第26話 一歩前進





 あれから数日。

 翠たち勇者は着実にモンスターを屠り続けていた。

 そして そのお陰か、この数日の間で、明らかに翠の固有魔法は成長していた。



「『戦艦バトルシップ」ッ!!」

「おお、翠さん。前よりも魔法の使い方が上手くなってきましたね!!」



 モンスターを蹴散らしながら、青一が翠に褒め言葉を掛ける。



 以前のように高火力でぶっ放して吹っ飛ばす、という雑な戦い方ではなく、高火力での攻撃と戦艦に搭載した機関銃による攻撃を使い分け、以前よりも確実かつ丁寧にモンスターを打ち倒せるようになっていた。

 勇者っていうのは凄いもんだな。

 俺には真似できん。



「本当ですか!? よーし、もっと頑張ります!!」



 お陰で翠のやる気もドンドン増していく。

 仕事が楽しくて仕方ないのだろう。


 そんな調子なので、クエスト自体は問題ない。

 これなら2~3日で問題なくクエストを終えて帰れるだろう。

 しかし、……やはりイユさんの調子がおかしい気がする。



「……」

「イユさん、何か考え事ですか?」

「あ、……ああ。いえ、ちょっと報告書を出さないといけないので、それについて考えていただけです。気になさらなくても大丈夫ですよ、桃吾様」



 俺が声を掛けると、彼女は笑ってそう答えるが、やはり気になる。

 何か物思いに耽ったり、考え込むことが増えてきた気がする。

 他の人は気にしていないようなので、それほど頻回なわけではないらしいが。


 ……俺のセクハラに悩んでいたらどうしよう。

 そろそろ自重しようかな。

 このクエストが始まってからは風呂の残り湯も要求してないし、最近はあんまり やり過ぎないようにしてるんだけどな。




 そして、今日も今日とてモンスター退治を終えて――といっても俺は戦闘に参加していないので、料理を作って持って行ったり、戦いの様子を観戦したり、マジで暇なときは珍しいキノコ探しやドングリ集めをしていたのだが――帰路につき、あとは各々に宛がわれた宿で休むなり、仲間と雑談したり、自由な時間を過ごしていた。

 俺も宿の自室でこの世界の料理本を眺めて過ごしていたのだが、すると誰かが部屋をノックしてきた。




「はーい、どうぞ」



 俺が応えると、彼女は無言で部屋に入ってきた。



「ああ、イユさん。どうしたんですか?」



 部屋にやってきたのは、イユさんだった。

 ただ、やはり何か考え込んでいる様子だった。



「……何かあったんですか? ここ最近、ずっと浮かない顔ですよね」

「はは……。やっぱり、バレてたんやな。……実は、頼みがあんねん」



 俺と二人きりだからか、彼女は方言を隠していなかった。



「頼み? まあ俺に出来る範囲なら良いですよ。あっ、俺の童貞とか要ります?」

「要らんわアホ! ……ちょっとだけ、真面目な話やねん。アンタ以外に頼める奴が居らん。せやから……頼む」

「分かりました。やりましょう」

「……まだ内容 言ってないで?」

「そうっスね。でも、俺以外に頼める人いないんでしょ? じゃあ、やりますよ。それくらい」

「お前……時々かっこいいこと言うのやめへん? ちょっとドキッとするやろ」

「あっ、でも就労はしませんよ」

「そんで一瞬カッコいい感じの雰囲気だすのに すぐぶっ壊すのはマジでやめろ」



 と、イユさんは溜息を吐いていた。

 自分でも分かんないけど ついボケちゃうんだよな。



「……ハァ。まあ、ええわ。お前と出会ってもう一ヵ月経つし、そういう性格なんは分かってるしな。……で、頼み事なんやけど、ちょっとついてきて欲しいとこがあんねん。この街の外なんやけど、馬を借りていけば30分もあれば着くと思う」

「分かりました。これから日も暮れるし、さっさと行きましょうか」


 俺は本を閉じると、ポンチョを羽織った。

 ジャケットだと流石に冒険してる感が薄いし、汚れても困るので、街の外での活動のためにとナンカ大臣に用意してもらったのである。



「行動 早いな。……働きはせんのに」

「労働以外のフットワークは軽いんですよ」



 そんな軽口を叩きながら、俺達は宿の外に出た。

 すると、そこで。



「あれ? イユさんに桃吾さん、どうしたんですか? こんな時間にお出かけですか?」

「よお、青一君じゃん」



 江土井青一とその御一行に出くわしてしまった。

 『聖剣』の精霊も人間の姿である。

 ……マズいな。

 イユさんが俺にしか頼めないって言ったってことは、たぶん他の連中には俺らがこれからどこに行くかも伏せるべきなんだろう。

 


