第36話 再会と印尾有九郎





「はぁああああああああああああ!? 400万!? 借金が!?」

「何さらっと一桁減らしてるの? 4000万よ、4000万。貴方、強かな性格してるじゃない」



 なんてことを、シャネリアスはあっさりと言ってのけた。

 クソ! さらっと借金を減額する作戦は失敗か!!



「な、何でそんな借金を抱えないといけないんですか!? この俺が!?」

「さっき言ったでしょ? イユ・トラヴィオルの事案をもみ消すためにカバーストーリーを流布して、賄賂を渡していたら4200万ゴールドほどかかってしまったの。だから、その分の費用は貴方が負担してね。200万円は孫を助けてくれたからオマケしてあげるわ」

「いやいやいや!! その金を何で俺が負担するんですか!? どう考えてもアンタらの負担すべき金でしょ!!」

「何を言ってるのかしら? 本来なら、貴方とトラヴィオルをサクッと処刑して済ませたところを、わざわざ助けてあげたのよ。それくらいの費用は払うべきではなくって?」

「くッ!? そのせいで借金が3000万ゴールドだと!?」

「だから4000万よ、その手には乗らないわよ」



 な、なんてこった!?

 いや、待てよ?

 この世界の通貨単位である“ゴールド”の価値がどんなものかは知らないが、ひょっとしたら4000万と言っても大したことではないのではないか?

 ジンバブエドルみたいな感じで、めちゃめちゃインフレしてたりするのかもしれん!

 4000万ゴールドでも子どものお小遣い額、みたいな。



「4000万ゴールドってどれくらいの額なんですか?」

「中流階層の一般家庭の年収10年分ちょっとくらいね」

「普通にガチな奴じゃん!!」



 年収10年分て!!

 ウソでしょ!!

 どんだけマグロ漁船に乗らないといけないの!?



「おいおい勘弁してくれよ~~~。あっ、そうだ! 俺、頑張って魔王軍の幹部の副官とか倒したじゃん! アレの謝礼金とか出ないの!?」

「ああ、一応出るけど、でもアレは翠ちゃんが倒したことになってるわよ」

「なにゆえ!?」



 おいおい何でだよ!!

 俺の死闘の意味とは一体!? みたいなテンションになってるんだが。



「だって、まともに魔族と戦ったのを見られてるのは翠さんくらいだから。貴方の死闘を見届けたのはトラヴィオルだけで、他に見た人がいないし。あと、新しい勇者がカッコ良く魔族を撃退! ってした方がウケが良いでしょ?」

「じゃあ俺は あの戦いでどうなったことにされてるの!?」

「魔族にボコられて弟に助けられただけのヘタレってことになってるわね」

「ぐあああああああああああああ!?」



 別にヘタレ扱いだけなら良いけどさあ!

 魔族を倒したのほとんど翠だしよォ!

 でも立てた手柄くらい認めてくれていいじゃんよォ!



「この評価を改めたいなら、これからも頑張りなさい。借金も返済しないといけないし」

「いやだァ! 俺は働きたくねえんだよォ!!」

「いや働けよ」



 なんてこった!!

 異世界に来て借金抱えて強制労働だと!?

 な、なんでだ……ッ!!

 俺は……こんなことのために……ッ!! 頑張ってきたわけじゃ……ない……ッ!!

 徒労感……ッ!

 圧倒的……徒労感ッ!!



