双子竜はご機嫌ななめ

 人里での交流はなかなかに楽しかった。

 と思うのは今現在、わたしが日常的に接しているのが黄金竜と精霊、たまにお育ちの良いレイルというごく限られた者たちだから。


「わたしも人間の集落に行きたかったな……」

「ティティだけ一緒なんてずるい」


 と、文句を垂れるのはおなじみフェイルとファーナ。


 昨日からずぅっと同じことを繰り返している。わたしの真似をしたがるお年頃。そうでなくても好奇心の強い二人は、置いて行かれたことが悔しくて仕方ないらしい。


「ほら、文句言わないの」


 わたしはご機嫌とりも兼ねて作ったばかりのプリンを目の前に置いた。

 ティティがどこからか用意してくれるのでお菓子作りの道具だけは充実している。

 双子はプリンをすくって、口に入れて再びため息。


「はぁぁぁ……」


 うわ。思ったより重症だわ……。


 プリンづくりは結構試行錯誤をしていて、今日は温度加減が上手くいったのかいい感じの硬さに仕上がったんだけどな。

 わたしは自分用のプリンをすくって一口食べた。うん、我ながらうまくいったわ。


「もう、せっかくのおやつの時間なんだから」

「僕も人間たちと一緒に遊びたかった」

「フェイルの遊びを普通の人間相手にやったら大けがじゃすまないから本当に止めなさいね?」

 かといって私だから平気というわけではないけれど。


「リジーはわたしたちのこと置いていっちゃうんだ……」

 うじっとした声を出すのはファーナ。

「うっ……」


 可愛らしく瞳をうるうるされると結構、いやかなり弱い。

 この子、この年にいて自分の武器を最大限にわかっているわね……。末恐ろしい。


「わたし、リジーみたいにご挨拶できるようになりたくって練習しているのに」

「うっ……」


 そこでいい子アピール加えるか。


 ファーナってば、この間わたしがルーンにしてみせた淑女のお辞儀を自分もやりたいと言い出して、わたしに教えを請うてきたのよね。最近ファーナはほんの少しだけ女の子に目覚めたらしい。ほんの少し、と付け加えるのはフェイルと一緒になって森でやんちゃ遊びもたっぷりしているから。


「ほら、プリン食べておきなさい」


 リジーは素直にプリンを食べ始める。

 もぐもぐとプリンを食べ始めた双子たち。わたしも一息ついておやつの時間を再開。


 でもまあ、ずぅっとレイアたちのお世話になるっていうことはありえないことなのよね。さすがに黄金竜にずっと庇護してもらうわけにはいかないし。

 一人で生きていく準備だけはしておきたいし。


「今日のおやつはプリンなんだね」

「あ、お父様」


 食堂に現れたのは双子の父親、ミゼル。人の姿になったミゼルは相変わらず麗しい造作をしている。


 ミゼルはフェイルとファーナの頭を順番に撫でてから私の方を見て「そういえば人間の村に薬草を売りに行ったんだって? 言ってくれれば魔水晶分けてあげたのに」と話しかけてきた。


 魔水晶とは魔法の力を結晶化させたようなもの。魔法使いが使えば自分の魔法力を補うこともできる便利アイテム。


「え、そんな。大丈夫です。いりません」

 わたしは慌てて手を振る。


「僕たちが昔食べていたやつをあげたらリジーが喜ぶの?」

「魔水晶は人間たちにとっても貴重なものだからね」


 ミゼルは子供たちに説明をする。竜の子供が自身の魔力を補うために魔水晶を食べるように、人間の魔法使いも便利に使うことがあると。


「大体、いきなり現れたわたしが魔水晶を売りに行ったらどんな噂をされるか。一応、魔法関係からは距離を置いて暮らしていくつもりなので、魔法使いと積極的に関わり合いになるつもりはないんです」


 魔水晶は取れる土地が限られるし、そもそも人間がおいそれと近寄れる場所に生まれるものではない。よってその価値は上がって高値で取引をされている。

 そんなものを売りに来た女がいたとなれば、どういった背景を持った人間か色々と探られることになる。

 それでわたしがリーゼロッテ・ディーナ・ファン・ベルヘウムだと突き止められればまずい。色々と。


「そうなのかい……」

 なぜだかミゼルが肩を落とした。

「たまにはすごーい、ミゼル頼りになるって言われたかった……」

 どこの大きな子供か。


「お気持ちだけ、受け取っておきますので」

「レイアばかりリジーに頼られて……。一応私もきみの庇護者なのだからね。子供たちも世話になっているし、何かあれば私にも相談するように」

「ありがとうございます」


 しっかり目を合わせて言われるとちょっと照れてしまうし、面映ゆい。


「お父様、リジーは一人で人里に行ったんだよ。僕たちを置いて」

「わたしを置いて」

 恨み節アゲイン。結構引きずるな。


「まあ妥当な判断だね。フェイルもファーナも人間の姿に変身してもしっぽが飛び出たりするだろう?」

「最近は変身するの上手くなったよ」

「しっぽを隠しておくのも上手くなったのよ」


 双子は顔を見合わせてそろって声を出した。


「でもねえ……。面白半分に口から炎を吐いてみたり、うっかり人間を持ち帰ってみたりと、二人には色々な前科があるからね」

「いまはリジーがおうちにいるから人間を拾ったりしないよ」


 人を犬か猫のように言うなや……。


「それもそうか」

 ってそこ、納得しないで。


「きみたち二人が人里に行くのは……もっといい子にしていたら、かな」

 はははと笑ってミゼルは、おそらく逃げていった。


「いい子ってどれくらーい?」

「大人はすぐにそういうこと言うんだぁ」

「ねー、リジー」

「答えて~」


 ああ本当に大人ってずるいよね。

 わたしは、リジーリジーとまとわりついてくる双子を前に、ミゼルのあほんだらぁと心の中で吠えた。

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