森の中は基本のどかです
「なんだかんだでここの生活に溶け込んできているよな、リジーは」
愉快そうに肩を揺らすレイルを、わたしはじとっと睨みつける。
そんなさらっと言われてもね。こっちの苦労も知らないで。
「これでも色々と気苦労が絶えないのよ」
「いや、マンドラゴラ事件は面白かった」
「ちょっと油断するとすぐにはしゃぐのよ。まったく……」
最近はずいぶんと大人しくなってきたけど、それでも油断大敵。
たまに突拍子もないことをやらかしてくれる。
「リジーはすっかりフェイルとファーナのお母さん役が板についてきたな」
「わたしは……せめて親戚のお姉さんって言ってちょうだい」
わたしはもう一度項垂れた。一応、十代未婚なんですけどね、わたし。
「板についてきたのはレイアの方かな。最初はわたしに子育てって大変ね、とか言っていてのに、すっかりお母さんよ」
「それはリジーの影響もあるんじゃないか?」
「わたし?」
わたしは首を傾けた。
レイルは、頷いてから沢につけていた足を持ち上げる。
今日は天気がとってもよくって、森の中にいても日差しが強い。涼みにやってきた沢でレイルは乙女の前で生足になったのだ。
まったく、一応こちらの世界ではこういうのってどうなの、って思うんだけど。
深窓の令嬢の前でやったら顔真っ赤にして固まると思うんだよね。わたしは……まあこのくらいじゃ何とも思わないけど。前世の記憶もあることだし。
「リジー、子供の扱い慣れているだろ。で、結構ぽんぽん言いたいこと言って怒るじゃん。でも、双子は怒られてもリジーによく懐いているし。そういうのを間近で見ていたレイアにとってはいい手本になったというか」
「なるほど」
前世で甥と姪を相手にしていたからか、フェイルとファーナの扱いも初期のころからかなり砕けていたと思う。
「ま、リジー自身がいい子だから双子が懐くっていうのもあると思うけど」
なんて、さらりと言うからわたしは次の言葉に詰まってしまう。
「いい子って……」
何も言わないのはあれかなと思い、わたしはようやくそれだけを口にする。
だって。悪役令嬢として転生したわたしの評価って基本、高飛車・意地悪だったし。
人間の男性に真っ向から褒められな慣れていないのに。
「あ。耳まで赤くなってる」
「ちょっと。からかったわね」
「本当のことだって。面倒見もよくって、料理も得意で。お菓子作っているリジーって楽しそうでいいなって思う」
「もう。そういうこと、面と向かって言う人って信用できないのよ」
再び褒められたわたしはつい可愛くないことを言ってしまう。
こんな風にまっすぐに褒め言葉を言われるなんて、まったく予想していなかったのに。
「どうして?」
「だって、わたしをいい子とか。そんなこと今まで言われたことないもの」
「それはいままでリジーと関わりのあったやつらが単に見る目が無かっただけだろう」
レイルはあっさりと言い放つ。いっそ清々しいくらい。
「だってほら。わたし勝気そうな顔をしているでしょう。目もつり気味だし、背だって女性にしては高い方だし、よくお高くとまっているとか、冷たそうとか言われてきたし」
「俺の方が背は高いし、リジーは美人だけれど冷たいというかどちらかというと若干所帯じみているというか、たまに乳母みたいだとは思う」
「それって十七の娘に向かって言う言葉なの?」
レイルの評価が微妙すぎてわたしは眉を顰めてしまう。さっきまで顔が真っ赤だったはずなのに急速にしぼんでいく。
「ああそういえばリジーって十七だっけ。てっきり……」
「なによ?」
「いや、なにも」
声を低くしたわたしにレイルがどうどう、とわたしを宥める仕草をする。馬か犬か、わたしは。失礼な。
「そんな風にころころ表情かえるところも楽しくて俺は好きだよ」
にっこり笑って自然体でそんなことを言うものだからわたしは固まってしまう。
