第49話 ミレイの憂鬱⑥
最悪である。
鉄道を封鎖されてカラカスの街から出ることができない。
正確には『オンスロート』と『ストロングホールド』他の装備を見捨てれば人員だけ逃げられそうだが、そんなことをしたら職務放棄でどんな罰を喰らうか分かったものではない。
共和国軍の滞在施設はプラカードを掲げた市民に囲まれ、その市民を押しとどめるための自治軍に囲まれている。
四輪駆動の軍用車両だけではない。自治軍の
武装は編組合金ナイフとシールドのみで火器の類は持っていない。あくまで見掛け倒しに留めているのが自治都市らしい配慮だ。
ここが共和国軍の領地であれば、薄っぺらなプラカードごと70ミリの弾丸で市民をブチ抜いているだろう。
事の発端は『コード912』がカラカス側に流出し、我らケルベロス部隊が『ナイン・トゥエルヴ』を運び込んだのが露見したこと。
そこから一気に火が付いたように情報が拡散し、市民までもが反感を露わにしてデモ行進まで始めてしまった。
平和がどうとか、条例がどうとか、アクビが出そうなことばかり連呼している。
一部が暴徒化して施設への突入を試みたが、流石に自治軍が止めていた。
本音ではデモ隊を私たちに撃たせて、それを口実に踏み込みたいのだろう。
(精神が擦り減る……)
私はターミナルの建屋の3階から周囲を見下ろし、特大の溜息をついた。
もともと自治都市は共和国に対して友好的ではない。
鹵獲した『ナイン・トゥエルヴ』を隠蔽していたことで相当に印象を悪くしてしまったようだ。
それもこれも、共和国軍の上層部が揉めに揉めて『ナイン・トゥエルヴ』の受け入れ先を決められずに時間ばかりが過ぎたせいである。
ようやく調整がつき、来週には移送できると思ったらこの有様だ。
(それにしてもタイミングが悪い。まるでケルベロス部隊の足止めでも狙ったかのような情報流出だな)
誇大妄想だ。馬鹿馬鹿しい。
軍の汚れ役である我々には価値が無い。
いざとなったら上の連中は躊躇無く切り捨てるだろう。
価値があるのは『ナイン・トゥエルヴ』の方だ。
隊長殿によると、今は共和国とカラカスの間で話し合いの場が持たれているらしい。
自治都市が強硬策に出て『ナイン・トゥエルヴ』を奪ったところで、技術的に活かせるとも思えなかった。
やるとすれば破壊をチラつかせての交渉だろう。
ケルベロス部隊を制圧した後ならばいくらでも手はある。
『いいねぇ。自治軍相手に大立ち回りかぁ〜』
呑気そうに笑う隊長殿の顔が目に浮かぶ。
敵地の真ん中で退路も無しに戦うなんて、私は御免だ。
それでもやるというならば……
(隊長殿を置いて逃げるわけにもいかないか)
妙な覚悟と意地で愛機の『ストロングホールド』に目を遣る。
まだ明るい空の下で、派手に青く塗られた躯体が膝を突いている。
メンテナンスは完了しているが周囲には足場が組まれたままだ。
その足場の上に、マント姿の見慣れぬ影が突っ立っている。
(あれは誰だ?)
整備兵には外へ出ないように厳命してある筈だ。
共和国軍が使用しているターミナルの敷地内だから駅員も入れない。
赤茶けた線路と、埃っぽい地面は街の外へと伸びている。
その途中を遮るように『フォージド・コロッサス2』が突っ立っていた。
冷や汗が背中を流れる。
不意に、私はそいつと目が合った。
フードの下に真紅の瞳がポツンと浮き、針金みたいな色の髪がのぞいた。
(侵入者!)
