第12話 ノーサイド

 - 居酒屋 十八番 PM6:05



「辰の野郎っ、あんだけ6時から!っつっといたのによぉ……構わねぇ土井氏、始めちゃってくれ」


「いいの?中畑さん? 盛り上げた立役者不在で寂しいけど、時間もあれだし……それじゃ」


 駐屯地正面ゲートから程近いこじんまりした料理屋さんのお座敷貸し切って、今日の打ち上げが始まった。4時頃に一旦解散して車を撤収、帰宅後出直しの者、遠方故その侭の流れで参加の者夫々だったが、兎に角30名程のオーナーや身内が集った。…実は最後あのレースの着順を巡って喧々囂々の一悶着があったんだ。同着?同タイム?どっちが勝ったとか?いやこっちが勝ったとか?全く大人気ないってか? 自衛隊もその辺りもうちょっと最新鋭の何かの装備使って計測するとかさ、出来そうなもんでしょ?シゲルコの話じゃこんな揉め事毎年毎年って言うじゃない? 詰めが甘い!しかもそれを恒例行事の如く待ってました!っとばかり笑いながら囃し立て盛り上がるこの町の人達もどうなんだ?と思うぞ?


 まぁ何はともあれ私も菜々Pと爺ちゃんと参加させて貰う事になって、浴衣の裾を気にしながら正座した足の痺れと格闘していたんだ。



「まぁ、最後いろいろありましたがね、場が捌ければ国の内外は別としても車を愛する者同士、互いの健闘と愛車を称え合おうではありませんか?」


「いよっ!いい事ゆうね!大統領っ!」


 中畑から茶々が入る。菜々緒は顔を寄せ耳打ちする「いちいち面倒なオヤヂね?」確かに!苦笑いの私。土井はコホンと一つ咳払いして、


「それでは、本日は皆様 誠に疲れ様でした! 我々の愛車を沢山の人達に観て貰って喜んで貰って、きっと新しいクラシックカー愛好者を啓蒙した事でしょう……」


「お〜い!堅いぞ〜!」まただ。今度は土井も無視して続ける


「そして我々も熱い闘い繰り広げ年甲斐もなく大興奮した……ちょっと最後ヒートアップし過ぎだったのが玉に瑕だったけどね?それもご愛嬌という事で、昨日の敵は今日の友。そんな長く濃厚だった灼熱の一日と、場を与えて下さった自衛隊さんに、そして素晴らしきオーナーの皆さんと我々の愛車に。乾杯っ!」


「乾杯〜!」


 コップのぶつかる音と威勢のいい発声と唱和。私も隣の菜々緒と烏龍茶の入ったグラスを、そして嬉しそうな爺ちゃんはジョッキを掲げ昼間っからずっと呑んでるからもうご機嫌な感じだな。早速、隣の人と車の話なんかで盛り上がってる、もう……


 ……


 お料理つついたり、怒涛の波状攻撃で次々絡んで来るおじさん達をいなしつつ


「で?菜々Pどうやった?何かコレって感触はあったん?」


「うん、ま……ね」


 もしゃもしゃとしながら菜々緒とそんな会話をしてたら、明らかに目の据わった中畑がビール瓶片手に正面に遣ってきてどっか!と胡座をかいた。"うゎ" 間違いなく顔に露骨に嫌な表情が出ていたであろう私達に気付いてか気付かずか窺い知れずも、その大日本旧車会々長は無遠慮に喋り出した。


「ビールは……まだダメだな? で、どうだい? もう候補は決まったかい?」


 矛先が私でなく菜々Pだったんでちょっとホッとするが、ターゲットになったその隣の先程'姐ちゃん'呼ばわりされたプライドの高い女は、明らさまに不機嫌な様子で箸を置いて正面を見据えた。御愁傷様。きっと "姐ちゃん、姐ちゃん、小娘が高額な旧車、しかも外車なんぞ生意気なんだよ!まったく親の脛囓りやがって!"とか"日本車にしとけや"とかなんとか一体どんな無遠慮な罵詈雑言浴びせられるのか?一瞬身構えたが、しかし予想に反して中畑の次の一言は思い掛けないものだった。