「ま、そういうわけね。……トラヴィオルにチャンスを上げたいんでしょう? なら、貴方も頑張りなさい。これくらいは甲斐性 見せなさいな」

「俺の金銭感覚だと甲斐性のうちに4000万は収まらないんスけど」

「それは私の知ったことではないわ。何はともあれ、頑張りなさい。繰り返しになるけど、彼女にチャンスをと言ったのは、貴方よ?」

「……………………分かりました」

「めっちゃ悩んだわね、貴方」



 はー、まあ仕方ねえ。

 最悪 死ぬかもって話が、4000万の借金になっただけだ。

 4000万なんか毎年1万払うのを4000回 繰り返すだけだし、こんなん実質無料だろ。



「これ以上ガタガタ言っても仕方ないんでしょ。何とかして返しますよ、4000万。……もう帰っても?」

「ええ、構わないわよ。よく養生してね」

「ええ、お心遣いありがとうございます」



 一礼してから、俺は応接室を出た。

 応接室の外に出て、廊下を数歩歩いてから、俺は壁にもたれかかってズルズルとしゃがみ込んだ。



「フー。……良かった。マジで良かった」



 借金を抱えたのは予想外だが、とりあえずは俺もイユさんも無事だ。



「……あれ? 何かちょっと涙ぐんできちゃった」



 安心したらちょっと泣きそうになってきた。

 ハンカチは持っていないので、右手の包帯で軽く涙を拭った。



「……お兄ちゃん?」



 すると、翠に声を掛けられた。

 どうやら、近くの待合所で待っていてくれたらしい。



「ああ、翠。良かった、大事にはならなかったよ」



 そう言って翠の元に歩み寄り頭をポンポンと撫でてやると、彼はホッとしたように破顔した。

 すると、彼はその直後にハッとした顔をして、俺の手を掴んだ。



「そうだ! お兄ちゃんに見せたいものがあってここで待ってたんです!! こっちに来てください!!」 

「おいおい、俺ケガ人だぞ!!」



 手を引っ張って走り出した翠に俺はそう叫んだ。

 ただ、彼の足取りは軽やかだ。

 何かいいことでもあったのか? そう思って手を引かれるがままに走り、やがて病室にたどり着くと、翠は勢いのままに扉を開けた。

 すると、そこに居たのは。




「……イユ、さん」

「ん……。3日ぶりやな、桃吾」



 俺のベッドにイユさんが腰かけていた。

 彼女は あちこちに包帯を巻いていたが、それでも顔色は良かった。

 ただ、彼女は――六本腕の姿をしていた。



「桃吾が庇ってくれたお陰でな。ウチ、このままの姿でも王国内でやっていけるんやて。……アンタのおかげや」

「……あ、ああ」

 

 言葉が、出ない。


「本当はな、もっと早く会いたかってんけど、ナンカ大臣に手続きが諸々 終わるまで部屋出たらアカン言われてな。……まあでも、桃吾も三日間 寝たきりやったんやろ?」

「あー、まあ。寝坊しました」

「だから、今やっと言えるわ。……ありがとな、桃吾」



 そう言って、イユさんは薄く微笑んだ。

 日の当たる窓際に座って、少しだけ顔を赤らめて目の端にうっすらと涙を浮かべて笑う彼女の笑顔は、たおやかで、それでいて優しいものだった。

 そんな彼女の笑みを見て、俺は。



「……イユさんっ!」



 彼女の元に、駆け寄って。










「俺イユさんのせいで借金4000万やぞォどうしてくれるんじゃああああああああああ!!??」



 泣きながらそう叫んだ。



「いや何やねん急に!? 借金って何の話や!!」

「だからイユさんを庇ったら俺が借金4000万抱える羽目になっちまったんだよ!! ちっくしょぉおおおお滅べ異世界ぃいいいいいい!!!!」

「分かるように言えや! 何やねんホンマに!!」

「……さ、さっきまで凄い良い感じの雰囲気だったのに、何なんですかコレは」



 呆れたように翠が何か言っているが、知ったことではない。

 俺の!! 借金!! 4000万!!

 ぐああああああああああああああああああああ!!??












