第18話 初めての経験 Ⅰ

 "現車確認なしでの落札の場合、ノークレーム・ノーリターン厳守にてお願いします"


「……当然、見てないわな?」

「……」

「……確か爺ちゃん、買う前に相談しろ言うたわな?」

「……」

「返品……は、どう〜も難しそうな感じじゃのぉ?」

「……」


 そりゃあ最初は激昂して今にもスマホ掴み取って喰って掛かろうとせんばかりの菜々緒だったけど、3人してオークションの終了画面や遣り取りなんかを見ながらその微妙かつ現実知った後じゃあ少々狡猾にすら感じる表現の説明文と条件をチェックするにつれ、いつも乍ら判り易い程傍目に見てもずぅうんと落ち込んでゆく。意気揚々、自慢たっぷりウキウキ天国から奈落の底へ真っ逆様だ。性格知り尽くしてるから、もうどうこう詰問の様な事はやめとこう。そして整備方針と言うか?それ以前にどうするか?その辺りも取り敢えず今日は置いておく事にした……。

 兎に角だ、クルマを、特にこんな古いのは必ず現車を前に可能な限り細部迄入念に確認してからコンディション納得しメンテナンス方針迄考慮の上決断すべし。今即決しなきゃ他の誰かが!な焦燥と強迫観念は理解わかるがそれで若しお流れになっても元々ご縁がなかっただけの事。by 爺ちゃん

(私に謂わせりゃあ古い車に限らずも、んな事当たり前だとは思うぞ……)



 陽が沈む頃を待って、久し振りに912を出す。


 明日は日曜日でお休みだから爺ちゃん、今宵は一杯やりに行くらしいから私は消沈の菜々緒送って行きがてら付き合う事にした。


 真夏の陽の高い内はお休みの日でも乗って出る事はほぼ皆無の912。時折り早朝や夕暮れ以降に乗る以外は基本シーズンオフだ。大学も夏季休暇中の今はいいけど通学、特に往路は流石に堪えるし汗かいた侭、受講も匂い気になって厭だし冷房ついてる軽トラで行く事もある。だから今年は我慢して来年はクーラーまた装着しようかな?とも目論んでるんだ。


 屋根を外した912 TARGAは夕暮れ時の市道をパタパタと長閑に然し軽快に往く。

 

 右腕を窓のところにのせて視線を外に投げぶすっと押し黙った侭だった菜々緒。走っていれば生ぬるい風でもはらんでまだ耐えられるし、なんなら心地良さすらある。それはオーナードライバーの勝手な自己満なのかも知れないけど……でも黙ってても文句ひとつ垂れず、風に髪を梳かしてる所見ると少なからず同じ気分味わってるんだろうと、私はちょっと遠回りして暫く流す事にした。菜々緒は何も言わなかったがようやく口を開いたかと思えば、「どっこも出て行く気力ない」からってピザかなんかをデリバリーで頼みだして「30分でお願い!」とスマホを置いた。"わかった!その位な?"と私は心の中で頷いて農道の方にステアリング切った。



……


 912をガランとした車庫の端に停めた時、丁度ピザの宅配もタイミングよく届く。おい?一体どれだけ頼んだんだ?な数の箱を抱えて玄関入ると、相変わらずだだっ広いお屋敷の空調をつけて回って


「もう!腹たったらお腹ペコペコだわ」


 ブツブツと独り言呟きながら菜々緒は冷蔵庫から炭酸水を片手に、もう一方で棚から足のついたグラス2脚を器用に指で挟んで持ってくると、再び引き返してザラザラと氷を入れ少しお水を張った銀色のバケツを抱えてきてドン!っとテーブルに置いた。忙しなく今度は向こうの部屋に行ったかと思えば汗をかいた黒い瓶を2本提げて戻ってきてその中に突っ込む。ジャラシ!……氷が軋めく音と水が少しはじけた。


「菜々P、ちょお?コレお酒やろ?私、クルマ!」

「今日は付き合いなさいよ!明日お休みでしょ?泊まってったらいいわ」

「……」相変わらず強引というか?

「こんなの飲まなきゃやってられないでしょ?いいから食べよっ!」


 大きなピザが2枚とラザニア、サラダ、チーズと生ハム。フリッターとか言うらしい色々揚げたのん。何か本格的やな?と思って訊いたら御用達イタリア料理のレストランで頼んだらしい。むぅう?宅配ピザとは見た目からなんか違うな……そして何より美味い。もしゃもしゃと食べ始めて流石に喉が乾くから炭酸水の大きなボトルに手を伸ばした、


「それっ、ちょっと待ちなさい!」と急に制止されビクッとなった。

「?」

「こっち、少し早いけど元々冷やしてあったからもういいでしょ」とおもむろに一本の首根っこを掴むとバケツから引っこ抜いて口の所を毟りだす。


 ポンッ!


