Something more dash!

霜月ふたご

第1コース『走れ』

第1コーナー「プレハブ小屋と謎の声」

 どうして俺はこんなところに居るのだろう。意識が朦朧もうろうとしていて、はっきりと思い出すことができない。


 最後に見た光景は何だったろう——。


 激しい閃光せんこうに目がくらんできつく目を閉じたことだけは覚えている。どうやらそのまま気を失ってしまったらしい。

 意識を失う前の記憶としてそれ以上に思い返せることはなかった。

 かと言って、別に記憶喪失きおくそうしつというわけでもないようだ。

 自分の名前やかよっていた学校のこともきちんと覚えている。

——名前は道草みちくさかける。カレハナ高校に通う二年生で、陸上部に所属している。

 そんな個人情報がすぐに頭の中に浮かんだ。

 しかし、いくら思い返してみても、目を覚ました俺がこんな小汚いプレハブ小屋の床に寝そべっている理由に心当たりはなかった。


「どこだよ、ここは……」

 体を起こして部屋の中を見回す。といっても、部屋にはパイプ作りの長テーブルが置かれているだけで、調べられるようなインテリアはない。

 取りえず脱出口を探すべく、俺は立ち上がるとドアに近寄って手を伸ばした。

 こういう状況下ではだいたい扉が開かないと相場が決まっているのだが、案の定、それにたがわずドアノブをひねってみても扉はビクともしない。

 次に、目に止まったのが窓だ。黒色のビニールとクラフトテープで目張りされていたので外の様子はうかがえなかったが、開けてしまえば問題はないだろう。

 クレセントじょうを回転させて鍵を外し、窓ガラスをスライドさせてみた。ところが渾身こんしんの力を込めてみても、ガラス戸はまるで固定でもされているかのように寸分すんぶんたりとも動かすことはできなかった

「……なんだよ、これ……」

 流石さすがに、この状況に違和感を覚えた。単に閉じ込められているにしても、そこには明らかに奇妙な力が加わっているように思えてならない。


『消えたくはないか?』


 そんな俺の耳に、どこからか出所でどころの分からない声が響いてきた。

 この部屋には俺以外には誰も居ない。それなのに俺は姿の見えない誰かに、近くから声を掛けられたのだ。まるで脳内に直接語り掛けられているかのようなクリアーな音声が耳元で響いた。

 単純に言葉の意味が分からなかった俺は、驚きよりも先に疑問符を口にしてしまった。

「はぁ?」

 すると、その返事が気に入らなかったのか、声の主はさらに尋ねてきた。

『死にたくはないか?』

 今度はそんな言い回しで再度尋ねてきた。

「……そりゃあ、死にたくはないけれどさ……」

 俺は困惑しながらも、声の主の問い掛けにうなずき返した。

 いったい、この声の主はどういった立場で俺に質問を投げ掛けてきているのか。

 もしや、これは俺をいつでも殺すことができるぞ、という遠回しのおどしなのだろうか。

 知らぬ間に何らかの事件に巻き込まれ、拉致監禁らちかんきんされてここに連れて来られたのかもしれない。

──まさか、俺はこれから死のデスゲームにでも参加させられて、殺し合いでもさせられるんじゃないだろうか。

 そんなありきたりなフィクションの設定が、頭の中に浮かんだ。


 ところが、声の主は思わぬことを言い始めた。

『……ならば逃げるが良い。どこまでも……』

「はあ?」

 思わず頓狂とんきょうな声を上げてしまう。

 逃げろとは、どういうことか。

 声の主が何を考えているのか、考えてみても頭がついていかない。

「お前は誰なんだ!? 俺をこんなところに閉じ込めたのは、あんたじゃないのか!?」

 俺は叫んだ。しかし、返答はなかった。

 その後、いくら呼び掛けてみても声はそれ以上に何も言わなかった。

 どうやら会話が一方的に打ち切られてしまったようだ。

 俺はめ息を吐いた。

「……いや。それよりも、もう少し部屋を調べてみるか……」

 声のことも気になるが、それよりも自分が置かれている状況を詳しく理解することにつとめることにした。

 気持ちを切り替えるかのように頭をき、一呼吸ひとこきゅうをおく。

 俺としても、こんなせまくて薄暗いところからはさっさととんずらしたいものである。逃げろというのならば遠慮えんりょせずに出ていくまでだ。

 しかし、実際に俺はこの部屋から脱出することは叶わなかった。先程さきほど調べたまま、扉や窓は閉まっていて何も変化はない。

 逃げろといった割には随分ずいぶんと不親切である。はなから俺を逃がすつもりなどないのかもしれない。

 その言葉に嘘偽うそいつわりがないというのなら、らさないで扉の鍵でも開けてもらいたいものである。


 進展もなく、途方に暮れていると突然部屋が大きく揺れ始めた。

「じ、地震っ!?」

 そう思ったが、揺れているのは部屋の壁や天井だけで、俺が立っている地面は揺れていない。


 ——ギイイーッ!


 不意に部屋がきしみを上げたかと思えば、四方の壁が外側に向かって倒れた。

 いきなりのことで、何の反応もできずにただただ立ち尽くした。

 俺が建物の中だと思っていたこの部屋は、ただ単に書き割りが合わさって造られた空間であったらしい。

 壁が地面にパタリと倒れたお陰で、周囲に砂埃が巻き上がった。


 俺が立っていたのは広い平野のど真ん中。視界を遮るものはなく、地平線の向こうにまで芝生の地面がどこまでも続いていた。

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