第24話 ミレイの憂鬱①

 自由都市という名目を与えられた地方自治体は独自の政治制度を持ち、共和国軍が在中していない。

 大陸統一を成し遂げたものの治世とは程遠い現状、こうする以外に国の体裁を保つ方法は無かった。


 おかげで権力は分散し、各地の有力者たちの声ばかりが大きくて黙らせるのに苦労する。

 そんな情けない上の連中の尻拭いをするのが、私の主な任務である。

 あとは隊長殿のお守りだ。


 鉄道の街『カラカス』にあるターミナルへと運び込まれた物資は全て軍のもので、一時的に施設ごと接収している。

 これから鉄道網を使った作戦が展開されるのだ。


「いやぁ、待ってみるモンだねぇ」


 腕組みをして現場を眺める隊長殿は上機嫌である。

 鉄粉の臭いと電素が空気を焦がす臭いが混ざって、鼻の粘膜が刺激された。

 クシャミを我慢して息を止め、形式ばった直立の姿勢で隊長殿の横に並ぶ。

 私は自分でも気に入っている赤い髪を搔き上げ、澄ました顔をしてみる。

 だが隊長殿のリアクションは無い。期待していなかったので仕方ないか。


(鈍い……)


 電素列車は既に準備が整っており、貨車には2体の機械巨人ギアハルクが積まれていた。

 襲撃が想定されるので片膝をついた体勢である。

 鉄道網は各地の民間会社と自治体が管理していて、軍はそれを余すことなく利用していた。


 兵器の運搬には専用車両が駆り出されるが機械巨人ギアハルクは戦争用というより暴徒鎮圧用だ。または兵器ではなく土木作業用として使用されることが多い。

 隊長殿が「待ってみるモンだ」と言ったのは、今回の任務は戦闘行為が発生する可能性があったからだ。


(すぐにモルビディオ廃坑へ向かえ……だなんて)


 レールの側で鎮座している巨躯は赤い方が『オンスロート』で、青い方が『ストロングホールド』という名前を付けられている。

 共和国で用意できる中でも筋金入りの中古品ではあるが、堅牢な装甲を持ち体積力率(これは搭載されるシリンダーの大きさに対する出力を表す)に優れている。


 モジュール設計を徹底した機械巨人ギアハルクには珍しく、この2機は帝国の系譜である『タイタン系』でも共和国の系譜である『コロッサス系』でもない。

 ようは何かしらダメな部分があって正式採用を逃がし、統一規格の部品でないものを多用している。そのせいで壊れたときには面倒だった。


 もっとも、機械巨人ギアハルクなどここ数十年でこれといって目ざとい進化は遂げていない。

 基礎的な構造部分は変わらずにいる。細々とした改修はされても最前線の兵器でないのだから仕方ない。

 今は殲滅光砲アニヒレーターをチラつかせて睨み合う時代だ。

 それも大陸では共和国が覇権を握っているのだから敵らしい敵は存在しない。もちろん、ゲリラなどの危険因子はいる。


(この機体もいい加減、新しいのに変えてほしいけど)