「あんた、ジョーさんトコの娘さんなんだってな? 姐ちゃん呼ばわりしちまってよ、悪かったな」


「!」


 菜々緒は父の仕事繋がりや関係柄、城之内の娘だと知ると急に豹変し謙っておべっか使って来る大人達を腐るほど見てきたから、このぶっきらぼうな男もまたその類いなのか?と辟易し憂鬱さも更に倍増した。


「会長さん、ウチの父とご面識が?」


「な〜に言ってんだい?キヨシって親父さんに聞いてみな? 懐かしがるぜぇ?昔、連るんで転がしてた仲さぁ!まぁ、あん人はカシラで俺は歳下でずうっと下っ端だったがな。はっはっはっは!」


 そう言って豪快に笑う中畑は、利害関係のある'その類いの大人'達とは少しニュアンス違うのか?しかし菜々緒は勿論そんな事は初耳だったし父親がクルマ'転がして'たなんて話にもちょっと驚いた。土建屋・周辺事業で今では違うモノ転がしてるイメージならあるが……


「随分と昔の話よ。族紛いの走り屋にゃあ違いねぇが、皆クルマに夢中だった」


 酔った中畑は少し遠い目をしたが、私達に語りかけてるのか? それとも酔いに任せ自ら回顧してるのか? 兎に角、饒舌に続けた。


「俺もな一度はな、皆、所帯持って仕事に没頭し出した頃にゃ足洗っちまったがな、それから何十年経って仕事も落ち着いて子供も大っきくなって自由んなる金も時間もちょっとは出来たからよ、'あん頃の情熱やもう一度!'じゃねえけど、また昔の血がフツフツと煮え沸って来たってワケよ。走り自体は随分大人しくはなっちまったがな? まぁ歳相応ってヤツだ。ジョーさんの娘っこのあんたとかウチの辰とかよ、もう二十歳ハタチになるんだもんなぁ……」


「19歳です。そう言えば最後走ったその辰さん?って方、凄かったですね? 私達と同い年なんですか?」


「うん、凄かった!殆どプロのパリの人と比べても遜色なかったもんな!」


 初対面のぶっきらぼうでガサツな印象は変わらないが、'意外な接点'と案外弁えててまともな会話内容、その同い年のドライバーにも興味あったし続きを聴くのも悪くはないと思った。何よりその意外な接点=あの父親の知られざる過去の一面にも怖いもん見たさでチョットばかり興味があったのもまた事実。そんな菜々緒ばかりか隣の才子まで乗ってきたもんだから、気を良くした中畑はまるで我が事を褒められたかの様に上機嫌、


「だろっ? だろう? わかるかい?姐ちゃ……いや嬢ちゃん、あ!城ちゃんか!? こりゃいいや? わっはっはっは」


 いや?やはりガサツな只の酔っ払いか? しかし話題がその辰ってドライバーの事に及ぶと向こうの方で聞きつけた篠塚も興味津々!とばかりに此方に寄ってきて会話に加わった。


「遜色なかったかなぁ?才子ちゃん?参ったなぁ。しかし'彼女'確かに速かった。で、一体何者なんですか?中畑さん?」


「え?彼女!?辰さんって女性なんですか?」


「あれ?知らなかったの?」


 菜々緒と才子は吃驚して篠塚をそして振り向いて中畑の方を見た。そう言えば展示スペースで車見て回った時、中畑が最初に薦めて屋根をバンバンとやったGT-Rに菜々緒は興味を示さず見向きもしなかったからきっと車内にいたのであろう'彼女'は見てない。ゼロヨンの時はフルフェイスのヘルメット被ってたし、終わった後も向こうの方でややってたし自分達はそそくさと出店の方行っちゃったから結局は……な次第だった。だから'辰'って呼び方からも疑いもなくてっきり手下の少し若い普通のオジさんとばかり思ってたし 同い年って聞いて随分驚いたが、しかも女の子とは尚更である!



「おう!B級グルメ氏か? お疲れぇ!まぁ一杯いこうや、話はそれからだ」





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