第20話 遠い約束と912の秘密

 むわぁっと噎せる様な饐えた空気。だだっ広くって埃っぽい、電気を点けても薄暗く明滅する蛍光灯の幻燈機。色んなものが雑然と置かれ積み上げられていて、浮かんでは消えるシルエット。誘導する手振り人形の無表情とか急に出会でくわすとビクッとなる。まじ薄気味の悪い……多分夜一人じゃ絶対来たくない類いの場所、その一番奥の奥の隅っこに私達三人は立った。



 -城之内建設株式会社 第一資材倉庫 内


「此処ぁ、ウチでも一番古ぃ物置きでな、こっち運んでから20年近く経っちまった……」

「で、一体何?見せたいものって?汗かいちゃったじゃない!もう またシャワー浴びなきゃだわ」


 おい?言っとくけどシャワー浴びたいのは朝から汗だくの勤労者、私の方だっ! さっき迄遣り込められてた癖にもう平然とブツブツ不平垂れる菜々緒。……兎に角、連れて来られた私達は意味不明でおじさんの次の台詞を待つ。しかし意外にもそれは菜々緒に向けてじゃあなく私へのものだった。


「才子ちゃん」

「え?……は、はい?」

「才子ちゃんのポルシェ。素性ってか経緯いきさつ知りてぇか?」


 素性?経緯いきさつ?……あぁ?そう言えば一度、爺ちゃんに*訊いた事あったけどその時、お邪魔入って何となくその侭うやむやだったな?ただお客さんのじゃなくって"うちのクルマ"ってたから別段に気にも留めなかったけど……


「え?おじさん知ってるの?」

「あぁ、万亀さんからもさっき色々伺った、ええ機会やからから有りの儘話したってくれって仰られたんさ」


 ……え?それってなんか知り合いの誰か乗ってて急に亡くなったから爺ちゃん引き取ったなんて類いの話とかだったら、バックミラー覗いた時に意識しちゃって後部席にちょこんと座った霊とか見えそうでなんかだなぁ?とかふとそんな事が頭を過ぎった。


「あのポルシェはな……」


ゴクリ


「"戦利品"。や」

「え?戦利品?」

「あぁ、俺とおめぇさんの父ちゃん、彰二のなぁ」

「えっ!?パパ?」


 戦利品?なんだそりゃ?益々、意味不明。しかも意表を衝いて飛び出したパパの名前に驚いた。


「彰二のんが今、才子ちゃんが乗っとるポルシェそいで目の前のこれが俺のん」


 目の前の埃まみれの古いシート被ってパッキンやら備品やらが無遠慮に上に積み置かれた何か……車?に三人の視線は集まる。菜々緒はそこから訝しい視線を父親に送って吐き捨てた。


「何よ"戦利品"って?まさかパパ、才のパパと連るんで車泥棒なんてやってた訳?で、コレ、ほとぼり冷めて時効迎えてから捌くつもりで、隠し通して20年も寝かせといたって訳?価値上がるの見越して!ワルね?……でもパパならともかく才のパパなんて全然そんな感じじゃなかったのに、ショックだわ」


「あぁ?車泥棒だ?」

「だ、だってパパ、族まがいの走り屋だったんでしょ?しかもかしらなんて呼ばれてて、こないだ聞いたんだからねっ」

「だ、誰がそんな事ぬかしやがった?」

「誰って?ほら……アレ!なんだっけな?あっ!そうそう!大日本旧車會の!」

「大日本?狂社会?なんじゃそりゃあ?右翼か?それともどこぞの組かっ?聞かん名前や」

「キョウシャじゃない!キュウシャ!旧車會!」

「厩舎会?……ははぁ?畜産の組合のヤロー供か?あいつらこの前テクノパークの造成・誘致議案で近辺環境がどうとか工業用地排水やから雨水でも共同溝使用、抵触するやらなんやら市議連のソッチ系の奴等に働きかけてやがったからな?娘にまで変な吹聴するなんざ何てぇ姑息な野郎供だ!?」

「ち・が・う!ク・ル・マ!車の旧車!昔、パパの子分だったって、とってもガラ悪い人、会長の……」

「俺の子分で会長?誰じゃあそいつぁ〜?エエ根性しとんのぉ?狙とんか?下克上?」


「あ、中畑なかばたけさんだね?」なかなか噛み合わない父娘見かねて埒あかなそうだから口挟んだ。


「そうそう!キヨシ!ってた」

中畑なかばたけ?キヨシ?……キヨシ?あっ!清の野郎かっ!?何でまたアイツが出て来よる?」



 …………



 中畑なかばたけ会長さんの事はともかく、


 戦利品。


 勿論それは盗難車なんかじゃなく"と或る賭け"の相手方の代償とでも言うべきか?と説明した。兎に角、よく解らないが私の……ウチのポルシェはそうしてパパの元へ遣って来た。らしい。そして一つの約束を交わしておじさんもパパもその賭けを最後に車を降りたらしい。え?それってパパも車、暴走族かなんかやってたって事?そんな疑問ぶつける間もなくおじさんは続けた。


