ルーンの心配事

 人間の村への遠足はとっても楽しかったようで、しばらくの間双子たちは誰かれ構わずにそのことについて話していた。


 誰とは要するに森にいる精霊たち。

 ついでにわたしにも楽しかった面白かったを連発。


「ねーねー、また人間のいるところに遊びに行きたい」

「行きたいよぉ」


 双子たちのおねだりにわたしは「あーはいはい」と適当に返事をする日々。

 こっちは気を張って大変だったんだから。毎日はちょっと無理。


「子供たちは好奇心旺盛な年頃なのね」


 と、感心するのはちょうど遊びに来ていたルーン。

 最近洞窟の外にテーブル席を新調したから、人間の姿で優雅に腰を下ろしている。


「あのね、ザーシャっていう人が果物くれたの!」

「いい子ねって褒めてくれたんだよ」


 わたしの服の裾を掴んで引っ張っていた双子がルーンの側に駆け寄って、どれだけ先日の遠足が楽しかったかを話し出す。


「ごめんなさいね、子供たちが騒がしくて」


 中から出てきたレイアが冷えたグラスを持ってきた。

 今日はアイスティーを準備したのだ。日ごとに日差しは強まっていて、森の中とはいえ日中の気温は高くなってきている。わたしもザーシャのところで買った虫よけ液をたっぷりと体につけている。


 森でミントを摘んできて、お砂糖と煮詰めてレモン果汁もちょっと加えると出来上がるシロップ。紅茶と割って飲んでもよしってことで、今日はさわやかミント風味のアイスティーにしてみた。


 レイアもテーブル席に座ると、美女二人が並んで迫力が増す。

人の姿をしたレイアとルーンが二人並ぶととにかく麗しくって。わたしは映画スター二人を独占していることが申し訳なく思ってしまう。


 ああ美女二人を独占。眼福。幸せ。


 ルーンは手元に置かれたグラスを持って口へ近づけた。


「すっきりとする甘さね」

「なんとなく夏っぽいかなって」


 最近のわたしはシロップづくりに勤しんでいる。ミントやら生姜を用意してつくったそれらは双子にも好評だったりする。氷を魔法でふわっふわに砕いたかき氷も作ってみた。あのふんわりとした食感は黄金竜一家もわたしも大のお気に入り。


「僕たちのは?」

「はいはい。あなた達はこっちね」

 レイアがフェイルとファーナの分のグラスをテーブルに置いた。

「わあい」


 赤い色をしたそれは森で摘んできたベリー類を砂糖と一緒に煮て作ったシロップを割ったもの。色鮮やかで見た目にも楽しい。


「色々な種類があるのね」

「ええ。今の季節森に入ると色々と採れるから。楽しくなっちゃって。たくさん作ったから今度ザーシャに持って行こうかなって。あ、ザーシャっていうのは人間の村で話した女性なんだけどね」

「僕も一緒に行く!」

「わたしも」


 間髪入れずに二人が叫んだ。


「はいはい。レイアがいいって言ったらね」

「お母様ぁ」

 ファーナはレイアに懇願した。

「そうねえ。ちゃんとリジーの言うことを聞くのよ?」


「分かっているって」

「分かっているもん」

「返事だけは元気いっぱいなのだけれど」


 レイアはひょいと肩をすくめた。

 その気持ちが分かるのでわたしも頷いた。


 ジュースを飲んだ双子は大人たちの会話が退屈になったのか竜の姿になってドルムントをお供に空へと旅立って行った。わたしは誘われたけど丁重にお断りをした。


 ファーナもフェイルも事あるごとにわたしを背中に乗せたがるけれど、わたしはまだ最初のあれを忘れていない。怖かったあの思いを。そういえば、あの絶叫マシーン騒動でわたし初めてレイルと会ったんだっけ。