 どちらも兵装と色以外は同じ外見をしていて、やたらと角張ったフォルムで古臭いデザインだ。

 関節部やハッチの機構から見積もっても20年近く前に設計されたものだと読み取れる。


 『オンスロート』はバックパック周りが特に重厚で、直立した際にバランスに悪影響が出るのではないかと思えた。

 外装色も派手で、血で染めたように真っ赤だ。野蛮なアリーナで見世物として戦う機械巨人ギアハルクならともかく、屋外での作戦行動を行うには目立ち過ぎる。


「なんで真っ赤なんだろ? バカみたい……とか考えてるでしょ、ミレイちゃん」

「バカみたいとは思っていません」


 50歳近い男性の思考回路など私には想像することしかできないが、隊長殿は私にだけ『ちゃん付け』をしてくる。

 親しみを込めているつもりなのだろうが部下との接し方としては悪手だ。

 おまけにランニング姿で締まりが無い。

 年の割に筋骨隆々としていて、傷だらけであることからも分かる通りずっと前線で活躍してきた猛者だ。


 ざんばらに切った黒髪と焼けた肌に彫りの深い顔……落ち着いた雰囲気は皆無で肉食獣のような人だ。

 軍内部では『ゲリラ殺し』という渾名で呼ばれ、どこまでいっても現場向きで出世コースからは程遠い人でもある。


「若い女の子の考え、おじさんには分からないなぁ」

「言うほど若くないですよ、私」


 言ってて悲しくなるが事実だ。軍属になってから既に8年が経っている。

 ベテランの域に片足を踏み込みつつも、これといった武勲も無く低空飛行を続けていた。


 つまりは、職務に忠実ではないがヤル気無しでもないという半端なコンビが私たち『ケルベロス部隊』である。

 名前の由来は『ケル』が3という意味であり、『べロス』が首や腕(つまりは何かを支える部位)という意味の造語だ。


 どちらも共和国の古語である。

 三つ首と言いつつも人数はずっと多いが、機士は私と隊長殿の2人だけ。

 20年近くも隊長殿はここに所属しているらしい。

 『オンスロート』を愛機にしたのも当時からだという。

 これは異例と言わざるを得ない。ボロボロの試作機しか任せられないという意味なら、上層部から嫌な仕打ちを受けているに違いなかった。


 ここへ私が配属されたのは5年も前である。隊長殿との付き合いも長い。

 任された『ストロングホールド』はクセの強い機械巨人で未だに操作に悪戦苦闘していた。

 ならず者どもの左遷先として有名らしく『ケルベロス部隊』に入れられたら昇進は望めなくなるという。

 生活さえ成り立てばいいと半ば諦めている人生とはいえ、誰からも期待されないというのは悲しいものだ。

 それにも関わらず、緊急の連絡が入って出動と相成った。


「それで、何ですか『コード912』って?」

「ん? あぁ、ミレイちゃんは知らないか。心配性の老人たちが安心して眠るための魔法の言葉さ」

「すいません、もっと具体的にお願いします」

「少しくらいおじさんの洒落た言い回しに付き合ってくれてもいいんじゃない?」

「……それはどんな魔法なんですか?」


 付き合ってやる自分もどうかと思う。

 しかし、隊長殿を無碍にするのは得策ではない。

 腕だけは確かなので、いざ戦闘になったとき助けてもらうこともあるだろう。

 流石に愛想笑いばかりは浮かべていられないが、円滑なコミュニケーションを心がけておく。


 それに魔法という言葉に引っ掛かる。

 外見からもわかるようにそんなにメルヘンな人ではない。

 不似合いな台詞に違和感を覚えた。


「昔ね、共和国軍は黒い悪魔に苦渋を舐めされられたのさ。汚点と言ってもいい。それをキレイキレイするための魔法なんだよ」


 黒い悪魔……

 心当たりはあるが、間抜けな字面だと思う。

 悪魔なんて実在しないし、実在したところで大抵は黒そうだ。

 わざわざ色を強調する必要は無いだろう。


「『ナイン・トゥエルヴ・ブラックナイトモデル』のことですね」

「博識だねぇ、ミレイちゃん」

「……機士きしの中でアレを知らない人間はいないと思います」


 もっともメジャーな伝説のひとつだ。

 戦争の最終局面、たった1機で共和国軍の殲滅光砲アニヒレーターの包囲網を突破した。

 機械巨人ギアハルクの装甲は光電子砲の1発にすら耐えられないし、武器は射程距離の時点で既に勝負にすらならない。

 そんな状況で事を成し遂げたのだから語り継がれてもおかしくはなかった。


「ジャンケンで例えるなら、グーしか出せない奴がパーを構えている100人の横面殴ってトンズラこいたワケ」


 実に隊長殿らしい例えである。

 品性と語彙力に欠けていた。けれど指摘はしないでおこう。


