第52話 フェリスの願い⑥

 敵意を感知することを、他人にイメージしてもらうのは難しい。

 あたしは『暗闇の中に光が見える感じ。光がどのくらい遠くにあるのか、どのくらい強いのか、どのくらいの数があるのか分かる』とヨルズに教えている。


 あれはそもそも光なんかじゃない。

 あたしたちを滅ぼそうとする悪意だ。

 目を瞑らなくても『獅子の瞳』を持つものにはそれが


 きっと、50年前の帝都包囲戦でも……おばあちゃんはのだろう。

 幾百、幾千、幾万と大地を埋め尽くす悪意を。

 自分の国を滅ぼそうとしている連中のギラついた意志を。

 それを前に何を思ったのだろう。

 あたしの10000倍くらいのプレッシャーを感じたのかもしれない。


(それから比べれば)


 大したことはない。

 そう言い聞かせて手の震えを押さえる。

 あの赤い奴は、これまで感知したどんな悪意よりも大きい。


「10時の方向! 距離2000!」

「了解」


 縦に2つ並んだタンデムシートの前方に座り、あたしは声を上げる。

 後ろには操縦桿を握ったヨルズがいる。


 あたしとヨルズの乗る『ナイン・トゥエルヴ』は、電素探知機に反応しない。

 装甲そのものが電素を反射しない素材で形成されているため、相手の索敵に引っかからないのだ

 セラミックに樹脂を溶かして焼き上げたそれは、金属以上の強度を持ちながら非常に軽量である。

 ただし材質の表面に空孔が多いため塗装できず、剥き出しとなった艶消しの黒色をしていた。

 加えて『彼ら』の技術結晶であるため、帝国が失われた今となっては入手も不可能である。


 そんな不可視の機械巨人ギアハルクだ。

 こちらから攻撃するなら完璧な奇襲を仕掛けることができる。

 だが、カラカスの街から湖へと続く起伏のある痩せた土地に隠れる場所なんて殆どない。

 ここで電素探知機に映らないというメリットを活かせないのだ。


『見つけたよぉ』


 パグリック回線から通信が入る。

 あたしには聞き覚えがあった。間違いなく『オンスロート』のパイロット。

 ヨルズの故郷を焼いた三本腕の赤い機械巨人ギアハルク

 その枯れた声を聞いた瞬間、ヨルズからは殺気が立ち昇る。


「周囲に他の機影は無し! 思いっきりやっちゃって!」

「応よ!」


 殲滅光砲アニヒレイターすら弾く『ナイン・トゥエルヴ』の無敵のバリアは、同時に『ナイン・トゥエルヴ』自身が一切の探知機能や飛び道具を使えないという欠点になっている。

