第4話 異文化コミュニケーション?




 落ち癖と言うのがあるらしい。


 亮は格闘技が好きな友達から聞いた話を思い出していた。


 例えば、強烈な打撃を頭部に受けたり、完璧に裸締めスリーパーが決まり失神してしまった時。


 どうやら、失神するのが癖になってしまう事があるらしい。


 失神が癖になるのを防ぐには、当日、一睡もせずに徹夜で起き続けている必要があるそうだ。


 もっとも医学的根拠があるのか、どうかはわからないが……




 さて、そうなるとだ。


 この世界に来たばかりの俺は意識を失っていた。


 つまり、失神だ。


 その後、オーガに襲われ失神している。


 1日に2回の失神。 もしかしたら、俺は既に手遅れで失神しやすい体質になっているのかもしれない。




 暗闇の中、洞窟の天井を見ながら、亮はそんな事を考えていた。


 ぼんやりと意識が散漫となり、現状が把握できていない。


 彼の背中から伝わってくるのは地面に擦られる感覚。


 どうやら、足首を掴まれ、洞窟内部を引きづり回されているみたいだ。


 あのオーガに何をされたのか分からないが、激しいダメージを受けたらしく体は動かない。


 誰が引きづっているのか、頭を動かして確認する事はできない。


 けれど、亮には予想がついた。




 (あのオーガの襲撃でバラバラになった冒険者の誰かが、俺を運んでくれているのか。あるいは、オーガ本人が……)




 「おい、もう起きてるんだろ」




 声をかけられた。どうやら、亮を運んでいたのは女性のようだ。


 亮は返事をした。




 「あっ……はい。でも、まだ体が動かなくて」




 チッと舌打ちが聞こえてきた。




 「しかたねぇな。お前、口を開け」




 一瞬、躊躇したが、亮は言われるままに口を開いた。


 そこの何かを投げ込まれた。


 反射的に吐き出そうとするも女性に口を防がれた。


 口内に広がるの苦味だ。 何度となく吐き出そうとするも女性の手が拒む。




 「ん~! んん~!」




 抗議の声を上げようとしても、女性の手は緩まない。




 (の、飲み込まないと息が…… ち、窒息する!)




 本日3回目の失神を防ぐため、無理やりにも口内のナニカを飲み込んだ。


 自分の意思とは無関係に大量の涙が溢れ出てくる。


 体が熱い。 涙に続き、大量の汗が分泌される。




 「薬草だ。お前ら人間が使うポーションとか言う薬物や回復魔法なんて物より効果は薄いが、ないよりマシだろ?」




 どうやら、女性は亮を助けてくれたらしい。


 彼女の言うとおり、徐々に麻痺していた痛みが戻ってくる。


 感覚を取り戻した事に激しい痛みが走り抜けた。




 「ぐ……がぁ……」と呻き声を堪える。




 痛みに暴れて、のたうちまわりそうになる体を自身で抱きしめ、押さえ込む。


 暫くは痛みとの戦い。


 それも直ぐに痛みは消え去っていった。




 「ありがとうございました。おかげで助かりま……」




 顔を見上げて、彼女を見ると亮は硬直した。




 「なに、良いって事よ」




 そこ答えた女性は、冒険者たちを襲い、蹂躙していたオーガ……


 冒険者たちが言うには、この洞窟ダンジョンのボス。君臨者だった。




 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・




 あんなにも大量に排出したはずの汗が再び全身から溢れ出てくる。


 亮が感じたのは、明確な死の感覚。




 「おいおい、待てよ。別に私はお前の事を食おうって事じゃないんだぜ? それどころか助けてやったんだ。そんなに敵意を向けるなよ――――




 つい、うっかり、殺したくなっちまうだろ?」




 オーガから叩きつけられたのは殺意。


 まるで感情が質量を有しているかのように亮の四肢を縛り上げ、動きを止める。




 「……どうして」


 「あん?」


 「だったらどうして、俺を助けた? 本当に食うつもりじゃないのか?」




 「私は雑食じゃねーよ」とオーガから殺意が消失した。




 「それとも何か? お前って見た目と違って食人文化圏の人間なのか? 人を食うのが当たり前の感覚てか? 人間なんて食った所で、腹壊すだけだろ?」




 まるで面白い玩具でも見つけたかのようにニヤニヤと笑みを浮かべている。


 その姿に、冒険者を虐殺した悪鬼羅刹の化け物とは結びつかない。




 「いや、じゃ……本当に助けてくれた?」


 「そう言ってるじゃん。 冒険者の中にお前がいたから、つい手が出てちまってね。焦った焦った。


 あっ! やべぇ! このままじゃ殺しちまう! ってな。だから、慌てて、ここに連れてきて薬草をぶち込んだわけよ」


 「……」




 彼女は助けたと言うけど、よく考えてみれば救助者と加害者が同一人物だ。


 亮の脳裏に浮かんだのは、彼女に殺された冒険者たちの姿。


 戦士のリーダーや賢者だった。




 「なら、どうして俺たちを襲った? どうして、殺した? どうして……俺だけ命を助けた?」 




 亮の問いにオーガは当たり前の如く――――




 「あん? だってお前は冒険者じゃないだろ?」




 そう返した。




 「アイツ等は駄目だ。見逃せない。自分たちの意思でダンジョンに来て、魔物を殺しても良いと思い込んでいる虐殺者どもだ」


 「それは……」




 それは確かにそうだ。


 亮は、そう言いかけた言葉を飲み込んだ。




 「それに冒険者って連中は厄介で、殺しても死なねぇんだ」


 「殺しても死なない?」


 「あぁ、魂と肉体が完全に結びついてるからな。神殿や蘇生魔法で簡単に蘇ってくる」


 「それって……彼等は……あの冒険者たちは生きてるって事ですか!」


 「そりゃ、そうだろ? だって、冒険者だぜ?」




 「もっとも」とオーガは付け加えた。




 「私はあいつ等とアンデットの区別がつかないから、生きてるのか死んでるのかわからないけどな」




 どうやら、冗談だったらしい。


 彼女は自分で言って自分で笑っていた。


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