第3話『図書館にて』

 翌日。金曜日の放課後。

 今日は特に小野寺との会話はなく、至って平和的に放課後を迎えた。

 小野寺と話すようになってから、小野寺教の奴らからの殺意と敵意がすごい。小野寺教徒の卒業後が気になるところだな。

 そんなことを考えながら、俺は教科書をカバンに詰めた。


 グラウンドの横の道からサッカー部を見る。


「おうおう、今日も元気に走ってますなぁ」


 俺の存在に気付いたのか、笑いながらこちらを見て手を振る瑞斗に、俺も手を振り返す。

 自慢ではないが、この間の体力測定なんて、一発目の五十メートル走で死にかけていたからな、俺。


 俺はグラウンド近くに設置されている自販機でスポーツドリンクを買い、休憩中の瑞斗へと渡しに行った。



「これ」


「お、サンキュー」


「汗を流すのもいいが、夏だし熱中症対策は万全にしないとな」


「ありがとよ」


 この間のコーラのお礼だ。

 余計な記念日を消したいしな。


 時刻は午後四時半。

 瑞斗にスポーツドリンクを渡していたため、いつもより少しばかり遅めだ。

 どうせ残りの時間はいつものように図書館で過ごすから、あまり関係はないが。


 涼しい校内を進み、俺は図書館へと向かう。

 そして誰もいないであろう図書室の扉を開けた。


「…………」


「あっ! 阿澄くん、来たんですね! 遅かったから来ないかと思ってまし……あ、いや、違います! 偶然でした!」


 部屋に入ったら隣の席の美少女と鉢合わせる。

 そんなテンプレ展開に、俺は言葉を失う。

 まぁこの子の場合、『偶然』ではなく『必然』だが。

 てか嘘つくの下手すぎないか?


「何してるの、小野寺さん」


「ほ、本を読んでます!」


 肩くらいまで伸びた銀色の髪を左右に靡かせ、青い目を輝かせて答える小野寺。

 見ると、読んでいるのは恋愛小説らしい。それも最近ドラマ映画化もされた人気作だ。


「それは見たら分かるけど……」


「昨日はちゃんとお話しできなかったので!」


「五分くらいは話したと思うが……」


「すみません、迷惑でしたか?」


 そんな目で見つめるな!

 正直迷惑ではないが、異性との距離感は考えないと後々大変なことになる。思わせぶりな態度に、男は簡単に相手は自分のことが好きだと勘違いしてしまうからな。

 それに小野寺に感情の赴くまま告白してみろ。小野寺教による地獄のような尋問が待ってるぞ。

 

 アニメとか見てて思うが、俺の場合、爪剥がされる前に全部打ち明ける自信がある。痛いのは死んでも嫌だしな。



「いや、別に嫌ってわけじゃないけどさ。特定の人とばっかり話していると、誤解されてしまうぞ」


「ふむふむ……わかりました! じゃあとりあえずお話ししましょ!」


「わかってないな、うん」


「わかってますって!」と笑う小野寺の頭は、多分俺の言っている意味を理解していない。

 まぁさすがに高校生活ずっと怯えて過ごすってのもあれだしな。というか、そんなことに怯える必要はない。なんたって、俺はモブキャラだから。


「それ面白いのか? 話題になってることは知っているが、内容は知らないんだよな」


「はい! ヒロインの女の子がめっちゃ一途で積極的なんです! すんごく可愛いんですよ!」


「へぇー」


 内容は教えてくれないんだな。

 まぁいいや。


「阿澄くんは普段図書室で何を読んでいるのですか?」


「俺はライトノベルってやつだ。種類は少ないが、一応この図書室にもあるし、良ければ俺のおすすめを読んでみるか?」


「はい! お願いします!」


 同級生なのに敬語って、慣れないな。

 見た目は明らかに中学生、下手すれば小学生にも見える……。でもどこか大人びていて。それが小野寺の魅力の一つなのかもしれない。


 俺は席を立ち、ライトノベルがまとめられている本棚へと向かう。

 小さめの本棚が二つ、横に並べられており、本棚の上には図書委員が書いたポップとおすすめのラノベが一冊置いてある。

 でも俺が小野寺に勧めたいのはこれではない。

 本棚の一番下の段、ラブコメゾーンにある本だ。

 

 お目当ての本を手に取り、俺は小野寺の元へ戻った。


「はい、これ」


 ふらふらと上半身を左右に振る小野寺に、俺は取ってきた本を渡す。

 取ってきたはエロ要素のないラブコメだ。


「一応そのシリーズ、八巻まであるから、もし一巻読んで気に入ったら続きも借りてみて」


「おぉ! これがいつも阿澄くんが読んでいるライトノベルというものですね!」


 いつもテンション高い気はするが、今日は特に高いな。


 ラノベの話をしているうちに、気付けば時刻は五時を過ぎていた。


「あ、もう五時ですね。今日は妹と夜ご飯の買い出しに行く約束があるので、今日は帰ります!」


「あー、うん。気を付けてなー」


「はい!」


 いつものようにペコリと頭を下げ、俺のおすすめした本を機械に通して借りると、図書室の扉の前でもう一度頭を下げた。なんていい子なのだろう。

 保護者が我が子に向けるような温かい眼差しで、俺は小野寺を見送った。


 小野寺って妹と仲が良いんだな。俺の妹も昔は可愛かったのに、中学生になってから怒鳴ってばっかりで全然可愛くないし。俺に対して怒ってる妹の顔が、今も頭に浮かぶ。


 それにしても小野寺の妹か。顔立ちは完璧だろうな。

 期待はしつつも、多分会うことなんて一生ないと思う。


 ――と、その時、再び図書室の扉が開いた。

 間から顔を出したのはさっき帰ったはずの小野寺だ。


「どうした? 忘れ物か?」


「ち、違います! えっと、その……」


 何か言いたげに俯く小野寺に、俺は怪訝な表情を浮かべる。

 わざわざ戻ってきたんだ。何か理由があるのだろう。

 そう思っていると、何か覚悟を決めたのかパッと顔を上げた。


「ま、また次もお話ししてくれますか!」


「あぁ……そんなことか。別にいいぞ、人前ではできる限りやめてほしいけど」


 俺の返答に、小野寺の目が再び輝き始める。

 俺なんかと話してて楽しいのか? まぁ小野寺が話したいと言っているのだ、強がって拒否する必要もないだろう。


 笑顔で小さな手を振る小野寺を、俺は再び見送った。

 あんな美少女と話していると、話す時間=寿命が減っている気がして怖い。


 俺は持参したライトノベルをカバンから取り出し、誰もいない静かな空間で読書を始めた。

 あと一時間。俺は瑞斗の終わりを待たなければいけない。まぁ一時間後には今読んでいる本も、ちょうど読み終えている頃だろう。

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