「肝心の魔法云々とは?」

「平たく言うと『コード912』ってのは『ナイン・トゥエルヴ』の鹵獲または破壊作戦さ」

「あの機械巨人ギアハルクが姿を消したのは50年も前ですよ? 今更、見つかったわけですか?」

「そう、見つかっちゃったんだ。しかも稼動状態で。呆れちゃうよね。当時の命令が未だに生きているんだから。そんなもの任される現場の身にもなって欲しいよ」

「もしかしてパイロットもラインヒルデ=シャヘルだとか……」

「だとしたら70歳近い年寄りだよ。流石に動かしているのは別人だろうさ」

「我々、『ケルベロス部隊』の装備で戦えるのですか?」


 たった2機。

 それだけで伝説の機械巨人ギアハルクを相手にしなければならない。

 相手は古い機体だから今も十全に動くとは限らないが、募る不安は顔に出てしまう。


 もし当時のままの強さが維持されているなら……死にに行けと言われているも同然ではないか。

 隊長殿はポリポリと頬を掻いて空を見上げる。


「あくまで俺たちの任務は確認だよ。既に別働の偵察部隊が出ているから『ナイン・トゥエルヴ』が実在していれば連絡が来るさ。どうやら元軍人のじいさんが発見したらしくてね。ボケている可能性もある」

「本当に正常稼働していたら?」

「言っただろ、真偽を確認するだけだよ。撃破は必須条件じゃない。ほら、アリーナに行けば『ナイン・トゥエルヴ』のレプリカなんてザラにいるから。偽物ってことも十分に考えられる」

「確かに。あの場所で戦う連中はミーハーですからね」

「ははっ、そうだ。だが強さに憧れているようじゃ生温い。ホンモノならば……あれは光すら捻じ曲げる。共和国には無い、帝国独自のロストテクノロジーだよ」


 確認だけでいいと聞き、ホッと胸をなで下ろす。

 つまりは撃破や鹵獲ろかくでない以上、最低限の交戦だけで済むし逃げても大丈夫だ。

 結婚もまだなのに死んでたまるか。

 ただでさえ行き遅れているのに。


 表立って声を上げられないことだが、共和国の軍務で命を落とすなんて馬鹿らしい。

 隊長殿のように気楽な独身のまま40歳を超えるようなことは、あってはならないのだ。


「でもまぁ、ホンモノでも倒せるなら倒しちゃっていいって言われている」

「本気ですか……」


 ジト目で上官を睨んでも怒られないのが、この職場の良いところである。

 これをケルベロス部隊以外でやれば懲罰を喰らいかねない。


「確かに『オンスロート』の兵装ならば、どんな機械巨人ギアハルクが相手でも破壊できるでしょう。そこに『ストロングホールド』の防護が加われば付け入る隙はありません」

「いい自信だ、ミレイちゃん。その通り。俺たちは無敵のコンビだよ」

「でもそれは『フォージド・コロッサス3』相手まで。得体の知れない伝説の機体に通じるかはわかりません」

「手厳しい。けど、お仕事だからね」

「クダを巻いている暇があったら自機の確認をしましょうよ。仕事はきちんとこなさないと」

「それもそうだ。この歳で再就職はキツいからなぁ。お仕事終わったら、また飲みにでも行こうよ。勿論、奢るからさ」

「お触りNGですからね?」

勃起障害インポテンツのおじさんにいらん心配しないでおくれよ」

「……下品」


 会話は程々にしておき、整備兵からチェックシートを受け取った私は隊長殿の子守りを切り上げる。

 数値で見る限り機体もコンディションに問題はない。経年的なヤレも許容範囲だ。

 十分な慣熟も行なっているし、やれるだけのことはやっている。

 僅かではあるが気持ちが上向きになった。そんな私の心に隊長殿は容赦なく水を差してくる。


「おじさん個人としては『ナイン・トゥエルヴ』よりも電素列車の方が怖いけどね」

「電車を怖がる人、はじめて見ます」

「ミレイちゃんは怖くないの? モルビディオ廃坑方面の路線なんて、ろくに保線されてない。レールが歪んでいて脱線するかも」

「えっ」


 明らかにこちらの反応を楽しんでいる。

 それが分かっていても声を上げてしまった。

 確かに――本物かどうかもわからない『ナイン・トゥエルヴ』よりもずっと現実的で恐ろしい。


「ま、『ストロングホールド』に乗ってれば大丈夫だよ。防御力が売りなんだから」

「流石に輸送中の脱線事故なんて想定されていない造りですよ……」

「なんとかなるって」


 そんなわけないでしょ、とツッコミを入れたくも取り留めのない会話を続けるのも気が進まなかった。

 今は職務中である。

 大きく伸びをして屈伸運動までし始めた隊長殿を他所に、私は淡々と準備を進めた。

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