第3コーナー「迫りくる大地の崩落」

「どうなってるんだよ!」

 頭は混乱していたが、それでも自然と足が動いていた。

 大地の崩落ほうらくがこちらに向かって来ているのだから、できるだけ早く安全なところに避難しなければならない。

 俺は走りながら周囲を見回す。

 どこまでも平野が続いていて、逃げ込んで身を隠せるような建物や岩場などの遮蔽しゃへい物は見当たらない。民家や人影もないので誰かに助けを求めることもできなそうだ。

 俺にできることと言えば、できるだけ遠くへ逃げることくらいである。

 ただ、走り続けていれば助かるという保証もない。崩落のスピードも想像以上に速く、追い付かれるのも時間の問題であった。

 生き延びたければ足を止める余裕すらないほどに、地面の崩落が俺へとせまってきていた。

 俺はただひたすらに前だけを向いて、走り続けた。


 ところが、いくら足を動かしても、終わりなどは見えてこない。無尽蔵むじんぞうの体力をほこる俺の息も上がり、次第しだいに足取りも覚束おぼつかなくなっていった。

 何度も転びそうになるのをえながら足を動かしていると、耳元で再びあの謎の声にささやかれた。

『赤色の扉に入れ』

「……赤色の扉?」

 俺はその言葉を繰り返した。


 ——それはどこにあるのか。

 ——何の扉であるのだろうか。


 そもそも、こんな平野のど真ん中にそんな扉があるとは思えない。

 草木はおろか建物すらないこの開けた場所で、視界にそれらしき赤色の扉をとらえることはできなかった。

 だが、考えている余裕も俺にはない。足を動かしながらも俺は視線を動かし、必死に声の主に言われた赤色の扉を探した。


 やがて視界の先に──前方に、赤色の扉が見えてきた。平野のど真ん中に何の支えもなく、扉だけが地面にたたずんでいたのである。

「赤色の扉……本当にあったのか!」

 それが見えた瞬間の胸の高鳴りといったらなかった。

 ──これで助かる!

 そんな希望を抱き、瞳を輝かせたものである。


 ところがその刹那せつな、足元の地面に亀裂きれつが走り、俺はつんのめってしまった。

「うわっ!?」

 地面が崩れる寸前に一歩前へと踏み出す。着地して重心を移動すると、今度はその足場にヒビが入る。

 ジリ貧の状態となり、窮地きゅうちに立たされてしまった。俺が前に進むのと大地が崩れるのが重なって、ほぼ同時の状態となる。

「うぉおおぉおお!」

 少しでも遅れれば──足を止めればその時点で落ちてしまうだろう。

 そんなギリギリにおちいりながらも、俺は夢中で走った。


 ──走った。

 ——走った。

 ——走った。


 そして、滔々とうとう赤色の扉の前まで辿り着くことができた。

 後一歩で赤色の扉に手が届くというところで、俺の疲労と緊張はピークに達した。

 足がもつれ、体勢を崩してしまう。

 前方に倒れこんだ俺は、そのまま赤色の扉へと突っ込んだ。


 幸いなことに扉は観音開かんのんびらきになっていた。倒れた反動で扉は開き、俺の体はそのまま扉の中へと吸い込まれていった。

 背後で扉がパタンとしまる音がした。

「はぁ……はぁ、はぁ……!」

 俺は地面に横たわったまま激しく呼吸を繰り返した。

「はぁ……はぁ……」

 乱れた俺の息遣いだけが、その空間の中に響く。

 疲労感から体を起こすことすらできなかった。

「はぁ……」

 それ以降、俺の身に何が起こったのかは分からない。意識が飛び、辺りは静寂せいじゃくに包まれた。

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