあとはもう大変。
「まあ旦那ってそういう生き物だからねぇ」
「うちもだよ。もうちょっと甲斐性があればねえ」
「こんな田舎だからさ。お互いに小さいころから知った仲だろう? 遠慮ってもんが無いのさ」
「ほんと一言多いんだよね。余計な一言をいつも言ってくれて」
「ああわかる。日とのことをとやかく言う前に、おまえはどうなんだって言いたいよ。まったく」
「わかるよ。ほんとうだよね~」
厨房の中は一気に愚痴大会になり果てた。
わたしはベーコンをピザ生地の上にちりばめながら考える。
わたしが今回むかっとしたのは、勝手に人の正体を探ったからだ。レイアとミゼルと一緒に住んでいる、ちょっと訳ありの少女という位置づけのままにしておいてくれたらよかったのに。
それを、陰でこそこそ人の背景を調べるなんて。
けれど、レイルがゼートランドにわたしを連れて行く気ならそういうことをするのも仕方が無いのかな、と思う。やっぱり身元は大事だし。王宮で働くとなれば余計に。
ともすればレイルの立場が危うくなるから。
だったら放っておいてくれればいいのに。
わざわざわたしを引っ張り出そうとしなくてもいいのに。
と、そこまで考えたわたしはレイルの言葉を思い出す。
花火を見て喜んだ私に向かって、レイルは今後花火魔法はわたしのためにしか使わないなんて、気障ったらしいことを言った。ちょっと、ううん、かなりドキドキした。
そんなこと今まで言われたことなかったし。
だからなんていうか、二人きりになったとき年甲斐もなく緊張だってしたし。
あ、年甲斐もなくって、わたし今十七か。青春真っ盛りの年だから年相応に緊張してもいいんだよね。うん。だってまだ十七だし。
それなのに、レイルはあのタイミングでわたしの正体を知っていることをカミングアウトした。
心の声が細長くため息としてわたしの口から漏れたとき。
別のおかみさんが勢いよく駆け込んできた。
「た、大変だよっ! みんな」
「どうしたんだい。そんなに慌てて」
女性陣が息をぜーはーさせているおかみさんを取り囲む。
「そ、それが……さ。隣の村に居座っている王都のお偉い魔法使いがうちの村にやってきたんだよ」
「えええっ」
一同声を出して驚いた。
わたしも驚いた。どうしてまた、こんなところに。
「なんか調査? の一環でこっちまで足を延ばしたらしい。ちょっと聞きたいことがあるってんで、わたしらを呼んでいるんだよ」
「またこの忙しい時に」
「これだから王都の連中ってやつは」
女性陣はやれやれと肩をすくめつつ愚痴りながら外へと出て行こうとする。
「リジー、あんたはどうする?」
ザーシャが振り返ってわたしに聞いてきた。わたしはこの村の人間ではないし出て行く義務はない。
「う、うん……」
正直、王都の魔法使いと顔を合わせたくはない。
わたしは窓から外を伺う。村長の家というだけあって、この家は村の中心に位置しているし、来客があれば村長が対応するのは当然のこと。
外には、立派な馬車が停まっている。そのそばに佇む人物の顔を見たわたしは、呼吸を止めた。
兵隊の中心にいる魔法使い二人。
ちらりと見えた、女性の顔が。私の知っている人だったから。
どうして……、フローレンスが?
わたしは目を見開いて、口をぱくぱくさせた。
「どうしたんだい?」
何もしゃべらないわたしをザーシャが怪訝そうに見てきた。
「う、ううん。なんでもない。わたし、そろそろ帰らないと」
乾いた口で、それだけを言った。
「わかった。客人の気はわたしたちが引いておくから、裏からそっと帰りな」
ザーシャはそれ以上のことを聞いては来なかった。
正直ありがたい。わたしは「ありがとう」とだけ言った。彼女はそれに対して小さく頷いた。
裏口から目立たないように外へ出て、それから村の外へ出たわたしはドルムントに頼んでフェイルとファーナを呼んできてもらった。突然の訪問者に興味津々だった二人は名残惜しそうにしていたが、わたしの「あの人たちに見つかったら王都に連れ戻されるかもしれない」という言葉に首をぶんぶんと横に振り「だめ! リジー帰ったらだめ」と言ってくれたことがちょっと、いやかなり嬉しかった。
それにしても、どうしてゲームのヒロインのフローレンスがこんな国境沿いの片田舎の村にやってきたんだろう。そんなのシナリオにだってなかったのに。
あ、でもわたしの追放でゲームは一応エンドロールになったのか。
だったらわたしが知らなくても無理は無いのかも。
とにかく、リーゼロッテ・ベルヘウムが実は生きていていましたなんてことが知られると面倒なことになるのは間違いないから、絶対に見つからないようにしないと。
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