 だからあたしの『獅子の瞳』は目の代わりとなるのだ。

 そのためにコックピットに座っている。


 前方に向かって『ナイン・トゥエルヴ』が地を蹴った。

 目視できた敵機の武装は両手ともライフルである。


「ST8が2丁。流石に殲滅光砲アニヒレイターは携行してこなかったか。追撃戦での取り回しを重視したわけだ」


 振り返るとヨルズは笑っている。

 自らを奮い立たせているのだろう。

 緊張感で空気が重たくなる。距離が縮まり、『オンスロート』は走りながら斉射してくる。


 大盾を前に突き出した『ナイン・トゥエルヴ』に弾丸は届かない。

 それでも向こうは構わないと言わんばかりにトリガーを引き続けている。

 射線の角度が徐々に直角から浅くなっていく。

 やがて金属が弾ける音が止まったかと思うと、屈折水晶のどこにも敵の姿が無い。


「7時の方向!」


 例えディスプレイに映っていなくても、あたしには視える。

 ヨルズは機体を転身させて一気に駆けた。

 茶色い地面の窪みに伏せた赤い色を逃しはしない。


 すぐにその場を放棄して『オンスロート』が弾幕を張りながら下がる。

 接近戦に持ち込めば、こちらの方が有利だ。

 相手は遠距離武器しか持っていない。


『おかしいねぇ。動きにキレが無い。もしかして、美人のお姉ちゃんから別のパイロットに乗り換えたのかなぁ?』


 鋭い。なんて奴だ。

 ちょっとこっちの動きを観察しただけでパイロットが交代したことを見抜いている。

 小さな動揺がコックピットの中に走った。

 敵はそれすらも察知したらしい。


『ターミナルから逃げるときはもっとこう……人間っぽい動きだったねぇ。操縦系ごと別のシステムを使っているみたいに。今はなんていうかさぁ』


 距離100。

 お互いの巨躯は目視できている。


 それまで後退していた『オンスロート』はスイッチを切り替えたかのように前に出てくる。

 両手はライフルを握ったままだ。


 ヨルズは右手のランスで突きを繰り出し、胸部を狙う。

 しかし、敵は半身でアッサリとそれをかわした。

 それどころかライフルのグリップでこちらの右肘関節を殴り付け、体勢を崩しにかかる。


 一瞬、右アームが元に位置に戻るのが遅れた。

 ヨルズは咄嗟にランスで横に薙ぎ払い、『オンスロート』への牽制する。

 だがこれもまた銃身で受け止めてきた。

 射撃武器を器用に扱う様に、ヨルズもあたしも驚きを隠せない。


『遅いなぁ。なんだか舐められてるよねぇ。わざわざ呼び出したくせに、さっきより弱くなってるねぇ』


 悔しくて奥歯を噛み締めてしまった。

 あたしは1度、こいつとラインヒルデが戦うところを同じ席で見ている。


 だから嫌でも分かってしまう。

 技量を比べれば、ヨルズよりもラインヒルデの方が圧倒的に上だ。


(これが愚かしい行為だなんて、とうに知っている!)


 全部承知して、呑み込んで、ここまで来ている。

 こいつを殺すだけなら容易かった。

 院長先生の情報力で身元まで割れているのだから、暗殺者を仕向ければいい。

 けれどそうしなかったのには理由がある。


 パイロットだけじゃない。

 故郷を焼いた忌むべき敵である。

 だから一緒に倒さねばならない。

 そのためにここまでお膳立てしてもらった。


「舐めてないさ。まだ全力を出してないだけだ」

『あ~…… 聞き覚えのある声だ。ヨルズ君かぁ』


 回線の向こうで、相手が落胆したのが伝わってきた。

 どこまでもムカつく奴である。

 2機の機械巨人ギアハルクは互いの得物に力を込めて押しあったままだ。


『おじさん、あの美人のお姉ちゃんと話がしたかったなぁ』

「すぐに黙らせてやる」


 シリンダの力はほぼ互角。

 こうなったらどこかで『引く』のがセオリーだ。

 体勢を崩して一撃を加える。ヨルズはそういった駆け引きが上手い。


『そんなにおじさんのことが憎いのかねぇ』

「自分の胸に手を当ててみろよ」

『はははっ、残念ながらポッカリと穴が開いてるんだよぉ』

「クズが」

『お互い様だろぉ?』


 ランスとライフルの鍔迫り合いは続く。

 時間をかけてはいけない。怪我を負っているヨルズは集中力が持たないだろう。

 最初から短期決戦をする腹積もりだ。


 屈折水晶に映る赤い機体が放つ圧力が徐々に大きくなっている。

 それは天へと伸び、『ナイン・トゥエルヴ』に覆いかぶさってきた。

 瞬間、あたしの『獅子の瞳』は鋭い悪意を捉えて背筋が冷える。

 

 こいつは殲滅光砲アニヒレイターを持ってこなかった。

 あんなサイズの武器を持ったまま走ることができないからだろう。


 ではは何をしている?

 

 ラインヒルデと戦ったとき、こいつは3つの腕すべてに火器を持っていた。

 今は――


「ヨルズ! 上!」


 咄嗟に叫び、『ナイン・トゥエルヴ』の十字のカメラアイが上天へと向く。

 まるでサソリの尾のように……『オンスロート』の背中から第3の腕が伸びていた。

 その不格好な指の間に編組合金のナイフを握り込んでいる!


『カンがいいねぇ』

「くそっ!!」


 目の前に集中し過ぎていた!

 こいつは最初からのだ!

 密着した状態からの不意打ちを!


 振り下ろされた一撃を完璧に避けることは、ヨルズでも無理だった。

 コックピットへの直撃こそ免れたものの、ナイフの先端が『ナイン・トゥエルヴ』の左肩の付け根へと刺さる。

 装甲と装甲の間を狙った一撃で耳障りな金属音が響き、続いてアラートが鳴った。

 左腕の油圧表示灯が消えて減圧を示す。

 吹き出したオイルジェルは自動で流路が閉鎖されてすぐに止まった。


『避けられるとは思っていなかったねぇ。いやぁ、誤算だったよぉ』


 駆け引きに負けて左腕が斬り落とされる。

 一緒に防御用の大盾も失った。

 姿勢も崩れ、片膝をついている。

 ライフルの銃口がコックピットハッチに押し当てられた。


『でも、これで終わりだねぇ』


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