第4話 小さな出会いと小さな決意

視界に映るのは地に横たわる二人の男たち。


黄昏時に行われた一つの争いは静かに幕を閉じた。


俺は男たちの前に座ると、ふと我に返る。


「あれ、死んでないよね?」


思わず声に出し、恐る恐る首元に手を当てる。


「ドクン……ドクン……」


ゆっくりながらも、確かに心臓は動いていた。


「あぁ、よかった……。危うく殺人犯になるとこだった……」


安堵のため息をつき、そのまま立ち上がる。


向かう先はもちろん、彼女のところだ。


「おい、シーナ。これはどーゆーことだ。ちゃんと説明しろ」


少し強く言い過ぎたかな、と思ったがもう仕方ない。


「いろんな意味でヤバい気がするのは俺だけか?」


シーナは俯いた顔を上げ、真剣な眼差しでこちらを見た。


「……お兄さん、あなた'剣聖'ですね?」


……ん?


「今、なんて言った?」


最近聞いた新しい用語が耳を通過した気がした。


「あなた、'剣聖'なんですね?」


……ん、ん?


どーゆーことだ?


俺が、剣聖?


「シーナ、さっきから何を言ってるんだ?」


俺は戸惑いを言葉に表す。


「あなたが'剣聖'だと言っているのです」


幼女は一切表情を変えず、ただ同じことを繰り返した。


確かに彼女は俺を剣聖だと言った。


しかし俺にはもちろん身に覚えはないし、そもそもユファンダルの人間ではない。


シーナにも本当のことを言うべきなのか……。


「……シーナ、信じてもらえるかわからないけど、聞いてくれるか?」


シーナは面と向かって初めて表情を緩めた。


小さな息を吐き、そっと口を開く。


「……いいですよ」


昼間とは様子は違っても、彼女の奥にある優しさは変わらぬようだ。


俺たちは、近くに置いてあった二つの古い樽の上に座った。


「実はな、俺は異世界から転移してきたただの人間なんだ。だからこの世界の住人でもないし、もちろん剣聖とやらでもない」


「知ってます」


幼女はスカした顔で俺に言ってきた。


「え、な、なんで?」


当たり前の疑問を彼女にぶつける。


「先程のカロナおば様との会話を盗み聞きしました」


幼女はスカした顔で俺に言ってきた。


「……さりげなく凄いこと言ったね。それ、失礼極まりないよ」


「知ってます」


幼女はスカした顔で――


……しつけぇよ俺!


でもこの子、自信を持つところを間違えている気がする……。


「……んまぁ、というわけで俺と剣聖は別人だ、わかってくれたか?」


しかし幼女は動揺など一切見せない。


「いいえ、あなたはそれでも'剣聖'なんです。あなたからは彼と同じ'力'を感じます」


……彼?


「……彼って?」


「'剣聖'ファシス=アリュシーヌです」


彼女の言葉が耳に入ると同時に、俺の頭には痺れが走る。


シーナの発した名は、俺が名乗った異世界名と一致した。


「俺と、同じ名前……?」


「はい」


と、同時に俺はある疑問を浮かべた。


カロナさんは、大罪を犯した罪人に関する記憶は全世界から消されると言っていたはず。


もしシーナが言っていることが本当なのであれば、カロナさんの話には矛盾が生じてしまう。


「なぁ、シーナ。剣聖は大罪人なんだろ? お前が剣聖に関する記憶が残っているのであれば、俺がカロナさんから聞いた話はどうなるんだ」


さすがの悪ガキ幼女も、今回ばかりは少し表情が暗くなった。


「……カロナおば様の言ったことは真実です。確かに、大罪人の記憶はこの世の生き物からは消されます」


シーナの言い方には、自分は生き物ではないという意味が含まれているように感じた。


「じゃあ、なんで……」


シーナは数秒の沈黙の後、大きく息を吸って答えた。


「私も……本当のことを言うべきですね」


幼女は拳を胸に当て、ゆっくりと手を開いた。


突如、彼女の背中から二つの金色の羽根が生え、頭上には小さな輪っかが生まれた。


「私は'精霊天使'ガブリエル=イクジベフ。剣聖ファシスに憑いていた主神の使いです」


……。


おいおいおいおい!


まさしくこれが厨二展開ってやつじゃねーか!


ただの自己紹介に複数の痛い用語が含まれている!