そいつが自治軍の手の者なのかは分からない。
しかし放っておくわけにはいかなかった。
『ストロングホールド』のハッチにはロックがかかっている。
奪おうとしても無駄だ。
並ぶ『オンスロート』も右に同じである。
強化繊維のカバーで覆われた『ナイン・トゥエルヴ』は、シートを剥がさなければコックピットへアクセスできない。
ただし、調整作業のためハッチは解放したままだ。
残るは大破して部品を取り外したヨルズ・レイ・ノーランドの乗っていた『ナイン・タイタン』だが、あれはもうスクラップ同然である。
穴だらけで腕が捥げ、脚部は完全に分解されており、コックピットはトーチで焼き切られて仰向けに転がしてあった。
動くわけもない。
動くわけもないのに……その侵入者はあろうことか、足場から飛び降りて『ナイン・タイタン』の方へと走る。
私は壁にかけてあった電話から内線を通じて、待機中の兵に命令を下した。
残念ながら隊長殿は会議中である。
すぐに現場へライフルを持った数人が駆け付けたが、それと同時に倒れていた『ナイン・タイタン』の左腕が持ち上がる。
「バカな!?」
誰も乗っていない。
シリンダーに穴が空いて油圧も確保できない。
なのにどうして動く!?
全く意味不明な現象に、思考が止まってしまった。
勇んで飛び出した兵士たちも同じ状態なのだろう。
遠目に呆然としているのが分かる。
侵入者は、手首から先が異様に伸びていた。
オイルみたいな琥珀色をした端部は『ナイン・タイタン』のコックピット内へと吸い込まれている。
緑色の巨人は、ゾンビのように蠢いたかと思うと何トンもある拳を兵士たちの前に振り下ろした。
鉄塊の落ちる音と共に砂埃が巻き起こる。
そこでようやく、私は思い至る。
あの侵入者が何らかの特殊な技術を使って『ナイン・タイタン』を動かしているのだ!
緻密な動作から程遠いものの、生身の兵士にとってはたまったものではない。
(
グズグズしている暇は無い。
外階段へ飛び出し、一気に駆け下りた私は愛機の元へと向かう。
そこに遮るように上体を起こす『ナイン・タイタン』に怯むわけにはいかない。
だが、こちらの目論見を察知したのか侵入者の視線が私の方へ向く。
鈍間な『ナイン・タイタン』の一撃を潜り抜けるくらいなら、なんとかなるかもしれない。
突破さえしてしまえば脚の無い
またも振り下ろしてきた拳に向かって、恐怖を必死に呑み込んで私は走る。
鈍重な攻撃の音は背中の方から聞こえてきた。砂の礫が髪に当たるが、払い除ける暇など無い。
目論見通りに走り抜けたのだ!
(私の愛機……『オンスロート』のコックピットへ!)
ハッチのロックの解除方法は当然、知っている。
登場を素早く行う訓練も受けていた。
こちらの動きに気付いてくれた兵たちは、侵入者に向けて発砲をして援護してくれる。
その隙を突いたつもりだったが、頭上が真っ暗になった。
「えっ……」
幕が落ちてくる。
これは、『ナイン・トゥエルヴ』を隠していた強化繊維シートだ。
両腕だけで上体を起こした『ナイン・タイタン』が引っ張って落としたのだ。
いくら布とはいえサイズが途方もなく大きいため、かなりの重量がある。
そんなものの下敷きになってはひとたまりもない。
(間に合え……!!)
私は勢いを殺さず、地面を蹴って前方へ飛ぶ。
その僅か数メートル後ろで強化繊維シートは落下して小山を作った。
嫌な汗が流れて見上げると、侵入者もマントを脱ぎ捨てている。
若い女だった。銀色の髪に紅い目、褐色の肌。
水着みたいに露出の高い格好をしているがどんな意味があるのか?
そいつは『ナイン・タイタン』の肩を蹴り、高く跳躍したかと思うと指先から琥珀色の糸を伸ばす。
糸はシートが外れて露わになった『ナイン・トゥエルヴ』のコックピットハッチに絡み付き、侵入者の身体を引き寄せた。
曲芸が過ぎている。
サーカスの空中ブランコでも見ている気分になって目眩がした。
(だが、その機体は制御システムが故障していて動かない!)
私も整備兵と一緒に何度もチェックした。
鹵獲した後、伝説の黒い
侵入者が乗り込むと紅い十字輝のカメラアイが輝き、熱交換器のファンが回る音が辺りに響く。
シリンダーの収縮と電素の弾ける臭いも重なり、蒼褪めてしまった。
アッサリ起動したのである。
あれほど私がテストしても、全く動かなかったというのいに。
(止める! 止めなければ!)
直立不動の黒い騎士を前に、私はこいつを逃がさない方法を考えようと必死に頭を巡らせた。
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