第35話 決着 涼しき助太刀


 亮とオーガさんとの口付け。


 両者は、まるで時が止まったかのような感覚になった。




 ピシッピシッと不思議な異音が背後から聞こえてきた。




 薄いガラス板を無理やり捻り、軋む様な音だ。


 しかし、2人は些細な異変など歯牙にもかけない。


 どれくらいの時間、そうしていたのだろうか?


 名残惜しそうであるが、どちらとなく唇を外した。




 「ごらんの通り、俺は無理やり捕まっているとか、奴隷にされているとかじゃなく、自分の意思でここにいます。だから、どうか――――




 俺たちを放っておいてくれませんか?」




 その言葉は賢者さんにとって、致命的(クリティカル)な一撃だった。


 ガラスが砕け落ちる幻聴が鳴り響く。


 生命力吸収(エナジードレイン)を受けたかのように全身から力が抜け落ちていく感覚。 


 全身が震え、目の焦点もブレている。


 「あう……あう……」と締りを失った口から一筋の液体が……


 いや、きっと双眸から雪崩の如く溢れ落ちていく涙が口に入ったのだろう……




 そのまま、ペタンと地面に座り込んだ姿に戦意は見て取れない。




 確かにそう見えた……はずだった。


 しかし、彼女は再び立ち上がる。 果たして、彼女の折れた心を繋ぎとめた物は何か?




 「こ、ここで私が諦めた死んでいった仲間に申し訳がありません!」


 「いやいや、最初から折込済みの戦略だったようにしか見えなかったけど!」




 亮は突っ込むが、賢者さんは無視する。




 「具体的に言いえば、Sランクを2人雇うに必要だった貯金に申し訳がない」


 「金ゲバだったか! むしろ、人ではなく金を仲間と呼んでいたのか!」


 「今なら間に合う。チートくんを連れ戻して、私が養う代わりに働いてもらえば……十分に後戻りは可能なのです!」




 何でも燃やす。


 闘志を燃やす燃料となるのならば……


 仲間も、金も、愛すらも戦うための理由に――――


 何度でも立ち上がるための理由に変える。


 賢者さんはボロボロになった精神を奮い立たせ、杖を向ける。


 その闘志を叩き折るには、圧倒的強者の存在。


 だが、その強者であるオーガさんはダメージが深く刻まれており―――




 どうする? そう思考するとスッと前に出る影があった。


 オークの若奥さんだった。


 目が合うと言外に「ここは任せて」と伝えてくる。


 しかし、賢者さんは叫ぶ。




 「オークが1匹増えたところで壁にならないわよ」




 ついに杖に魔力が込められ、魔弾が放出された。


 だが、それはオークさんに直撃しない。


 その直前で魔弾は破裂。 突如、現れた何者かが、剣を持って切り払った。




 「――――遅れてすまない。だが……間に合った」




 その乱入者はエルフだった。


 ――――いや、正確に言えば伝承される森の亜人そのものだった。


 整った顔立ち。涼しげな目元がキラリと光る。


 流れるような金髪。 頭頂にちょこりと生えた耳。


 身に着けているのは緑色の服装。必要最低限の防具。


 そして、武器は長剣と腰のぶら下げた弓矢。


 どこからどう見てもエルフだが、一箇所だけおかしな所があったような……


 その彼にオークさんがこう言った。




 「いいえ、いつでもどこでも私が呼べば現れると信じています……あなた」


 「ありがとう。愛してるぞ……お前」




 エルフはそう答えた。




 「え? オークさんの旦那さんって、エルフなのか!?」




 亮は驚いた。しかし、エルフは否定しようとする。




 「いや、私はエルフではなく――――むっ!」




 エルフの声を止めたのは賢者の魔法だった。




 「火球(ファイアボール)」




 マシンガンのような魔法の速射攻撃。


 対してエルフは――――




 「風壁(ウィンドシールド)」




 緑がかった風が集まり、防御壁を作る。




 「君の勘違いを修正させてもらう。私はエルフではない」




 「え?あっ……はい」と呆けた亮。エルフは言葉を続ける。




 「私は醜悪たるハーフオーク。この醜い顔を唯一……だた1人だけ綺麗だと言ってくれた彼女のために身を奉げる1人の戦士だ」




 その言葉を亮は理解する事が難しかった。




 ハーフオーク? じゃ親はエルフとオーク? 


 自分の顔を醜いって……超絶美形じゃないか!?


 あまりの情報量に亮、困惑。




 「む――――このままでは埒が明かない。 私はシールドから出るぞ!」




 飛び出す? この弾丸の中を?


 ハーフオークの旦那さんは、その言葉通り駆け出した。 




 当たらない。




 マシンガンの如き魔弾をただ走るだけで避けている。


 そして、そのまま賢者さんに接近を開始する。




 「この化け物が!」




 賢者さんは杖を投げ捨てた。代わりに手にしたのはナイフ。


 しかし、明らかに普通のナイフではない。


 赤く輝く刀身。赤いナニカが漂っている。 


 まるで妖気を発している妖刀のようだ。


 そして、それは妖気ではなく魔力。 


 魔剣として大量の魔力を秘めたソレは――――




 「食らいなさい!」




 賢者さんの一振りで、周囲の地獄に変えた。


 それは業火。


 空間そのものを炎が支配する世界へ書き換えられていく。


 それは炎の結界であり、閉じ込めれば持ち主の意思なくして脱出は不可能。




 「――――ならば、壊せばいい」




 ハーフオークの剣が煌いた。


 誰もが見とれる美しい太刀筋は、賢者さんが持つ魔剣に――――


 吸い込まれていくかのような軌道で――――




 打ち砕いた。




 「ま、まさか! 魔剣が……」


 「さぁ、本来ならここで貴方の首印を上げるのが正しいのでしょうが……」




 そのまま剣を賢者さんの首筋に添えたところで動きを止めた。




 「立ち去りなさい」


 「え?」


 「私の背後には貴方の生を願う者もいるようです」




 2人は亮の方をみた。




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