私の手のかかる幼馴染の話。

柊月

前編

 こんにちは、柊月です。

「何故私が王子妃候補なのでしょう?」の方の更新が滞っていますので(本当に申し訳ありません。詳しくは私の近況ノートを見て頂ければと思います)、別サイトに投稿していた中編?を載せます!


That’sテンプレです。苦手な方はUターンよろしくお願いします。


では!



柊月




*****












 そよそよと温かな風が頬を撫でる。

 フローレンスは、お気に入りの校舎裏のベンチで本を読もうと歩いていた。




「ローラちゃ〜んっ!!会いたかったよっ!!」




 そう言ってローラ―――フローレンスに抱きつくのは、見目麗しい侯爵家嫡男、ディートリヒだ。彼はかなり高速度で走ってきたのにも関わらず、彼女を包む力は強引ではなく柔らかく優しい。フローレンスはいつもの事だと溜息を1つ吐き、右手でディートリヒの癖のある栗毛の頭を撫でた。犬の耳と尻尾が見えるのは幻覚だろうか。




「もう……ディー、今は人気が無いからって駄目よ」


「ごめんね……ローラちゃんの姿を見たら気が抜けちゃった」




 へにゃり、と悪びれもなくだらし無く笑う幼馴染に、ローラは再度溜息をついたが、それでも「まぁしょうがないか」と許してしまう。




「ねぇローラちゃん……お願いがあるんだ」


「………嫌な予感しかしないけれどなぁに?」


「宿題が全然分かんないんだ………助けて………」




 そんな事だろうとは思ったが、フローレンスに取っては朝飯前だ。仕方が無いなぁとお小言を言いながらも二つ返事で了承したフローレンスは、ディートリヒのエスコートを受けながらカフェテリアへ向かった。










 ***










 宣言通り、カフェテリアでディートリヒに経営学を教えていた時の事だ。




「フローレンス!」




 人影が見え、振り向き見上げた先には、フローレンスにとって最低最悪な婚約者がこちらを睨んで立っていた。フローレンスは一切の感情を捨ててアルカイックスマイルを貼り付けると、立ち上がり綺麗なカーテシーをして見せた。


 偶カフェテリアにいた他生徒達は、同情の目をフローレンスに向ける。




「……エドガー様、御機嫌よう。本日は如何なされましたか?」


「お前には躾が必要だ。婚約者がいる身でありながら勝手な行動をとりやがって」


「……申し訳ありません。それはどういう事でしょうか。わたくしめには理解出来かねます」


「ふんっ!残念な頭だな!俺という婚約者がいるのにも関わらず、別の男と過ごすなど言語道断だ。そいつがどこの馬の骨か知らんが、俺の顔に泥を塗るのはやめろ」




 ………と言っているフローレンスの婚約者―――エドガーの左腕には、非常に庇護欲をそそる涙目の子爵令嬢がいるのだが。フローレンスは、ディートリヒさえ判別出来ない頭のネジが抜け過ぎている婚約者に辟易しながらも、表情は変えず頭を下げる。


 フローレンスとディートリヒは2人でいるとは言え、侍女や護衛は同席している上に、エドガーはあんなのだし、友人同士である為、周りからはこうやって2人でいる事を咎められはしない。


 エドガーはフローレンスに暴言を吐けるだけ吐いた後、満足そうに口の端をいやらしく上げると、子爵令嬢をの腰を抱いて去っていった。その瞬間その場の全員がほっと息を吐く。




「はぁ………ごめんなさい、ディー。じゃあ、続きを………って、そんな顔しないで?」




 2つの背中を見届けた後、力無く椅子に腰掛けたフローレンスは、切り替えて解説を再開しようとディートリヒを見たのだが、その表情にドキリとしてしまう。心配げに瑠璃色の瞳を揺らす彼に「大丈夫よ」と微笑むと、納得していないようだがディートリヒは笑い返した。




「うふふ、心配性ね。私はあんな言葉で傷ついたりしないわ?」




 ディートリヒは首を捻る。




「心配性なのかな?うーん。確かに心配性かも。今すぐ介入したいくらいだけど、それだとローラちゃんが嫌がるからしない。けど………」




 ディートリヒは真剣な眼差しを向けたまま、そして、死角でフローレンスの手を握り締めながら、




「僕は君が傷ついたらいつでも助けるからね?」




 と言った。

 それは、彼女がこうやって婚約者に絡まれたりした際に必ずディートリヒが言う言葉だ。




「……えぇ、ありがとう」




 その言葉を言う時の表情は、だらし無い幼馴染の顔ではなくて、フローレンスの知らない顔で、ローラはそれから逃げるように視線を落とした。何だか握られている手が熱くて、居心地が悪くなり、ディートリヒの付き添いを断って、フローレンスは図書室に向かった。








 カフェテリアに一人残されたディートリヒは、脚を組み、珈琲を一口含んだ。その優雅で堂々とした動作は侯爵子息らしくとても様になっていて、フローレンスに見せるものとはかけ離れている。




「………エドガー=ユーグ」




 フローレンスには相応しくない彼女の婚約者。

 今すぐにでもエドガーを消したいと思うが今はまだ時ではない。ディートリヒが動く時では。




「ごめん、ローラ。もう少し待って。


―――必ず僕が片付ける」






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