「お互いやるべき事・本分為したあと、そん頃ぁきっとそこそこ歳取って若気のナントカも肩の力も抜けてこんなクルマ転がしても似合う様になっとるだろうからよ、気長にレストアでもしてよ、再会して久し振りに流そうや?競り合う事なしでな。で、お互い息子でも出ぎたらよ、そいつら興味有りゃあよ、譲ってやろうぜ……約束だぜってな」


 おじさんは更に続ける


「さっき帰ぇってきて車庫であんポルシェ、20何年振りに見たぃね。おったまげた。訳判んねぇ?何故ウチに居やがる?……で、慌てて駆け上がったリビングにゃあ、あん頃まんまの彰二とメイちゃんの面影がよ、こっち見てよ、才子ちゃん、おめ〜ん中から"久しぶり”とよ、笑いかけて来よった。俺ぁもうクラクラしたさ。


 まるでな、


 "修くん、こっちは約束履行したよ。そっちはどうなんだい?"ってよ、


 まるでな、


 全〜部、上の方から見下ろしててお見通しって訳か、"何やってるんだよ?もう見兼ねたよ"ってな? 違いねぇそん通りや。しっかし決して忘れとった訳じゃねぇ……けんど、あいつ逝っちまってからよ、約束果たす術もなく宙ぶらりんの侭さぁ。そんだけじゃねぇ、一体俺ぁ何やっとったんや?半ば強迫観念に駆られたみてぇに仕事ん事しか鑑みんとな、いや?それ理由にかこつけて大切なモンず〜っとないがしろにしとったぃね。

 会社護る為、デカする為やったらどんな事もやった、どんな手ぇ使うても、小役人買収しても受注けたった。てっぺんの奴ら蹴落とす為によ、我がん事ぁ棚上げして禁じ手のよぉ、汚職や談合の告発して根刮ぎ叩き潰したりよ、徹底的にな!そんな同じ様なやり口でしかよ、娘とも……接し方もわかんねぇ。挙げ句の果てにゃあアイツの死に目にも会えんかったんさ」


「なんだ、わかってんじゃない?で、さっさと社員、あの人と再婚しちゃったり?」

 遮ってしれと皮肉気味に菜々緒。それはちょっと今の流れじゃ辛辣過ぎやと思うぞ?……一瞬ピク!としたおじさんだったけど大事なシャンパ〜〜ニュッ私達に空けられた時みたいにグッと堪えた様に続ける


「……あぁ、まぁそう言うたってくれるな。専務は、あいつぁあん頃から俺が一番キツかった時分、仕事でも外でも家ん中でもけて、支えてくれよった。実質会社回しとんもあいつやし、ココ迄来れたんもあいつの尽力あってこそや。今日だってほれ、あっちの公共工事、県境の荒れた県道の改修現場からよ役人たち接待回っとるんさ。日々そんな感じや、家も殆ど寝に帰ぇるだけの生活で休みなんかねぇ。ガキん頃からナナ、お前に幾ら反抗されよが私は後妻やから……ってよ何〜んも言わんとそれでも粛々とな。子供かて仕事もこんなやし、長く外せんし菜々緒さんの気持ち考えれば、それに菜々緒さん一人居ればってな、拒み続けよったさ」


「……」


 菜々緒の性格から、キレて余んまり酷く喧嘩腰で絡むなら幾ら親子間の事とはいえ流石に制止しなきゃ!って身構えたけど、意外にも今度は押し黙った侭の幼馴染み。私は私で訊きたい事もっと有ってうずうず!然しおじさんはおもむろに歩を進めると、埃の堆積した古いズタボロのオレンジ色のシートの上に乗った色んな物を振り払う様に勢いよく退け落とし、紐……ぐるぐる巻き状態に掛かったのを解きに掛かる!が、そう簡単には解けない!もうお洋服が汗やら埃で汚れるのも構わず長年絡まった侭の紐と格闘しだした!


「でっ?おじさん、そのパパと一緒にやった"賭け"って一体?パパも族の人やったん?」

 

 我慢出来ず私はストレートに疑問をぶつけ、そして無意識に、脇目も振らず必死に悪戦苦闘するおじさんの加勢に入った!


「い〜や、彰二は俺らとは違うた、まるっきし違が〜人種さ。で、そん"賭け"ってのはな、こん町のおとこん尊厳賭けた、"どんな奴でも一度位は、チープスリルに命を懸けてしまうのさ"……って類んヤツだ」


「何それ?臭っ……」


 菜々緒も腐しながら渋々装って加担したが、違う!私には判る、つきあい長いからわかるんだ!ヤツの挙動からは明らかに興奮してるのが看て取れる。迸る汗、埃塗れ!そして三人がかりで遂に絡まった紐は解け、ゔぁさっ!とシートが取り払われもう一台の"戦利品"がその姿を顕にした!






*注 『オイリーガール』第10話 故障車 より...

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