それなのにレイルは「いやあ、本当に今日はいい天気だよな。俺、ここんとこずっと室内に籠りっぱなしだったから、今日来れてめちゃくちゃ楽しい」などと言っている。
って、暢気すぎか! こっちをあれだけ動揺させておいて。
い、いやべつに。動揺なんてしていないんだから。
最近、人間と言えばレイルとばかりしゃべっているから、なんかこう、ちょっと仲良くしているというか。そういうのであって、別にわたしだってレイルのことなんて別になんとも思っていないんだからね。
「あれ、リジー顔赤いぞ」
「うっ……うるさいわねっ」
なにきょとんとした顔で聞いているのよ。
あんたのせいよ、馬鹿。とは言わないけれど、心の中で叫ぶくらいは見逃してほしい。
「あ。もしかして暑さにやられたか? やっぱりリジーも女の子だもんな」
いつの間にか長靴(ブーツ)を履いたレイルがこちらへ体ごと移動してくる。ついでにさらりと額に手をあてるのは一体どういうことか。
「うーん……ちょっと熱い?」
いや、いたって健康体なわけですから、そう首をひねらなくても。熱は無いですよ。
「もう、大げさね。わたしは元気よ。そうだわ、冷やしておいたメローナ食べましょう」
メローナという名の中身メロンでも食べたらこの微妙な空気も変わりそうな気がする。
「お。そうだな。双子たちまだ戻ってきてないけど、先に食うか」
「口が悪いわよ」
「おっと、失礼。先に頂きますか、お嬢様」
改まった口調に、わたしはぷっと息を漏らしてしまう。
「お、お嬢様……とか。あ、あなた、にあ……似合わない」
くくっと小さく噴き出すとレイルが「俺だって普段はいまよりもかっこつけた口調しているんだぞ」と言ってくる。
彼は沢の、流れが緩やかなところに入れておいたメローナを両手で持ち上げた。
初夏の日差しに水滴が反射をしている。
沢を流れる水は透明で、少し深くなっているところは青く澄んでいる。こういうところで冷やした果物を食べるって本当に贅沢だなってわたしは目を細める。
レイルは器用に魔法を使ってメローナを切り分けて、その横でティティがお皿を渡している。彼の前では魔法を使えないふりをしているのでわたしはその光景を眺めるまま。
というか、竜と精霊に囲まれた生活をしているせいでわたしが魔法を使う機会なんてほぼないんだけどね。
「あー。先にメローナ食べようとしている。ずるーい」
草をかき分けてこちらへ戻ってきたフェイルの開口一番がそれだ。
「はいはい。あなたたちが遅いからよ」
わたしは開き直る。
「むぅ。違うもん。レイルとリジーのためだもん」
と、今度はファーナ。
「どういう意味よ」
わたしが眉根を寄せると、なぜだかファーナの後ろでドルムントがあたふた慌てだす。
「レイルとリジーを二人きりにさせてあげるのも優しさですって、ドルムントが言うからー」
「言うからー」
子供はこういうとき空気を読まない。
「ちょっと! ドルムント、変な気ぃ使わないでよ」
わたしはとりあえずドルムントを怒鳴ることにした。
「うわわ。ごめんなさい! ちょっと気を使ってみたつもりなんですぅ~」
気の弱いドルムントは涙目になった。
「あ、そうだ。リジーにお土産もってきたよ」
フェイルは嬉しそうに……マンドラゴラを差し出した。
うん。そのネタ引っ張るのやめようか。
わたしが頬を引きつらせると、レイルがわたしとマンドラゴラを交互に見やった。
「リジー、そういえばどうしてこんなもん集めてんだ?」
「リジーは最近草集めるのが好きなんだよねー」
ねー、とファーナとフェイルが二人同時に言った。
「こっちにも色々とあるのよ」
主に独り立ちの準備とか。貯金のためとか。
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