第2話

 一五〇〇襲撃事件から三年。


 シズ・デルタは、今日もナザリック地下大墳墓を歩いて回る。


 実際は二・三日に分けてだが、理由はその膨大な罠やトラップの確認である。記録されている情報と内容に齟齬がないか。現在、起動モードになっているのかそうでないか。破損などで放置されていないか。


 これはシズが創造主より与えられた重要な任務であり、唯一シズにだけ与えられた仕事である。たとえばプレアデス達も代行できない。たとえ守護者やその上の統括であってもだ。


 だから、シズは今日もナザリックを歩き回り、自分の仕事を全うする。それが”戦い守ること”と並んで与えられたシズの存在理由であるのだから。


******


 ナザリック地下大墳墓 第九層


 シズは今日も任務を終え、待機場所でもある第九層にもどってくる。ここからは、九層を適当にまわること。そして一定時間まわったら充電のために自室に戻ること。そんなことを考えながら、足を向ける。


「ああ、シズ。こんにちは今日の日課はおわったのかした?」


 シズは声をかけられた方に目を向ける。


 そこには同じプレアデスのソリュシャン・イプシロンが立っていた。


「うん。おわった」

「そう。どう? いっしょに食事でも」

「わかった」


 プレアデス同士は種族こそ違うが、姉妹としてそれぞれの創造主に生み出された。だからというわけではないが、姉妹間の仲は良好である。


 しかし他の姉妹と違い、今現在この二人には別の意味で共通項があった。


 それは……創造主が何も言わずすでに一年以上現れないこと。


 ほかの姉妹の創造主で言えばユリ・アルファの創造主やまいこは、ユリに最後の別れをしておりサブウェポンを贈っており、理由も「受験をするクラスの担任になった。先生として精いっぱいサポートしたいから」といっていたらしい。受験をするクラスというのはよくわからないが、先生、つまり教え導く立場でより困難な地位となり責任を全うするために、この世界に来れない。そうユリは理解した。もちろん置いていかないでほしいとわがままを言いたくもなったが、慕う妹達を置いてはいけないと見送ったという。


 またほかの姉妹も別れをちゃんと済ませたか、今も定期的に会いに来られるもの。


 しかし、シズとソリュシャンは、ともに創造主と一年以上会っていない。


 もちろん一般メイド達や姉のユリのような別れもない。


 気が付けば一日二日、一か月、一年と経過してしまったのだ。


 もちろんプレイヤーとして、ギルメンやモモンガへの挨拶もされている。すでに、資産のほとんどは宝物庫におさめられ、再会の日を待っている。


 しかしNPC達にそんなことなどわからない。


「私達は捨てられたと思う?」

「……わからない」


 食堂に向かう途中、ソリュシャンはおもむろに質問をする。現状、この質問はナザリックNPCの中ではタブーである。しかし、唯一同じ境遇のシズにならと、胸の内を聞く。


「統計的にもう会えない」


 そう。


 週一ぐらいのプレイヤーが、なにかのイベントをキッカケにアクトがあがることもある。すくなくとも、至高の御方々で、三名ほどそんな方もいた。しかし数か月間空け復活された方はいないことをシズはしっているからだ。


「会えないという事実に理由って必要かしら?」


 もちろんソリュシャンも、もう会えるとは思っていない。そこに悲しいや寂しいという感情はあった。それはもう過去のことだ。しかし、ちゃんと別れを言われたモノ達とそうでないものの差というものの差とは何か? その一点だけは今も知りたいとおもっている。


 もし、その差がわからなければ、目の前のかわいい妹を捨てた創造主の行動に「なぜ」と言ってしまい、シズを困らせてしまうからだ。自分は乗り越えられた。残ったのはたとえ残虐嗜好という感情であったとしても、感情というものを整理できた。


「会えない事実があるだけ。そこに理由付けするのは、いつも残されたもの」

「あら、ずいぶんと詩的な表現ね」

「最近は図書館で本も読む」


 そういうシズを、ソリュシャンは後ろから抱きしめる。


「ソリュシャン。歩けない」


 シズはソリュシャンに抗議するが、無理に抜け出そうとはしない。


 そんなシズの行動に、ソリュシャンは思う。


 この感情というものに疎い妹が、いつしか去った創造主のことで悩まぬように。せめて、悩んだ時に少しでも手を差し伸べてやれるように、自分は近くにいようと。


 そんな時、食堂の方からある声が漏れ聞こえてきた。


「モモンガ様が新たな守護者を生み出されたそうよ」


 その言葉はNPC達の中にまるで湖面の波紋のように広がっていくのだった。 



  


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