……流れに乗ってテンションが上がっている自分が恥ずかしい。


というか、どんどんキャラ変してないか? 俺。


とりあえず、落ち着こう。


「……えっと、なんか凄く神々しいな」


「ありがとうございます」


姿は変えても対応は変えないらしい。


「……まずは、なんて呼んだらいい?」


精霊天使は多少俯いたもののすぐに顔を上げ、ぽんっと手を叩いた。


「……'ガブ'と呼んで下さい」


……意外と可愛らしいところがあってホッとしたのは気のせいだろうか。


「わ、わかった。んじゃガブ、とりあえず改めてよろしく」


しかし、ガブリエル=イクジベブはうんともすんとも言ってはくれなかった。


それどころか、下を向いたまま動かない。


「……ガブ?」


ガブリエルは俯きながらも頰を赤らめていた。


「ガブ……。えへ」


「照れてんじゃねぇよ!」


茶番はここまでにしておいて、真面目な話に戻そう。


俺は深呼吸をすると同時に、ある重要なことを思い出した。


思い出した……という言葉はちょっと違う。


意識する暇がなかったんだ。


「……でだな、ガブ。さっきの俺の力は一体……」


ガブリエルは察したように口を開いた。


「あれは……私の力の一部です」


シーナ……いや、ガブの力の一部?


どういう意味なのだろう。


「……私は過去に剣聖に憑依する形で彼と力を共有してきました」


確かにガブリエルはさっきも剣聖に'憑いていた'と言っていた。


憑く……加護のようなものだろうか。


「それで、なんで俺に力を?」


「それは、本来の剣聖ではなくとも、あなたが剣聖の代わりとなる人材であるからです」


……俺が剣聖になり得るか。


もう否定する気も起きなくなってしまった。


「だから、力を?」


「はい」


彼女は一呼吸を置くと、ゆっくりと話し出した。


「あなたには、この世界を賭ける力がある」


……この世界を、賭ける力?


「今、ユファンダル全域で極度の食料不足が進んでいます」


「食料不足?」


「はい」


「それが俺と何の関わりが?」


「率直に申し上げます。あなたにこの世界を救ってほしいんです」


……!?


とんでもない話を持ちかけられている気がする。


俺が、世界を救う?


「そんな、俺には無理だよ。ただの学生だし、この世界のことをほとんど知らない」


俺は必死に訴えた。


荷が重い……いや、正直に言うと俺はそんなめんどくさいことはしたくない。


「……あの力があってもですか?」


彼女は手で俺の胸を押さえた。


確かに、あの圧倒的な身体能力は自分でも最強なんじゃないかと思う。


しかし、それとこれとは別だ。


「いや、できないよ……」


俺は下を向いて小さく答える。


「……私たち精霊天使は、全部で5人います。そのうちの3人が下界で自らが選んだ人間と共に暮らしているのです。私も剣聖ファシスと共に生きてきたその一人。他の二人もそれぞれ自らが選んだ人間と暮らしていました。しかし、私と同時期に君主を失ってしまったのです。何か、察することはありませんか?」


察する……。


何を……。


まさか……。


「お前、あいつらのこと知ってんのか?」


あいつらとは、日本でのたった二人の友人だ。


幼女は小さく頷く。


「はい。でも詳しくは知りません。あなたの心から読み取れるだけの情報量です」


読み取る……ねぇ。


さすがは天使様だ、なんでもできそうだな。


「それで、それが俺をやる気にさせるのと繋がるのか?」


「もちろんです。精霊天使たちの役割は世界の理を保つこと。いずれ彼らは新たな君主を見つけることでしょう。それに相応しいのは?」


「まさか……」


「そう、異世界人」


「……まじかよ。ってことは、あいつらもこっちに来てるのか!?」


「……おそらく」


定かではなかった予測が、確信へと変わった瞬間だった。


あいつらは生きてる。


でも探すためには……。


「……わかったよ。やってやる。やりゃーいんだろー?」


「本当ですか!? ありがとうございます」


幼女は過去1の笑顔を見せた。


「それと、俺は別に剣聖じゃねーし、その敬語は嫌だなー」


彼女は表情を曇らせる。


「しかし……」


「ほら、カロナさんも俺に言ってたろ?」


俺はカロナに敬語は使うなと言われた。


その意味が改めて身にしみてわかった気がする。


「……わかり、ました」


「わかっただろ?」


「……わかった」


「よし、じゃーひとまず家に戻るかっ」


幼女は右手でいいねの形をつくり、俺の方を見た。


「そうだね! ファシス!」


「慣れんの早すぎだろ!」


シーナ、いやガブリエルとの改まった出会いは、良くも悪くも俺をユファンダルの世界へと羽ばたかせることになった。


……やっぱ正直、めんどくさいなぁ。

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