第2話 八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)


 あめ族の輝々星かがほしは、蛇姫かかひめと出会ったその夜、北の極星きわぼちに祈った。すると天空のはるか彼方の奥深くに、突如として現れた小さな小さな箒星ほおきぼしを発見した。まだ誰も気が付かないほどの小さな星であったが、輝々星かがほしの目には、はっきりとその姿が映った。族長はその日から高熱にうなされ、目が覚めると、うわ言のように口を開いた。

「赤い・・箒星ほおきぼしが、・・・日に、日に・・尾を引いて・・・大地に・・近づいて・・いる。」

 輝々星かがほしは、これまでに経験したことのない、不吉な胸騒ぎに襲われた。直ちに、星読みの占術師うらないしを集め、箒星ほおきぼしの動きに力を注ぐよう命じた。胸騒ぎは的中し、赤くて長い尾は、光を増して天空の彼方に姿を現した。

 輝々星かがほしは、死人しびとのごとく魂が抜け人が変わった。つち族の蛇姫かかひめに使者を出して言った。

「赤く大きな箒星ほおきぼしが天空を覆う。千年に一度、あめつちに異変が起こるしるしである。高御産日之神たかみむすびのかみとの約束の日がやってくる。もはや話し合うべきことはない。われは、むすびの神のおおせに従うのみ。」

 輝々星かがほしは、いきなり息子に族長を譲り、一族のもの十二人を連れて姿を消した。

この日以来、箒星ほおきぼしは、日に日に巨大なかけら星となり、天の川となって天空に輝いた。闇夜やみよは真っ赤な空となり、幾筋もの流れ星が落ちてきた。人々は、恐れを成して、あめつちに祈りを捧げたが、無情にも大地は、夜も昼も乾いた薄霧うすぎりに覆われ、大気から湿り気がなくなった。

 蛇姫かかひめの所に二人目の使者が訪れたのは、輝々星かがほし出奔しゅっぽんした日から七日目のことであった。しかし、その使者が伝えたことと言えば、あめつち(天地)の異変と輝々星かがほし出奔しゅっぽんしたことだけであった。

「つち族の神、蛇姫かかひめに申し上げる。この度の赤き箒星ほおきぼしは、日高ひだかの国に伝わる「あめつちの誓い」のしるしである。あめ族、つち族は、共に千年の誓いを果たさねばならない。われは、星の導きにより、箒星ほおきぼしのかけらを求めて南の地に参る。」


 蛇姫かかひめはため息をついた。外に出ると赤い箒星が天空をよぎり、幾つもの流星が大地に落ちた。

「このような時に輝々星かがほしは何ゆえに姿をくらまされたのか。あめ族の行く末はいかにある。日高ひだかの国はいかにある。」

 蛇姫かかひめは、祭壇さいだんの前にもどると、深々と首(こうべ)を垂れて祈りを捧げた。だが、ここから始まる蛇姫かかひめの試練は、恐ろしさに震え、心痛めるものであった。


 蛇姫かかひめは、若くして族長となった。十五の年を迎えた時である。姫のあまりの美しさに、一目その姿を見ようと、次々と彦神ひこがみが訪れるありさまであった。母神ははかみは、世継よつぎの伝えが滞り、心悩ませる日々が続いたので、候補の彦神ひこがみを三人に絞っておやけにした。

 姫は世継ぎのことも彦神ひこがみのことも眼中がんちゅうにはなかったが、母神ははがみの決めたことでもあり、三人の彦神ひこがみと会うことにした。彦神ひこがみのひとりが、海に誘った。北風が強く寒々とした海であったが、沖合に光射ひかりさす波静かなところに一頭の大きな魚がいた。

「あれは何か。」

と姫が問うと、彦神ひこがみ

「クジラであります。浜辺に呼びましょう。」

二人はクジラに乗って、吹きすさぶ海峡を渡って宇都志うつしの里が見えるところまで行った。

「あれはあめ族の里、われが生まれ育ったふるさとです。」

二人は、その山影を見るとそのまま戻ってきた。

 

 その後、姫は彦神ひこがみの願いを聞き入れて結ばれた。すぐに男の子が生まれ、宇麻志彦うましひこと名付けられた。母神ははがみは、世継ぎの姫子ひめこが生まれるのを心待ちにしていたが、生まれたのは彦子ひここであった。

 かみむすびの神との約束でもあったのか、宇麻志彦うましひこが生まれると母神ははがみは世継ぎの祈りを捧げて姫に族長を譲った。一族の者たちは皆、よろこび、美しき蛇姫かかひめ白妙しろたえの姫と呼んで称えた。

 その時に産まれた子が今や、十歳を迎えたのであるが、生まれた時から体中にできたあざが取れずにいた。若くして子を産んだ蛇姫白妙かかひめしろたえへの心なき中傷は絶えず、