 シュワシュワ〜っと自分のグラスにちょっとだけ注いで舐めるように少し口に含んだ後、こっち向いてにまぁっとしてもう一つのグラスを満たして私に寄越した。

「乾いた喉には一発目はコレよ!」


 なら先に出せよな?と思ったが、そのコルク栓抜いた音、注ぐ音も心地よく金色の液体と木目細かな泡立ちは、凄く大人な感じに映ったけど一体どんなお味なのか全く想像もつかなかった。ただ苦かったりキツかったりしたらだなぁ……と思いながらカチン!と軽くグラスを合わせる、


「似非マッチョプロセインに騙された哀れな……」モニョモニョと菜々緒は訳の解らない台詞を自嘲気味に呟いて「乾杯!」と発してくぃ!とグラスを一気に傾けた。私は恐る恐る口をつけてみる


 ……あら?


 美味しっ!?冷たくって苦味はおろか雑味の欠片もなく仄かに上品に甘くりんごの様な香りがふわぁっと口の中に拡がって鼻腔から抜けた。すかさずもう一口、今度は少し香ばしさを感じ舌の上から喉を滑るプチプチ弾けるコーラとかの炭酸と違って木目の細かい泡の感触が堪らない!その侭私もグラスを傾けた。


「ぷはぁ!なにコレっ!?美味ぁ〜!」

「へへへ、パパのワインの冷蔵庫から適当に抜いてきた。当たりね!」

「シャンペン?」

「シャンパ〜〜ニュッ」


 これがそうか?勿論初めてだったけど本当に美味しかったし、暑かったし脂っこいもの食べて喉も乾いてたから尚更。アルコールも全然きつく感じなかったし二人してしこたま喋って食べてそして飲んだ。相変わらず今日の一件で愚痴タラタラだがそれ受けるのも幼馴染の役回りかと、少し生気取り戻して頬も紅潮した菜々緒を見て思ったが、何と!この恩知らずは帰省したあの日同様、また私一人残してシャワー浴びに行ったではないか??……酔っ払う前にって。全くではあるが、まぁ仕方ないからホワホワと気分のいい私は小海老やイカのフリッター摘みながらこの美味しいシャンパ〜〜ニュッをちびりと独り戴く事にする。ん?この感じ?なんか血は争えないんかなと少し可笑くなった。


 と、玄関の方から騒がしくドタドタと足音。バタン!と勢いよくドアが開く


「ナナ!おい、ナナ〜!あのガレージのポル……」


 視線が合う。縦縞ストライプのスーツに厳ついメガネのな風貌のヤ……おじさん=菜々緒のお父さん!丁度独り瓶をトクトクとやってた所の娘でない(多分)知らない若い女=私の姿をダイニングに認めて言いかけた言葉と、同じく私の動作もお互い止まってしまった。


「う?だ、誰やおめ〜?」

「……あ、おじさん、お邪魔してます。ご無沙汰してます」

「あ?……」

「あ、才子です。國松才子です。あの菜々緒ちゃんとご飯一緒に、これ、戴いてました」


 おじさん随分久し振りだったからつい時が巻き戻ったみたいに思わず昔の頃の呼び名で菜々緒の事をそう呼んだ私、ちょっと申し訳なさ(恥ずかし)げに瓶をこそこそバケツに戻すとカラランと少し溶けた氷に瓶が浮きそうだった。


「さい、こ?もしっかしてさぁて彰二んトコの才子ちゃん……か?おぉう、おうおう!こりゃあ懐かしいのう〜?元気しとったか?」

「あ、はい」

「ってぇ事ぁ、ガレージのあのポルシェ……」

「はい、私のです」

「……そ、そうなんか?今、才子ちゃんが乗っとるんか?」

「今?」

「あ、いや……んな事より才子ちゃん偉ぅ別嬪さんなっとって気付かんかったわ!堪忍堪忍な!あぁ?そう言やぁなんか、ナナも古ぃのに替える言うとったな?」


 おじさんはもう一度しげしげと私の顔を覗き込んでからテーブルの向かいの椅子にどっかと腰を下ろすと、手も洗ってないのに一つ小海老を摘んだ。別段お酒、咎められる事もなかったからホッとして調子に乗って


「そう!もう菜々Pったら……」


 別嬪さん言われたからか?いや?きっとお酒のせいだろう、シャンパ〜〜ニュッの潤滑オイルで私の口は頗るよく回った。饒舌にベラベラと今日あった顛末をおじさんに面白可笑しく話して聞かせた。














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