 彼ともすっかりなじんだなぁ。

 今度来たらかき氷ご馳走しよう。って、氷を出すのはレイルか。


「それにしても、人間の村に子供たちとリジーで行かせるなんて……その、大丈夫なの?」

 あまり人と関わってこなかったルーンは懸念を示す。

「そのまえにも、あの子たち勝手に人間の国に飛んでいってリジーを拾って帰ってきたのよ。引率してくれる人間がいてくれるんだからありがたい話だわ」


 子供の悪行を聞かされたルーンはどう答えていいのか分からずといった顔をした。


「あなた……拾われたの……」

「ええまあ……」


 拾われたというか、攫われたというか。どっちが正しいんだろうね。


「けれども……最近わたくしの住まいの近くで人間の気配を感じることがあるのよ。すこし、その……心配で」

 ルーンは人間のわたしの前ということも気遣って、若干言いにくそうに言葉をすぼませた。

「あら、まあ」

「ルーンは不可侵山脈のもっと内側に住んでいるのでしょう?」


 わたしは不思議に思って口を挟む。

 レイアより人間と距離を置いていそうなルーンの住まいなんだから、人間がおいそれとたどり着けるようなところではないと思うんだけど。


「最近引っ越したのよ。わたくし今は大分人間との境界線寄りに住んでいるの」

「とはいってもわたくしたちの住まいより内側でしょう」

 ルーンの言葉にレイアがそっと添えた。


「どうしてまたそんなところに」


 竜ってもっとドランブルーグ山岳地域・不可侵山脈の奥地に住んでいるものだと思っていた。


「わたくしたち黄金竜は卵を産む時期になると神経質になってね。あまり他の竜の気配がないところを好むのよ」

「山脈の中心にもなると竜の住まいも多いし、水辺は青銀竜もいるでしょう。それに黒竜とのいざこざもあったりするし」

「前の住居近くで黒竜が暴れたの。それで、こちらに移動してきたのよ」


 青銀竜は水辺を好む竜で、水の魔法に長けた種族だと聞いている。その名の通り鱗が生銀色に輝いているんだって。わたしは実物を見たことが無いけれど(前世でゲームをプレイしていた時も含めて)。黒竜は黄金竜や青銀竜と違って知性を持たない獰猛な竜だ。その名の通り黒い頑丈な鱗を持ち、動物や竜を食い殺す恐ろしい存在。個体数は少ないけれど、魔法力は高いので、各国魔法警備隊に力を入れているのは黒竜対策の意味もあったりする。


「ということはルーンはもうすぐお母さんになるってことですか?」

「ええ、そうなの」


 ルーンは少しだけ不安そうに微笑んだ。

 わたしは出会った頃レイアから聞かされた黄金竜の子育てについて思い出した。繁殖力がとても弱い種族だと言っていた。卵を産んでもその半数も孵化しないと。


「魔法壁を張っているからわたくしたちの住まいが見つかることは無いと思うのだけれど。今まで人の気配を感じたことが無かったのに、少し心配で」

「きっと山菜やら薬草を採りに来ている村人だと思いますよ」

「人間は夢中になると自分のいる場所を忘れてしまうものね」

 ふふっとレイアが思い出し笑いをする。


「このあたりにも人間が迷い込んだことがあるの?」

 わたしは気になって聞いてみた。


「すぐ近くまで、ということはないけれど。例えば人の作った国にいられなくなった人間がこちら側に家を作って住むなんて例はあるわね。わたくしたち竜も、少量の人間に関してはお目こぼしをしているの。人の国の山や森に住まう奇特な竜も存在するから。というかわたくしの従兄がそのたぐいの竜なのだけれどね」

「えっ!」

「ここだけの話、わたくしの従兄はあなたの出身国シュタインハルツ王国で暮らしているのよ。人間にまぎれて」


「へ、へえ……そうなんですか」

 わたしは曖昧な返事をした。


「あら、あんまり驚かないのね」


 レイアがわたしの顔をじっくり眺めてくる。どうやらもっと驚いてくれると思っていたらしい。ちょっとつまらなそうにしている。


「い、いえ? 十分にびっくりしていますよ」


 うん。ビックリしている。別の意味で。レイアの従兄の黄金竜というのがきっとゲーム内に登場する超レアキャラの黄金竜の貴公子なのだろう。攻略対象とは別に、竜の乙女という特別称号を手に入れられる特典のお相手のことに違いないと思う。


 まさかそれがレイアの身内だったとは。世間て案外狭いな、とかそっちの方でわたしはびっくりした。


「ああ、彼も物好きよね」

 ルーンもきっとレイアの従兄については知っているのだろう、そんな風に相槌を打つ。

「わたしも、もしかしたらすれ違っていたかもしれませんね」


 わたしはあたりさわりのない返しをしておいた。って、リーゼロッテの人生ではまだ会ったことは無いですが。ゲームの登場人物紹介に載っているから顔と基本スペックだけは知っている、くらいなんだけどね。


 そのあとも女子会よろしく三人でまったりトークに花を咲かせて。

 最後にレイアが「わたくしも、ルーンの住んでいるあたりのこと気にかけておくわね」と言った。

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