01-2.ママのお話

 私のお父さんお母さん、そしてあなたたちのお祖父さまやお祖母さまたちは、生き延びるために出発しました。今から八十年ほど昔のことです。自分たちの森をさがすために、家族と食料とどうしても必要なものだけを持って、住みなれた故郷を出発したのです。

 故郷には、便利な機械がいっぱいありました。人は、自分で歩かなくても、行きたいところの名前を言うだけでそこに行けたし、食べたいものも欲しいものも、いくらでも出てきたそうです。その話はまた今度しましょうね。それに人はとても長生きで、病気で死ぬ人もいませんでした。本当に天国のようなところね。そこは、人が大勢集まるところという意味で『首都』とよばれていました。

 その首都に思いがけないことがおこりました。そう、みんなも知っているとおり、メルトダウンの知らせがきたのです。あと何十年後かに、メルトダウンが来る。科学者たちはメルトダウンをなんとか止める方法を考えたけれど、結局は無駄でした。

 首都の外は草も生えない砂ばかりの大地だったけれど、もう他にどうしようもなかったのです。人々は大きなグループをつくって、外の世界を探検することにしました。科学者達は言いました。「この大地のどこかに、見たこともないような『木』や『草』が生い茂るところがあるはずです。そのような場所を『森』と呼びます。そこを探すのです。メルトダウンが来る前に『森』を見つけ出し、人が住めるように切り開き、そして隠れるのです。それしか生き延びる方法はありません」

 外の世界では、自分たちで歩かなければなりませんでした。年寄りも子どもも、みんな自分の荷物をもって、あるかどうかもわからない『森』を探しに旅をしなければならない。もし本当にそうなっていたら、きっとみんな『森』を見つけずに倒れてしまっていたでしょうね。だから、人々は旅をするために、パートナーがどうしても必要でした。

 首都では、ずっと古代に生きていた『竜』という生き物の種を保存していました。それまで竜は使いみちがなかったので、博物館という珍しいものをいっぱい集めた建物で見世物になっていただけでした。なにしろ体が大きくてたくさん食べるし、狭いところにつないでおくとすごく吼えるから、普通の人はペットにしようなんて思わなかったの。

 でも科学者たちは、竜なら重い荷物をいっぱい運べるから、旅の助けになると考えました。プランクトン醸成機があれば食料には困らないけど、あれは重くてとても人の力では運べないでしょう。竜がいれば、竜が食べるぶん増えたとしても十分なだけの醸成機を持っていくことができます。

 そこで首都の科学者達は、保存しておいた竜の種を細かくわけて、それをまず卵にまで育てました。今は卵からしか育てられないけど、首都では卵よりもっと小さな種から育てたのですって。このときに育てられた種は、全部で十種類あったそうです。 そしてそれぞれが何万個という卵にわかれました。卵は、それぞれのグループへと分けられました。卵は機械に入れて暖められ、竜が生まれました。

 種が十種類あったとおり、竜も十種類生まれてきました。私も全部の種類は見たことがないの。旅に向かない竜もいたので、それからあとは、旅に向いている竜を選んで卵を孵すようにしています。オーエディエン種とよばれる竜が、一番扱いやすい竜でした。フィブリンの種類のことね。身体(からだ)が大きくて重いものをたくさん運べるでしょう。それに頭が小さくてやさしい目をしているわね。力が強くて人の言うことを聞くから、とても役にたつ竜なの。

 もう一種類、人の役にたちそうな竜が生まれました。パルヴィス種という竜で、たくましい足で速く走ることができるので、人が乗れば歩くよりずっと速く旅をすることができそうでした。

 ただ、パルヴィス種はとても臆病で気難しいという欠点をもっていました。たいていの人は、近づくだけで吼えられたり逃げられたりして、とても上に乗ることはできません。パルヴィス種が心をゆるして乗せてくれるのは、元気で勇気があってそして思慮深い人、なにより竜を大事に可愛がる人だと言われています。でも、本当のところはわからないの。私も、この人なら大丈夫と思う人が乗れなくって悔しがるところを、何度も見てきました。