「あれ、お兄ちゃん。お出掛けですか?」

「あっ、翠も一緒だったんだ」


 

 おっと、翠まで居た。

 青一とは最近ずっと一緒に戦っているし、その中で良く会話もしていたからな、仲良くなったんだろう。

 青一も良い奴だし、翠も人見知りするタイプではないので、この中では年齢も近い。

 そういう意味では仲良くなりやすい状況だったんだろうな。



「翠は青一君たちと出かけてたの?」

「はい、お友達になったので。『聖剣』の精霊ちゃんがパンケーキが好きなので、みんなで食べに行ったんです。ねー!」

『うん、美味しかったわ……』


 『聖剣』の精霊も薄く笑みを浮かべる。

 表情はあまり動かないが、基本は感情豊かだよな、『聖剣』の精霊ちゃん。



「おいおい、良いなあ。俺も誘ってよ」

「あんたはダメよ! 青一が良くない影響を受けるでしょ!」

「そうですよ! 青一様の純粋な心が汚れます!」

「すげー言われようだなオイ」


 

 まあ最初ほどは険悪じゃないけどな、俺と青一の取り巻きちゃんズの関係性も。

 ランチを作って持って行ったのが良かったようだ。

 あれで多少は俺に対する評価が上がってきたらしい。

 


「で。そっちこそ何してるわけ? ……ひょっとしてデート? ニート相手にぃ?」

「うっそ!? イユさん、そんな人が良いんですか!?」



 取り巻き共がきゃいきゃいと騒いでいる。

 と言うかさらっと失礼なこと言ったな、お前ら。

 流石ティーンエイジャー・ガールだ。

 色恋の匂いがすると食いつきが良い。



「ああ、その……」



 しかし食いついてくる二人に、イユさんは言い淀んでいる様子だった。

 ここで下手なことをすると、これからの行動が阻害されかねないからな。

 ならば――。



「二人とも! 失礼だよ。お出掛けなら――」

「ああ、実はこれからデートなんだ。そういうわけで、邪魔しないでくれるか?」



 青一の言葉を遮って、俺はイユさんの腰に手を回すと彼女を抱き寄せ、そのまま彼女の首元に顔をうずめるようにしてから、俺が思う最大限にカッコいい笑みを浮かべた。



「「「「『……えっ?』」」」」


 青一も、取り巻きの2人も、『聖剣』の精霊も、翠も、その場にいた誰もが呆気に取られた様子だった。

 そして、イユさんはと言うと。



「~~~~~~~ッ!!!!」


 顔を耳まで真っ赤にしていた。


「さて、イユさん。行きましょうか」

「……はい」


 俺は彼女の手を取り、そのまま夕暮れの繁華街に足を向けた。

 その時、ちらっと翠の方に視線を向けると、彼は黙ったままだったが、しかし明確な困惑の表情を浮かべていた。

 俺、普段こんなことしねえからな。

 あの子が一番 驚いているだろう。

 翠に向かって軽くウインクして、俺はイユさんとともに歩き去っていった。




「えええええ!? ウソ!? 本当にあの二人デキてるの!? どう思う、青一!?」

「い、いや僕に言われても……」

「翠さん! お兄さんってひょっとしてモテるんですか!?」

「うーん、まあ顔と身体は良い男ですからね、あの人。料理もできるし、割とマメですし、ふざけた性格ですけど逆に言うと陽気な性格なので。就労しないことに目をつぶればワンチャン……?」

『なるほど、ヒモになる才能はあるのね』

「「「「ヒモ!?!?」」」」



 背後でテキトーな話をしているのも聞こえてきたが。

 気にしないことにしよう、俺はMだから打たれ強いのだ。

 マゾのMはメンタルのMだ。







「……ふぅ、なんとか切り抜けましたね。イユさん」

「そう……やな」



 翠たちに見えないとこで進行方向を変え、街の正門のほうに向かっていた。


 翠たちの目を誤魔化すために俺がちょっと格好つけて、おまけに今も手なんか握ってるせいか、イユさんは未だに顔を赤らめ、少し俯きがちに歩いていた。

 そんな彼女の姿を見ていると、俺は。




「…………え? ちょっとヤ~~~ダ~~~~。メッチャ恥ずかしくなってきたんスけど~~~~~~~?」

「お前がやったことやろ!! なんでお前も顔赤いねん!! あと何でちょっとオネエになんねん!?」



 あああああああああああああああああああ!!!!!