####################################




 応接室に残ったシャネリアスは足を組んだまましばらく黙っていたが、足音から桃吾が立ち去ったことを知ると、口を開いた。



「先輩のどう思った? 有九郎あるくろう?」



 彼女の言葉に応えるように、が、ペンを置いて立ち上がった。

 すると、彼の身体が何やら影のようなものに覆い隠され、やがて――黒いスーツ姿の白髪交じりの男性に変化した。


 スーツはダブルボタンのベストにストライプの入った黒いジャケットとスラックス、頭には同じく黒いハットを被り、ベルトもネクタイも革靴も何もかもが黒というオールブラックファッションだ。ただし、ベルトのバックルとネクタイピンは重厚なゴールドである。

 年齢は恐らくシャネリアスと同世代、50歳前後だろうか。


 ――彼の名前は印尾しるしお有九郎あるくろう

 現役の勇者の中では最古参の一人であり、これまでに上げた功績から現時点で存在する勇者の中で最も優れた勇者であると言われている。



「ああ、なかなか面白い子だったな。くははッ! 勇者の兄が来たのも初めてだが、それがあんな変わり種とは。面白いことになりそうじゃあないか」


 

 そう答えながら、彼はシャネリアスと向かい合うようにしてソファに座り、足を組んだ。



「面白いかどうかだけで判断しないでくれる? 私達はこれから先の大局を考えないといけないのよ?」

「当然、分かってはいるさ、ホワイト。……ただ、面白いってのは大事なことだろう? 人生を豊かにしてくれる。ああ、面白いと言えば、お前グラスをかみ砕くなんて面白いことをするじゃないか。くははッ!」

「ちょっと驚かせてあげようと思ってね。どう? 彼もビックリしてたでしょう?」

「グラスを目の前でかみ砕き始める人間がいてビックリしない人間がいたとしたら、肝が据わってるかテーブルマナーに よほど詳しくないかのどちらかだよ」



 そう言いながら有九郎が指をパチンと鳴らすと、どこからともなく黒スーツ姿の男が現れた。

 ただ、その男はまるで



「そこのウイスキーと新しいグラスをくれ。ついでに、お転婆娘が汚したテーブルも掃除してくれ」

「悪かったわね、年の割に落ち着きがなくて」

「くはは、それはお互い様じゃないか。俺もお前も、年を取るのは見た目くらいだ。人間、多少 年を取ったくらいじゃ中身は大して変わらんものさ」



 会話している二人の間に挟まれて、のっぺらぼうの男がテーブルを拭いてガラス片を片付け、それから深いグリーンのボトルに入ったウイスキーとロックグラスを置いた。

 ロックグラスと言っても氷はないのでストレートで飲むのだが。

 そして有九郎がボトルを手に取り、ウイスキーを二つのグラスに注ぐと、有九郎とシャネリアスがそれぞれのグラスを手にし、掲げた。



「血に祈りを」

「泥に感謝を」



 そう言って二人は同時にウイスキーを呷った。

 口に含むと強烈な燻煙香が襲ってくるが、しかし その後にフルーツのような甘みが訪れる。



「うまい。良いものを置いてるじゃないか。俺にも一本くれ」

「コレはに貰ったものだから、彼に頼みなさい」

「ああ、エシアルか。確かに,あいつのところのウイスキーの味だもんな」

「……それよりも、青一から聞いた?」

「何を?」

「エルプラダのメッセージよ」

「ああ、『まだ決着はついてない』、か。……諦めてくれたって良いのにな」

「何を言ってるの? 貴方だって諦める気はない癖に」



 頬杖をついて、シャネリアスは微笑む。

 ただその笑みは先ほど桃吾に向けたような からかうものではなく、まるで青春真っ盛りの若者が友人の肩を抱いたときに浮かべるような、温かいものだった。



「ああ、そうだな。……新しい世代の人間も どんどんやってきているが、こんなものダラダラと続けるものじゃあない。……終わらせよう。終わり切らせよう。この、下らない戦争を」

「そうね。私達の世代で……この連鎖を断つ」



 そう言って、二人は飲み干したグラスをテーブルに置いて立ち上がった。

 いつの間にか、のっぺらぼうの男は居なくなっていた。



「さあ、もう一仕事ね」

「ああ、気合を入れよう」



 そうして、二人は部屋を出た。

 あとには飲み干されたグラスと、半分ほど飲まれたウイスキーのボトルだけが残されていた。





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