テスカトリポカ

若宮 夢路

第1話 ブラック企業

私は煙石 鏡介えんせき きょうすけ。日本でブラック企業勤めだった。今はカザフスタンにいる。そして銃を手にしてる。そして片言のロシア語を話す。つい1年前はこんな事になるなんて考えてもいなかった。もっとこう最良の道があったのかもしれない。


2027年5月20日 午後12時21分 日本 東京

 今日は昔から親友だった天香まかと一緒にランチをしに喫茶店に入ってる。先週は休みが全く無かったので日曜日だけでも休めて本当に良かった。

「きょう君、目の下のクマ 本当にひどいね」

「そんなことないよ」

そうは言ったものの昨日は仕事が早く終わってその日のうちに帰れたのに一睡もできていない。睡眠障害といったものだろうか。

「体の調子が悪いときは病院いったほうがいいよ」

「いいよ、医療費どんどん高くなっていくし、それに俺忙しいじゃん」

「その忙しさが原因じゃないの」

そう言われて俺はつい黙り込んでしまった。

「会社、つらいなら辞めてもいいと思うよ」

「出来たらとっくにやめてるよ……」

俺の勤めてる会社『風神社』は大企業では無いが中小企業の中ではまあまあ大きい方の会社だ。だがしかしブラック企業だ。土曜日出勤は当たり前だし、残業は終電が無くなるまで続くことがある。会社説明会ではいい印象を持ったのだが。

「出来たらって、やめるだけじゃん」

「だからやめられないんだって!」

辞めれるなら辞めてる。でも辞められない理由がある。

「ごめん………」

天香は申し訳なさそうにこちらを見ている。

癒着ゆちゃくしてるんだ 警察と」

3年前、国の人事院規則が改訂され公務員は安定した職業から安月給でなおかつそれに抗議できない存在となった。警察官も例外ではなかった。日本の警察組織は崩壊、暴力団と癒着するものも現れた。

「癒着って、きょう君の会社って普通の会社じゃないの」

「表向きは普通の会社だよ」

「でも、裏で暴力団とつながってる。そして暴力団を通じて警察ともつながってる」

だがこれは通常の社員は知らない事だ。なぜ知ってるかといえば、

「そしてその暴力団と金銭のやり取りを仲介するのが俺の役割ってこと」

「だからやめられないの?」

俺は仲介役だから、辞められない。もし辞めたら癒着の情報が漏れる可能性もある。会社も暴力団もそして警察の奴らもそれを何としても防ぎたいはずだ。

「きょう君何でそんなことしだしたの!?」

「何でって最初は普通の商談か何かかと思ったんだ」

「でも相手がヤクザで、こんなことになって」

その後、店を出た後、天香は家に帰ると言って別れた。一人家に帰ってると、電気屋のテレビで新しい警視総監が就任したことを知った。その警視総監の記者会見を見ていると、こいつも暴力団と癒着してるのかなと思い空恐ろしい気持ちになった。

俺はその電気屋に入って行ってボイスレコーダーを購入した。小型のUSBメモリーの形をしているものだ。これならボイスレコーダーが見つかる心配は無い。これで暴力団との会話を録音すれば俺の上司を脅して会社を辞めさせて貰えるかもしれない。いや、会社を脅せるかもしれない。


同年同月21日 午前7時2分 同所

 「煙石君、今日も御接待お願い。場所はいつものところね」

俺が資料の作成をしていると部長が来ての指示を出してきた。つまり暴力団に金を渡してこいってことだ。

そして俺はズボンのポケットに昨日の《《USBメモリー》を入れると部長にラップに包まれた札束5セットを渡され、暴力団の事務所に行くように命令された。

「全部で五百万だ。そして今日はその上の人もいるから挨拶お願い」

その上の人とは警察関係者の事だ。俺は金をカバンの奥にしまうと急ぐように社の車に乗って事務所に向かった。


俺は事務所に車が近づいたところでUSBメモリーのスイッチを入れた。内臓の小型ライトが赤く光ったかと思うと5秒くらいして光が消えた。そしてそのまま駐車場に車を止めると駐車場の隣の事務所に歩いた。事務所は普通の住宅と同じ見た目だが、所々に監視カメラがついていて普通の住宅には見えなかった。玄関では組の人が出迎えてくれて中へいつものように通された。

