第22話〈門番と第四区画アンデレ〉



「ほーらつきましたよーユウキさん。生きてますー?」

「生きてるわよぉ……速度緩めるって言ったじゃない嘘つきぃ……」

「緩めましたー。スノウマーリンは罪の民みたいなくだらない嘘つきませんー」


エトワールの箒は、滑るように門の前で止まった。

いかめしい門番の横の金属板を見れば、『この先第四区画アンデレ これより先王族または上層市民の認可なき者の侵入を禁ず』と書かれている。……王城らしき建物はまだまだ遠い。

「ねえ、なんでこんな中途半端なところで止まっちゃうの?お城ってまだ先なんでしょ?」

エトワールのお仕着せを引いてそう聞けば、エトワールは呆れたような溜息を吐く。

「……本当に異種族差別と縁がないんですねあなた達。こんな堂々として髪染めもしない『人外種風情』が貴族や王族が暮らしてらっしゃるこの先に行かせて貰えると思います?しかも身元不明の、異世界人のお嬢ちゃんなんか連れて。王宮使用人の身分証はほら、一応ありますけど10歳の頃から勤め始めて8年いっちどもこれ見せても通してもらったことないです。門番って職のやつは揃いも揃って時間の浪費が趣味の馬鹿なんですかね?」

「王宮使用人」と刻印されたメダルのついたネックレスを私に見せながらそう吐き捨てたあと、エトワールは門番の岩みたいな顔を眺めながらちっと舌打ちした。

じろりとこちらを睨む門番に、エトワールも冷たい視線とおざなりなカーテシーを返す。


「こら、態度が悪いぞエトワール。俺達がしっかりしないと姫様の評判まで下げるだろう」

少し遅れて徒歩のラーミナが到着する。自分よりも身長の低いラーミナに叱られても、エトワールはどこ吹く風という顔だった。それを見てラーミナはこれだから高慢ちきなスノウマーリンはと首を振ると、私に向き直った。

「姫様達はもう少し遅れるみたいですね。馬では俺の通ってきたような近道やエトワールの通ってきた上空は通れませんから。……しかし、姫様とヒナコさんが付いているとはいえ、カルム様とビオスさんは大丈夫でしょうか……」

少し心配そうに後ろを振り返るラーミナに、私はえっあの日向子を戦力カウントしているの?と思わずそう言いかけてしまった。ラーミナは私達の魔法少女としての戦闘を目撃し、その力を認めてくれたのだろう。その言い方はちょっと失礼だ。対してカルムは剣の訓練を受けたとはいえまだまだ子供。ビオスに至っては完全にただの聖職者だ。博識そうには見えたが、戦えそうだとはとても思えない。あの二人に比べれば、魔法少女の力を手に入れた日向子は十分戦力になるだろう。

そう思考を巡らせているうちに、蹄の音が聞こえてくる。

いくつかの門を潜って、やっとここまで通してもらったのだろう。ヘーレーと深くフードを被ったカルムは、うんざりという顔を隠さなかった。

「ごめんね、遅くなっちゃった……今門番をどかしてきてあげるね」

ヘーレーは手綱を日向子に任せると、ひらりと軽い動作で下馬する。そして彼女の身分証(どうやら王族にも、そうだと示す証があるらしい。それが今彼女が見せている純金のブレスレットなのだろう)を見せながら、こんこんと異種族差別について門番を説教している。門番は面倒くさそうに、適当な相槌を返すだけだ。


やがて門番が面倒くさそうに、ギギギと重い音をさせて金属の扉を開く。

扉の奥には、ずらりと高そうな豪邸がてんとう虫の冬眠のようにひしめき合っていた。

今まで見えていた店や劇場はひとつも見えない。ただ金の臭いのぷんぷんする家ばかりが並んでいる。日向子も同じ感想を抱いたようで「お買い物とか大変そうですね」と首を傾げた。エトワールがそれを聞いて「お貴族様は買い物なんか私達みたいな使用人や奴隷にやらせるんですよ」と鼻を鳴らした。それをまた、ラーミナがたしなめる。


この奇妙な風景を、ヘーレーが眉を八の字に下げた表情で解説した。

「ここは第四区画アンデレ。中級貴族……世襲男爵と子爵、それから伯爵の邸宅がある区画だね。ちなみに前の第五区画フィリポは士爵から一代男爵までの下級貴族の邸宅があって、ここまでは商人も入れるからお店もあるんだ。それでここのひとつ上のヨハネには辺境伯と侯爵の邸宅、ふたつ上のヤコブには公爵の邸宅がある。それで、ヤコブの上の第一区画ペトロがアンネリヒト城がある場所だね。……ユウキ、わかった?大丈夫?」

「ごめん、ぜんぜんわかんない。城までクソ遠いってことしか」

正直にそう答えれば、ヘーレーはあははと苦笑する。仕方がない、シシャクとダンシャクとコウシャクが二回出てきた時点でなんかもうごっちゃになった。


「……まあ覚えなくてもいいよ。とりあえず貴族専用の住宅街だから門番もそれだけ融通が利かないってことだけ覚えておいて。」

私は彼女のお言葉に甘えて、それだけ覚えておくことにした。

ところで日向子は覚えられたのだろうか、と顔を覗けば、やっぱりぽわっとした顔のままだった。こいつも流石に一度じゃ覚えられなかったのかもしれない。黒めの安堵が胸に広がる。


