第7話

「襲撃者が千五百名に増加いたしました。いかがいたしましょう」


 セバス・チャンは至高の御方々が監視画面に集中する合間に円卓の間を出る。そして素早くメッセージを起動し守護者統括のアルベドに報告を上げる。


「おもしろいわ。至高の御方々の敵とやらがどこまでやれるか。見てみるとしましょう」


 しかしアルベドは、笑みを浮かべながら受け答える。


――強者の余裕


――ナザリック、ひいては至高の御方々への信頼


 アルベドの姿にセバスはそのようなものを感じ取る。ゆえに一言告げるにとどまる。


「承知いたしました」


 セバスは満足し、本来の任務に戻っていく。対するアルベドは、素早く情報共有を行うと、まるで堰を切ったように笑い出す。なぜなら、増援も含め、どこまでもアルベドの予想通りだったのだから。そして答え合わせを楽しみにする子供のように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「さあ、至高の御方々。貴方様方の力の真髄を私達下僕に見せてくださいまし」


******


ナザリック地下大墳墓 第三層


 第一層、第二層に続き転移を中心とする各種罠とまるで狙いすましたように襲い来る低級アンデッドに、ナザリック襲撃イベント参加者の実に二割以上が犠牲になっていた。そして第三層も続くダンジョンに、参加者は辟易とした気分となっていたが、犠牲を出しながらも進むと、突然視界が開けた。


 そこには、断崖絶壁と巨大な吊橋。そして橋に纏わりつくように低級アンデッドのヴァンパイアバットやゴーストがウロウロしている。


「なあ、アレ」

「絶対、板が抜け落ちて奈落の底だよな」

「昔のRPGみたいにそのまま第四層の入り口ってオチはないか?」

「そんな楽しいことを考える連中なら、ここまでに二割以上の犠牲なんて出ないだろ」


 続々と迷宮区を出てきた襲撃参加プレイヤー達が、口々に感想をいう。まるで最初の犠牲者が出るのをまっているような口ぶりだ。いや正確には最初の挑戦者をまっているのだが、結果は同じであった。


「よっしゃ! 風雲○け○城所属 島田D逝きます!」


 そう言うと、一人のシーフ風プレイヤーが名乗りを上げる。周りも歓声を上げながら場を盛り上げる。


 そして最初のプレイヤーは複数の支援魔法を掛けつつ、クラウチングスタートを決める。その加速はさすがレベル一〇〇プレイヤー。なかなかのものであっという間に吊り橋の三分の一に差し掛かる。


 しかし、ここからが罠の本領発揮だった。


 ヴァンパイアバットやレイスが攻撃こそしないが視界の邪魔になるように、一斉に纏わりつく。もちろん、レベル一〇〇プレイヤーにはたとえ走っている速度そのままあたったとしてもダメージにもならない。しかし視界が限定されている中、いきなり足元の橋板が抜けたのだ。


 一つ目はその高い敏捷性でリカバリーし、次の板に足を掛ける。しかし、掛けた次の板がそのまま落下する。その時点で失敗を悟ったプレイヤーはフライの魔法を唱えるが、効果を発揮せず哀れ奈落の底に落ちていった。


 だが、遊び半分に参加したプレイヤー達は拍手喝采を上げる。


 そこからはまるでアトラクションに群がる一般客のように、次々と参加し奈落に落ちていく。しかし、落ちた橋板は戻らないため、しばらくすると残った橋板を連続ジャンプで飛び越えるアトラクションに早変わりしてしまった。


「なんと愚かな姿でありんしょう。こんな者たちが至高の御方々と同列などヘドがでる」


 もともと人間種に対し、食料としての価値しか認めていないシャルティアが、馬鹿騒ぎするプレイヤーをみて最初に抱いた感想が侮蔑であった。たしかにHPやMPを見る限り、至高の御方々レベル一〇〇に匹敵する存在ばかり。しかし、この兇行、こんな訳のわからぬ連中が、栄光あるナザリックに土足で踏み込んできた。なにより愛する創造主に対して弓を引こうとしている。


「戦闘がはじまれば、声を出しての指示は無理。だから先に命令をつたえるでありんす」


 シャルティアは控えるヴァンパイアブライド達に向き直る。


「最後の一人になるまで、敵を蹂躙せよ。命が尽きるまで」


 ヴァンパイアブライドは一斉に礼を取り、命令を受託する。


 その姿に満足したシャルティアは向き直り地下聖堂入り口をにらみつける。すでに扉の外には複数の気配がある。最初どのように仕掛けるべきか。何パターンか訓練している。どのパターンであっても、そのトリガーは全て一緒である。


「どうやら大きめのフロアか」

「襲撃に気をつけろよ」

「罠感知には反応ないが敵感知には反応あるな」


 そんな会話をしながらプレイヤーは武器を構え、警戒しながら踏み込む。相手はすでに敵がいることを認識しているので、警戒を怠らずに一人、また一人と崩れ落ちた巨大な礼拝堂に入ってくる。


 そして六人目が入った瞬間、強制的に扉が大きな音を立てて閉じる。


 その無駄に大きく響くバタンという音に、プレイヤーたちは反射的に扉に視線を向ける。


「(今)」


 シャルティアはそのタイミングで、羽ばたき最大加速を持ってプレイヤーに突撃する。シャルティアのメインウェポンはスポイトランス。名称の通り突撃槍の形状。加速からのチャージをしかけるのに最適な武器である。


 敵がいることを知っていたプレイヤーも、扉の閉まる大きな音に虚をつかれた。そしてシャルティアの突撃に気がついた時にはすでに目の前まで迫っており、盾役がカバーするよりも早く後方のプリーストにシャルティアのスポイトランスが突き刺さる。


「くそお」


 後方に直接攻撃を仕掛けて来た敵に対して前衛担当のプレイヤーが斬りかかる。しかしシャルティアはひらりと飛び上がって躱すと、再度チャージのために距離を取る。その行動をスキと判断したプレイヤーたちは一斉に遠距離魔法やスキルでシャルティアに追撃をしかける。もちろんシャルティアは多少の被弾を物ともせず加速する。


 だが、このタイミングで盾役に各種属性攻撃が、まるで波状攻撃のように降り注ぐ。


 盾役といえども、意識していない方向からの攻撃に対処することはできず、ほぼ全ての攻撃を受けてしまう。その中には弱点であった火属性も含まれていた。


「糞」


 盾を落とすようなことはしない。しかし炎属性を受けた瞬間リアクションをしてしまう。その些細な行動の違いを攻撃をしたヴァンパイアブライドはもとより、飛び回るシャルティアも見逃しはしない。ヴァンパイアブライドは支援攻撃を一斉に火属性に切り替える。シャルティアは、盾役がロクに動けないことをいいことに後方への攻撃を続ける。


「こいつらどんだけ優秀なAI積んでるんだ」

「しかもレベル一〇〇NPC集団かよ」


 実際にレベル一〇〇なのはシャルティアのみ。


 背後で援護に徹するヴァンパイア・ブライドに至っては八〇前後。下は六〇代さえいる。


 だが、遊び半分のプレイヤーとは勢いが違う。


 存在意義の証明


 いまこの瞬間に創造された喜びをかみしめるNPC達の気持ちがわからないプレイヤーたちは徐々に削られ、敗北を喫するのだった。

 

  

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