「世継ぎの姫子が生まれないのは、彦が邪魔じゃまをしているからだ。」

「このままでは日高ひだかのつち族は亡びてしまう。」

 一族の者からも、冷たくののしられるようになった。母神ははかみ蛇姫かかひめシロタエの心持ちをもんばかって、

「世継ぎのことは、あめつちの御心(みこころ)である。その日の来たるまで待て。」

なぐさめたが、この年、母神ははがみ黄泉よみの国に旅立った。シロタエは、初めて母神ははがみのありがたさを思ったが、つち族に頼れる血筋はいなかった。

 そのような時に、あめつちに大きな異変が襲い、あめ族の族長、輝々星かがほしも、またいなくなった。天空では箒星ほおきぼしの動きが、日々、盛んになり、なんと北の極星きわぼちに向かって赤き吐息といきをはき始めた。極星きわぼちほおきの尾に被われて姿を消し、不安な日々が続いた。

 あめ族は輝々星かがほしの失踪で混乱したが、つち族も同じであった。母神ははがみを失ったばかりのシロタエは、もはや頼れる神もなく、祖神、神産日之神みむすびのかみに、命を捧げて祈るばかりであった。秘かに心に抱いていた決意を祖神の前に願い出た。


「わが一族の先祖、かみむすびの神におそれおそれみ申す。昔、この地は、春になると新しい命の息吹いぶきが芽生え、夏になると葉が茂り、花が咲き、秋には実を結んで、冬を迎えるように、日々が、あめつちの恵みに守られてきたと聞いております。季節の折々に、祭りを行い楽しく暮らしてこれたのは、あめつちの神々のおかげでありましょう。ところが今では、冬は長くてつき、春と夏と秋は、合わせてひと月もありましょうか。そのひと月の間に、命あるものは一気に芽を吹きます。でも、たちまちのうちに花も、実もつけずに枯れてしまいます。あれだけ多くの部族がいたのに、今では、その百の一にも満たないあり様です。もはや万策ばんさくてて、希望なき春を迎えております。一族は親も子も食べ物(ウカ)がなく、生きる力を失っております。子供たちは一族の宝なれど、ようやく授かったわが世継ぎの姫子と一族の五人の赤子あかごは冬を越せずに亡くなりました。男たちは、何日もかけて暖かい南の方に出かけましたが、戻ってくるものは一人としてなく、里の男衆は減るばかりであります。この時、天津御虚空あまつみそらに赤き箒星ほおきぼし現れ、あめ族の族長、輝々星かがほしは姿を消しました。あめつちの乱れここに極まれり。われは、なすすべもなし。かくなる上は、つち族の長(おさ)として、先祖からの言い伝えを取り行うしかないと覚悟いたしました。私の命をむすびの神に差し上げたくお願い申す次第であります。」


 祭壇さいだんには、落葉した木の枝に、古き伝えのつなぎ玉が懸けられていた。正装した蛇姫かかかみシロタエは、それを恭しく捧げ持ち、今度は代々、母神から受け継いだ自分の勾玉を首から外し、つなぎ玉に加えた。

 八つの赤留玉かるたま、青き玉、白き玉がそろった。先祖の御霊みたま蛇姫かかひめは一つになり、うまし族の安泰が祈られた。蛇姫かかひめと心を同じくする神司かむながらのつかさ巫女みこ巫覡ふげきの皆々は、シロタエの祈りに続いた。すると、かみむすびの神の声が響いた。

「シロタエの蛇姫かかひめよ、よくぞ申した。神々の力を合わせ、お前の志を遂げさせよう。「いつきにわ」に捧げられた勾玉は、古きより八尺瓊之勾玉さかにのまがたまとして宇麻志うましの一族に、代々に伝えられた神宝かむたからである。ここに蛇姫かかひめシロタエの志を受け入れ八尺瓊之勾玉やさかにのまがたまは蘇えった。以後、汝のこころざしは、子々孫々に祀られ、一族の繁栄をもたらすであろう。」


八つの玉が光った。

「ありがたきミコトノリ、われ心を開き、わが魂のすべてを血筋の親、かみむすびの神に捧げ申します。」

「もはや心は定まったか。お前は、一族の首領かしらとして、若くして族長となった。世継ぎの姫子なく、周りからはねたみ、そねみのそしりを受けることもあったが、族長として心は揺らぐことなく、一族の行く末を思い願ってきた。顔かたち、立居振ちいふるまいはうるわしく清々すがすがしく、つち族の長神おさがみとしてあがめられ、したわれてきた。だが今、一族の行く末をうれえ、長神おさがみとして命を捧げることを決意けついした以上、これまでのすべてのきずなを断ち切らねばならない。なれの魂のすべては、 あめつちの神に捧げられた。宇麻志うましの血筋の者たちは三日の後、お前を裏切り、呪い、憎しみ、石の棒でたたき殺すことになろう。」

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