「あ、ということはヴェロナ伯爵のお家もアンデレにあるんですか?」

あっ覚えてやがった畜生。分かってないのは私だけか。

「そうだね。ヴァローナ商会の商館は人通りの多いタダイ地区にあるけれど、ヴェロナ伯爵の邸宅はアンデレ地区にあったはずだ。ノワール石材でできた綺麗な建物だよ。」

ノワール石材……見るからに黒そうな名前だ。元の世界で聞いたことは無いけれど、きっと黒くて綺麗な石なのだろう。そう思いながら足を進めれば、それらしき家はすぐに見つかった。まるで夜を塗料に使ったような、美しい艶を持つ黒い屋敷だ。見上げれば大きな窓に明かりが付き、そこから誰かが見下ろしている。顔は逆光になってよく見えないが……それは小柄な少女のようにも見えた。ヴェロナ伯爵家の使用人だろうか。

「ねえ、だれかいるみたいだけど……今訪ねて行っちゃいけないの?」

素通りしようとするヘーレーの袖を引きながらそう問えばヘーレーは一瞬だけ眉を顰め、それから小さな子をたしなめる様な微笑になってこう言った。

「ああ。貴人の邸宅を手紙も出さずに急に、それも3人以上の人数で訪ねて行くのは、アンネリヒト王国ではとっても失礼なことでね。人命などが係った重大な用事でなければ避けなければいけない行為だ。」

「あんたは王族で、あっちは伯爵なのに?」

「王族だからこそさ。特に、変革を志す王族はね。例えばほら、くちゃくちゃ音を立てて物を食べる人の説教を、真面目に聞く気にはなれないだろう?それとおんなじ。他人を従える立場の者は、誰よりも礼儀正しくいなくちゃね」

立派な志ですねと頷くビオスの後ろで、なるほどと納得する。彼女は頭の悪い私にもしっかり理解できるように努めてくれる。学校の先生とか向いてそうだな、とお姫様に対してちょっと失礼かなと思う感想を抱いた。


「では、舞踏会を待つしかないんですね。舞踏会っていつなんですか?」

日向子が問う。ヘーレーが答える前に、正体隠しのフードを被ったままのカルムがぽつりと口を開いた。

「……一週間後。エルヴェ王子の誕生パーティなら、一週間後の12月8日でしょ。僕たちも、国が滅ぶまでは招待されてたから知ってる」

そうしてまた、カルムは俯いてしまう。そういえば忘れかけていたけれど、元々王子様なんだっけ……それが今や、ぼろぼろのマントに身を包んで、正体を隠しながら歩かなければいけないのだ。その苦痛や惨めさは、どんなに激しく彼の身を焼いてきたことだろう。幼い子供の受けたその仕打ちに思いを馳せ、一同重く黙り込む。


「うふふ、日にちを覚えちゃうくらい、毎年楽しみだったんですね。」

しかし、すっかりそんな神経の死滅している日向子は構わず口を開く。

突然口を挟んで微妙な空気にするのが得意な日向子。また彼女の得意技が出てしまったと恐る恐るカルムに視線を向けてみれば────フードの奥で、彼は夕暮れ色の目を大きく見開いていた。……そして、まるで探していた眼鏡が自分の頭にあった人のように笑いだす。


「ふふ、ふふふ……そうだね。スイエド兄様やアウラ兄様、父上や母上と行ったアンネリヒトの舞踏会は……エルヴェ王子の誕生日パーティーは……すごく、すごく、楽しかったんだ。皆、みんな。祝いの空気に満ちていて、嬉しそうだったから……」

カルムは思い出を掴みなおすように、フードのふちをぎゅっと握る。

確かな足取りで進む彼に従うように、少し重くなった空気はまた柔らかくなりはじめる。

……今回ばかりは、日向子の無神経さに救われたようだ。

私達はまた笑いながら、アンネリヒトの王城を目指す。

お城までは、まだまだ遠い。こんなところで、重たい空気になっている暇は無いのだ。


「さあ、さっさと行きましょ。あたし早く、どっかに腰を下ろしたいわ……」

冗談めかしてそうぼやきながら、先に進む。


私達が目指しているのは、この国の王がいるところ。

ヘーレーが、奪わなければいけないと決意する玉座。

ヘーレーが不満を零した、悪意渦巻く舞踏会。

……そして、カルムの在りし日の思い出と、それを破壊した者がいるかもいれないダンスホール。


一歩、また一歩進む。

残る門はあとみっつ。あとふたつの区画を超えたら、到着だ。


私には、ヴァローナ商会以外にも気になる事があった。

それは王族や貴族、人間を、そしてそれ以外を支配し搾取する人々のこと。

舞踏会には、彼らもたっぷりと来るのだろう。



彼等は一体────どんな人間なのだろう?

テナシーの言う『数多の血と死と嘆きの上に積みあげられた平和』を貪る人たちは、一体どんな顔をしているのだろう……。

私はそれがなんだか、無性に知りたくてたまらなかった。



《23話に続く》



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