 パルヴィス種に乗ることは、すべての子どもたちの憧れです。でも、さっき言ったようにとても人見知りする竜だったから、子どもは餌をやるのが精一杯でけして乗ることはできません。だいたい十二歳から十四歳ぐらいまでは、待たないといけない。それを待たずに無理やり乗ろうとすると、竜はどんなに素質がある人でも二度と乗せなのですって。そこで十四歳になると、子どもたちは竜に乗れるかどうか、自分達を試験するの。でも、ほとんどの人は失敗します。パルヴィス種に乗ることができるのは、千人に一人ぐらいと言われています。乗れるかどうかは『遺伝』という能力で生まれつき決まっているという人もいます。

 パルヴィス竜がどんなふうに走るか、見たことはある? みんな、リロードさんが乗っているところを見たことは? ……じゃあ、どんなふうだったかお話しましょう。

 二本脚ですっくと立っている竜は、それだけで威厳があって素晴らしいわ。走り出すと、首と背中と尻尾がぴんと横に並んで、大地に足音を響かせて走るの。首にまきつけた手綱と、丸い金属をうちこんだスパイク・シューズで、走らせり止まらせたりします。うまい乗り手はほんのちょっとのしぐさで自在に竜を操ることができました。鞭(むち)も持っていたけれど、これは竜に使うのではなくて、仲間同士で合図するのに使いました。それから、パルヴィス種はとても耳がよくて、音にとても敏感に反応するの。そこで乗り手たちはホイッスルを首から下げて、その音で複雑な動作を竜に教えこみました。

 こうして旅の心強い仲間もそろいました。出発のときが来ました。私たちの最初のリーダーは、まずグループにカピタルという名前をつけました。古い言葉で『いのち』という意味があるそうです。それから、首都を出て西に向かって歩き出しました。

 最初カピタルには、パルヴィス種に乗れる人が八人いました。彼らは竜にまたがって、歩いて移動するキャンプから離れ、『森』がないか探す任務につきました。だいたい十日ぐらいでキャンプに戻ってくるという探索だったそうです。あまり長く離れていて万が一食料がなくなったら、パルヴィス種はあっというまに衰弱して死んでしまうから、あまり遠くまでは行けなかったのですって。

 彼らが戻ってくるとき、遠くの地平線に彼らの姿が現れると、いつもみんなでキャンプの外で立って待っていたものです。まだ着くまでには半日以上かかるとわかっていても、ずっとね。彼らは、「今回も見つからなかったよ」という意味で、遠くから鞭を頭の上でぶんぶんまわして合図するの。それでも、テントに帰る人は誰もいなくて、彼らがやっと到着すると「ありがとう、よくやったね」と言って、ご馳走をつくってお祭りをしていましたよ。

 彼らのおかげで、私たちはできるだけキャンプに向いた場所を選んで、旅を続けることができました。首都の外はとても厳しい世界で、キャンプする場所が悪いと、あっという間に人がバタバタと倒れていったの。だから、きれいな水があるところや日陰があるところを慎重に選んで、疲れないように無理をしないように、旅をしなければなりませんでした。

 でも、パルヴィス種に乗れる八人だって、特別にからだが丈夫だったわけではありません。探索をできるだけ長くもたせるには、できるだけ竜の荷を軽くする必要がありました。だから彼らは軽装で、そのうえ荷物をできるだけ減らして出発することが多かった。そんな無理がたたって、ほかの者達より若いうちに亡くなることがほとんどでした。

 そのうえ、彼らの素質を受け継ぐ子どもはなかなか生まれませんでした。結局、この森を見つけた時には、『竜使い』はたった二人しか残っていなかったの。

 この森を見つけ、カピタルじゅうの人達が歓声をあげました。「やっと『森』を見つけたよ!これでもう大丈夫!」って。でも、これで終わりではなかったのよ。みんな、科学者達が言ったことを覚えている?「『森を見つけ』…そう、『切り開き、中に隠れる』」と、言ったのでしたね。

 私たちには、まだやることが残っています。私たちの先輩が首都を離れ、砂漠に勇敢に足を踏み出したように。私たちもこの森に、足を踏み出さなければいけないわ。もう一度、『竜使い』の力を借りて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る