リーゼロッテのよい子のためのお菓子作り教室3

 わたしと双子竜が同時に振り返る。


「あ。レイル~」

「いらっしゃい」


 明るい声を出したわたしたちに軽く手を上げたレイルが厨房内へと入ってくる。


「なに作っているんだ?」

「ジャムだよ~」

「わたしたちが小さな赤い実を森に取りに行ったの」


「ファーナずっと遊んでいただろ」

「それを言うならフェイルだって」


「野イチゴのジャムをつくっているのよ」

 双子たちに説明を任せていたら陽が暮れそうなのでわたしは代わりに答えた。


「へえ~、すごいな」


 レイルがレンジの近くまでやってきて、鍋の中を覗き込む。わたしのすぐ横にレイルの顔。

 うわ。ちょっと近い。


「わたし手伝ったの」

「僕も」


 双子たちの嬉々とした声にレイルは「そうか。二人とも手伝ってえらいな」と言った。

 ふわっふわの金髪をくしゃくしゃと撫でまわすと二人がきゃらきゃらと笑いだす。


「えへへ~」

「僕たちえらいの」

「にしても、リジーは料理ができるんだな」

 レイルはわたしと鍋を交互に眺める。


「ま、まあね」


 わたしは明後日の方を見つめた。それなりに顔の整った男に屈託なく笑いかけられると、意味もなくどぎまぎしてしまう。ミゼルはわたしにしてみたら保護者みたいな立場で、レイルはわたしと同じ人間で。なんか、もう……ってなに分析しているのよ。


「ジャム、もう出来上がる?」

「あとこれを入れて少し煮たら完成よ」


 わたしは最後の仕上げに取り掛かることにした。

 あらかじめ絞っておいたレモン汁を回しかけて、ぐつぐつ。


 再びファーナが混ぜると言い出したのでわたしはファーナに木べらを渡した。

 野イチゴはいい感じに煮崩れて、濃い赤色になっている。


 これはもう、パンケーキもいいし、アイスにかけてもおいしいし、楽しみが広がるわぁ。


 あ、そうだ。


「そういえばレイルって魔法使えるんだったっけ?」

「まあ、一応は」

「じゃあちょっと魔法で手伝ってちょうだい」

 厨房にこもって火の番をしていたからちょっと暑いし。


「何を?」

 レイルが首をかしげる。


「うふふ。楽しいこと」


 わたしがニンマリ口元を緩めたものだから三人がそれぞれにきょとんとした顔つきになる。


 実はこっちに転生して、小さなころ親戚のお姉さんに作ってもらったことがあったんだよね。子供はこういうのが好きでしょうって。思えばあのお姉さんは優しかったな。

 もう外国に嫁いじゃってなかなか会えないけれど。


「ティティ、材料言うから用意するの手伝ってくれる?」

「はいですぅ」


 厨房の端っこで存在感を消していたティティに声を掛けると、彼女が元気よく返事をした。


 わたしとティティで厨房内を動き回って目的のものを取り出す。

 ここ数日双子にねだられるままにパンケーキを作っていたから、この厨房色々と揃ってます。


 本当はバニラビーンズとかあるといいんだけど、さすがに無いので今回は割愛。

 言ったらティティがぽんっとすぐに魔法で出してきそうだけど、ほんとどっから出しているのか謎なんだよね。


 材料は牛乳と生クリーム、砂糖、卵(卵黄)。


「手際がいいな」

「お菓子作りはよくやっていたから」


 まずは砂糖と牛乳を鍋に入れて弱火でかき混ぜる。すぐにファーナが「わたしがやる」と手を挙げたためティティに側についてもらいながら彼女にやってもらうことにした。


 その間にわたしは卵を割って卵黄と卵白に分けていく。フェイルもわたしの真似をして卵を割ったが、思い切りべちゃっと失敗。後でオムレツでも作ろう。


 わたしはこのまえティティにもらったレシピ本を読みながら作業を進めていく。

 さすがにレシピと作り方が全部頭に入っている、なんてことはない。パティシエじゃないしね。それでもレイルが感心した様子でわたしの手元を見ている。


「さすがはシュタインハルツ人ってところだな」

「え?」

「だって、お菓子作りをするお嬢様って、シュタインハルツ人くらいだろう?」

 彼はなんてことないように言った。


「あ……」


 わたしはつい目を泳がせてしまった。

 お嬢様って言ったし、彼。


「さあ。卵を混ぜていくわよ。フェイル、ゆっくりお鍋の中に混ぜた卵黄を入れていってね」


 わたしはレイルの言葉をさくっとスルーしてフェイルに卵黄の入ったボウルを持たせた。

 レイルは何も言わない。

 砂糖の入った牛乳の中に卵黄を加えて、ゆっくり木べらを使ってかき混ぜて。

 わたしは鍋の中身を別のボウルに移した。


「えっと、レイルにはこれから氷系の魔法を使ってもらいたいの」

「氷?」

「うん。この液体をね、冷やしたいの。あ、でも直接はだめ。この下にもう一つ入れ物を重ねるから、そこに氷を出すか、冷気を出してもらって、下から冷やしたいの。できる?」


「できるよ」

 レイルはあっさりと頷いた。


「魔法なら僕たちも使えるよ」

 はいはーいと手を上げて主張をするのはフェイル。


「フェイル様たちはまだ氷の魔法は習っていないので無理だと思いますぅ」


 即座にティティから突っ込みが入った。


「うっ……」

「じゃあ今から習う!」

 と、ファーナ。


「それだと厨房が氷漬け……いえ、ぶっ飛びますからやめた方がいいですよぅ」


 ティティは案外に容赦ない。「リジー様のお菓子、食べれなくなりますよぉ」と重ねて言われて双子はだんまりを決め込んだ。どうやらティティの勝ちらしい。


「じゃあお願い」

「よし。わかった」


 レイルはわたしの言葉に合わせて両腕を前に出す。

 彼の周りに魔法の力が集まりだす。


「僕だって魔法使えるのに。黄金竜なのに。ずごーんと魔法技出せるのに」

 フェイルはまだ不満らしい。

「はいはい。いまはずごーんと魔法技はいらないから。フェイルはこっち。この生クリームを泡立ててね」


 わたしとしてはさっさと完成させたいので失敗の少なさそうなほうを選びたい。ということで今回は人間のレイル一択なのですよ。ものの加減とか、一応ちゃんとわかってそうだし。


「リジー冷たい」

「あなたたちには前科がありすぎるのよ」

「ですですぅ」


 などと軽口をたたき合っているとレイルが魔法で氷を出した。


 ちゃんと風魔法で氷を細かく砕いてくれているから、彼の魔法センスがいかに高いかってことが分かってしまう。


 ちなみにわたしはというと、炎系の魔法は得意なんだけど、反対に水系の魔法は不得手なんだよね。普通にあたり一面まで氷漬けにしそうで怖いわ。って、彼の前で魔法が使えることは一応内緒にしておきたいから言わないけれどさ。


「こんな感じでいいのか?」

 バットを入れたボウルの中に氷を出したレイル。

「ありがとう。レイルすっごい魔法上手いのね」

「まあね」


 あ、まんざらでもなさそう。

 わたしはボウルの中身をゆっくり混ぜて、冷え具合を確認。


 フェイルは魔法を使いたいみたいだったけれど、ちゃんと生クリームをかき混ぜてくれて、それを冷めた液体に投入。

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