 なんであんなにカッコつけたの俺!?

 どうしよう!? 

 すげー恥ずかしい!!

 顔が真っ赤になっちゃった。

 やべえ、女性の腰を抱き寄せて微笑むとか、『これができたら格好いいのでは?』とか言って妄想したり、決め顔の練習とかは過去にしてたけども! 

 現実にやる日が来ようとは!! 

 恥ずかしい!! 

 もう! 何やってんの俺ぇ!!



「い、イユさん。大丈夫ですか? 俺、手汗ヤバくないですか!?」

「知らんわアホ! ウチだって緊張してんねん!! じゃあ もう手ぇ離したら良いやろ!!」

「だって急に手を離したらイユさんに申し訳ないでしょ!! かといってイユさんの方から手を離されると『あれ? 俺やっぱキモいことした?』とか思ってショックを受けます!! それは嫌です!!」

「面倒くさいな お前!! じゃあもうせーのっ! で行こう! せーのっ! で同時に手を離そう!!」

「よっしゃ! 分かりました! せーのっ! ですね! やりましょう!」

「…………」

「…………」

「いや言えや!!」

「えっ!? これ俺が言うんですか!? 同時とかでなく!?」

「お前が手を握ったんやろ!! じゃお前が言えや!!」

「……あの、ところで。これから俺達って馬で出かけるんですよね? でも、俺 馬に乗ったことないんですけど」

「え? じゃあ、ウチが乗れるから、アンタは後ろに乗ればいいやろ?」

「二人乗りってことは……俺、イユさんに抱き着く感じになりますよね?」

「…………そうなるな」

「俺、既にすげえドキドキしてるんですけど。え? 俺イユさんに抱き着いていいんですか!?」

「しゃあないやろ!! そういうもんなんやから!! 意識すんなそんなの!!」

「無理ですよ!! だってイユさんすげえ腰細いんだもん!! さっき腰に手を回しただけですげえドキドキしましたからね俺!! 首筋とかすげえ良い香りしたもん!!」

「だからそれはお前が勝手にやっただけやろ!! つうかあんなにスムーズにやったくせに!! 腰に手を回すくらいでガタガタ言うな!!」

「前に言ったでしょ!! 俺は元々クソ真面目だったから女性と話したことはあっても体に触れたり付き合った経験が限りなくゼロなんですよ!! 女性の腰とか初めて触ったわ!! 良いしやがって!!」

「どんなキレ方やねん!! というか だったら何でセクハラは平気なん!? 他人の風呂の残り湯のむとか正気ちゃうやろ!!」

「……え? ……そう言われると確かに、我ながらヤバいな。いや、違うんですよ。なんかレベルが高いと一周回って平気な気がするっていうか。あれ? 何であんなことしても平気なのに、手を握るだけでこんなにドキドキすんの? え? ……何で?」

「こんな状況で自問自答されても困るわ!!」

「……イユさんって、顔が良いですよね。え? マジで顔が良い。何でこんなに顔が良い人と俺いま手ぇ握ってんの?」

「だから自問自答すんなや!! この状況 全部お前のせいやぞ!!」

「そう思うと恥ずかしいっスわ!! マジかよ、なんかああいうの格好いいと思ってカッコつけちゃった!! あっ、イユさん。あの時の俺って実際にカッコ良かったですか!? どう思いました!?」

「少なくとも今の桃吾がカッコ良くないことはハッキリしてるわ!!」

「……で、なんでまだ手ぇ握ってるんスか、俺達」

「そうや!! これもう何とかしよう!! 良いか、今度こそせーのっ! でいこう!」

「よし、分かりました。じゃあ、一緒に言いますよ。良いですか?」

「よっしゃ! ええよ!」

「はい、じゃあ」

「「せーのっ!」」

「…………」

「…………」

「だから手ぇ離せや!!」

「だってコレせーのっ! の『のっ』のタイミングで手を離すのか完全に言い終わってから離すのかどっちか分かんないじゃないですか!! っていうか文句言ってないでイユさんが手を離せばいいでしょ!!」

「しゃ、しゃあないやろ!! ウチから手を離したら傷つくんやろ、お前ッ!!」

「そうですよ、俺の心はガラス製なんですよ!!」

「普段は『Mはメンタルが強い』とか言ってるくせに!! 何でこんなところではヘタレんねん!!」




 そんなことを言いながら、俺達は夕暮れの街を歩いていった。

 ――結局、俺達の手はもうしばらく握ったままだった。







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