いつものように応接間に案内られると目の前のソファーには組長の篠田が座っていた。今日は上下白のスーツを着ていて坊主頭に丸いサングラスをかけている。

「篠田さんこんにちは。お金の方持ってきました」

俺はそう言うとカバンの奥から札束5つをごそっと出すと篠田の前にある低めの机に丁寧に置いた。篠田の後ろにいた初老の組員が札束を持ってアタッシュケースに移し返そうとしていた。

すると組員の一人がノックをして部屋に入ってきて、彼はそのまま篠田に何か耳打ちをした。

「風神社さんにはお世話になっとるからの、今日は紹介したい人がおるねん」

そう篠田がいうと後ろの部屋からノックをせずに誰か入ってきた。その人は白いストライプの入った黒いスーツを着ていて、模様のついった赤いネクタイをしていた。そしてどこかで見たことのある人だった。

「やあ、篠田久しぶりだな」

「佐々木こそずいぶん偉くなっちゃての」

「風神社の兄ちゃん、佐々木さんだ。警察関係の方でな」

彼は組長の隣にあったソファーに座ると何やら楽しく話し出した。

「佐々木、今は仕事の話は無しだ、兄ちゃんがおるからの」

篠田がそう言うと佐々木と呼ばれていた人物が俺の顔を見た。その時俺ははっとした。この佐々木という人物間違えない。昨日テレビで見た警視総監に違いない。背中にぐっと寒気が昇ってきて額にじっと汗がにじんだ。そしてとっさにUSBメモリーの入っていたズボンのポケットをぎゅっと握ってしまった。

すると例の警視総監がすっと視線を握っているズボンに下ろしてきた、俺は急いでズボンから手を放したが、彼はゆっくりとソファーから腰を上げると俺に近づいてきてじっと目を睨みつけられた。俺は一瞬体が固まってしまった。私が固まってる間、彼はさっと私のズボンの中に手を入れるとUSBメモリーを強引にポケットから引き抜いた。

「佐々木さん、そ、それは……」

ああ死んだ、俺はそう思った。

「なんだUSBか、ナイフでも隠し持ってるのかと思ったよ」

「ははっ 佐々木、堅気の人間にその冗談は通じへんやろ」

篠田が笑うと佐々木は持っているUSBメモリーを俺に手渡して、俺の目を見て異様なまで左の口角を引きずらせ、薄く笑った。その瞬間、俺は腰から、ぐっと力が抜けて危うく倒れそうになってしまった。

俺は手汗でぬれてしまっているUSBメモリーをポケットにしまった。腕が引きつっていて思うように入らなかった。

「それじゃ、僕はこれで」

今すぐにでも立ち去りたい気持ちを押し殺して、俺は深くお辞儀をして部屋を出ようとした。

「待て!」

二人に背を向けようとした瞬間に佐々木に声をかけられた。そんなに強くない口調だが俺にはそれが死の宣告の様に聞こえた。

「これを君の上司に」

そういうと汗だくの私の手に少し分厚くなった封筒を渡してきた。

「分かりました。必ず届けます」

そういうと俺はさっきより少し浅めにお辞儀をすると部屋を出て行った。組員の男に案内され事務所の玄関を出たとき、私は悪夢から覚めた直前のような気持ちでそそくさと車に乗って会社へと急いだ。いつもなら少しでも居たくない会社に今すぐにでも戻りたくなったのはこれが初めてだ。


会社に戻っても俺の緊張は一向に抜けなく、14時になって退社するまで足がガタついていた、部長は俺に気合が入っていて良いと言っていたが、つくづく人の気持ちがわからない奴だと思った。しかし駅を降りて家に帰るまでの道のりを歩いていたころには少し気も楽になった。俺は道の先に自分の住んでるアパートが見えると安どのため息をした。例の佐々木とかいう警視総監だって別に俺のことを怪しんでいなかったから大丈夫だろう。


さっと前を向いて頭を上げたその瞬間、真夜中の街には不自然なほどの閃光がはしった。そしてその閃光が何とわかる前に耳に大きな釘が刺さったような轟音が響いた。驚いた俺はしりもちをついてしまった。アスファルトが少し手に刺さっていたがその時は痛みを感じなかっただけじゃなく気づきもしなかった。なぜなら目の前で自分の住んでたアパートが爆発して破片がそこら中に散らばり残ったアパートのがれきが、ごうごうと燃え盛っているのだから。

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