第6話 ギルドへ登録、という実際はただの事務的な手続き

 「アタシはアーセルってんだ。あんたらは?」

 

 外壁を通り過ぎ、街中へと入ってすぐに弓を背負ったやや大柄な女、アーセルはそう話しかけてきた。

 

 「俺は三花、天星三花だ。それでこっちは……」

 「シレーネです」

 

 俺たちは簡潔に名乗ったが、アーセルは口を開いていかにも驚いたという表情でこちらを見ている。

 

 「アマホシってのは家名か? するってぇと、ミカ……さんは、神職なのですかい?」

 「はぁ?」

 

 急にかしこまったような態度をとったこともだが、言われたこともよくわからない。

 

 神職というとつまり神主とか、あるいはちょっと違うかもしれないが坊さんとか、そういうのだよな?

 

 俺が困惑していると、シレーネちゃんが一歩こちらへ寄って口を耳元へと近づけてきた。

 

 「ミカさま、このアロスでの神職とは神々の加護を特別に強く受けた家系のことなのです。ミカさまの卓越したお力はきっとすぐに知れ渡るでしょうし、そういうことにしておきましょう。ここは私にお任せください」

 

 それこそ貴族とかそういう特権階級のことなのだろうか。よく分からないのでこくりと小さく頷いてシレーネちゃんへ任せることを意思表示する。

 

 にま、と一瞬だけやけにうれしそうな表情を見せた後、シレーネちゃんはアーセルへと振り返った。

 

 「実はそうなのです、このお方は遥か遠方のエディーにおいてアマホシ家にこの人ありとまでいわれる実力者なのです。そして私はエディーの外にお詳しくないミカさまの案内役を仰せつかっているのです」

 「あ、けどほら、この街には初めて来た新参者だし、堅苦しいのは苦手だから言葉とか態度は最初の感じで頼む」

 

 俺の方からも一言つけ足しておく。

 

 シレーネちゃんは少しだけ不満そうな雰囲気をみせたけど、そもそも神職というのが嘘なんだからそれを理由にかしこまられると罪悪感があるんだよ。

 

 「じゃあ口調はこれでいかせてもらうよ、アタシは丁寧なのが苦手だから正直助かったよ。……っかし、エディーってのは名前だけ聞いたことあるけど、そこの人を見るのは初めてだよ」

 

 苦笑いを浮かべて側頭部を人差し指で掻きながらアーセルが言った言葉に、俺としては好意的に感じていた。

 

 「――っと、ここだよ」

 

 不意に立ち止まったアーセルは、大きな建物の多い通りにおいてもひと際存在感のある、四階建てのレンガ造りの建物を指さした。

 

 「へえ、ここがハンターギルドか」

 

 感心しながら大きなガラスのはまっている正面扉を開けて中へと入る。

 

 からん、からん

 

 扉についていたベルが涼やかな音をたてたことで、中にいた内の半数ほどがこちらへ視線を向けて、その内の幾人かは続けて入ってきたアーセルをみて手を振ったり軽く会釈をしたりしている。

 

 「えぇっと」

 「こっちだよ」

 

 最後に入ったシレーネちゃんが困ったように呟くと、すぐにアーセルが言って歩き出した。

 

 二か所ある受け付けの内、奥にある方だ。要するに手前の入り口から近い方は魔獣の討伐を依頼したりするための一般向け受け付けということなのだろう。

 

 「アーセルさんお疲れ様です、大外壁警備の終了報告ですよね。……そちらの方々は?」

 

 受け付けにいた眼鏡の男性、若くもないけど中年という程でもない年代、が淡々とした調子で話しかけてきた。

 

 「俺たちは、その、遠くから旅をしてきて、ここらでハンターギルドに登録しようかなぁ……なんて」

 「そうですか」

 

 急に聞かれてものすごくたどたどしい受け答えをしてしまったが、綺麗にスルーされた。まあ助かるけど、何か失礼とかではないけどとっつきにくい印象の人だ。

 

 アーセルは苦笑を浮かべて俺の肩をぽんと叩いてから、先ほどまでしていた警備仕事の報告を始めた。

 

 といってもすごく簡潔な報告で、二言三言交わしただけで完了したようだ。

 

 「では……」

 

 アーセルからの報告を聞いて何やら書き込んでいた書類を横の棚にしまいながら、目線だけをこちらへと向けて眼鏡男は切り出してきた。

 

 「ああ、この二人の登録を頼むよ」

 

 それなりに経験がある風なアーセルが間に入ってくれているのですぐに登録できるのではないだろうか。

 

 それとも、これから裏に行って凶悪な見た目の試験官と戦わされたりするんだろうか?

 

 「登録するのはお二人とも、ということで間違いないですね? では、名前をお願いします」

 「天星三花、あー……っと、天星が家名な」

 「私はシレーネです」

 

 俺が名乗ると、眼鏡男の片眉がほんの少しだけ上がったように見えた。鉄面皮だが驚いたようだ。

 

 神職というのは少なくとも驚かれるような存在だということか。

 

 「ありがとうございます、では少しお待ちください」

 

 しかしそれ以上何か聞いてくることもなく、席を立つと奥の方にいた別の職員らしき人に話しかけている。

 

 「一応言っとくけど、あの人が極端に淡白なだけだからな。アタシの反応は大げさとかじゃないからな」

 「はは……」

 「あはは……」

 

 アーセルが釘を刺してくる。何を考えていたかが見透かされた俺とシレーネちゃんはから笑いで誤魔化すしかない。

 

 「お願いします」

 「はい」

 

 すぐに戻ってきた眼鏡男は、連れてきた赤毛のスレンダーな女に何やら頼んだようだ。

 

 言われた赤毛女はこちらをちらちらと上目で窺いながら、恐ろしいほどの勢いで何やら紙に書き込んでいる。

 

 数十秒ほどで書き終えたらしく、二枚の紙をこちらへと見せられる。確認しろという事か?

 

 「は?」

 「あ、はい。登録用のですね。これで問題ないですよ」

 

 俺は非常に驚いて絶句したが、シレーネちゃんは何やら納得した反応で、横にいるアーセルもむしろ俺の反応をいぶかしんでいるようだ。

 

 俺が驚いたのは紙に“描かれて”いたもの、俺とシレーネちゃんのモノクロ写真かと思う程の精密さでこの一瞬のうちに完成された肖像画だった。

 

 「きっとこういう天技です。戦闘向きではないものも多くはないですが存在します」

 

 まだ固まる俺に、シレーネちゃんがそっとささやく。

 

 あ、そうか。星神の加護を受けた人間が発動させられる力、天技というものがこの世界には存在する。そしてこういう天技もある、という事なのだろう。

 

 「では以上です。ハンターとしての仕事をお探しの際はいつでもお越しください」

 

 一仕事終えた赤毛女は、俺から見ると超絶的だったその腕前をまったく誇るでもなくすでに奥へとひっこんでいった。

 

 そして眼鏡男のこの一言である。

 

 「え? これだけ? もういいのか?」

 「はい、そうですが。登録するのに他に何か必要ですか?」

 

 異常にハイテクなギルド証とか、無駄に実戦的な実技試験とか、反社会的なレベルで好戦的な先輩とか、……と小声でもごもごとあげていったものの、最後は「何もないです」とだけいって引き下がった。

 

 いや、そりゃだってそんな心底何を言われているのか分からないって顔をアーセルと二人してされれば心も折れるって。

 

 唯一、俺が元いた世界の物語的お約束というものについても多少の知識があるらしいシレーネちゃんだけが苦笑している。

 

 まぁ、それでも、されているのは苦笑だったが。

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