第9話 ゼロヨン!14秒のレーンシュポルト

 駐屯地内を南北に縦断しゲートを開ければ隣接する演習地まで貫く直線道路。その距離は650mに及び、戦車や重火器牽引車両等も通行することから路幅も広い。


「なんか毎年揉めてこの系のはやらんのやなかったん?シゲルコ?」


「結局ぅ、盛り上がるのは……って外せないんだって。名目だけ'走行会'って温順しくして」


「気質かしらね?この土地まちの。でも400m走って?」


 照りつける真夏の昼下がり、団扇をパタパタさせる浴衣姿の二人と、「ぢゃ準備があるからぁ、また後でね♡」と一旦その場を離れる制服女性自衛官の会話。そしてその疑問に答える声が背後の視界の外(下方)から……



「そりゃ"ゼロヨン"っちゅうんじゃよ」



「あ、工場ちょ……爺ちゃん!」


 作務衣姿の老整備士は、こちらも扇子片手にパタパタともう片方の手には大好きなビールの紙コップを片手にご機嫌な様子。


 ゼロヨン。


 元々は'50年代から'60年代アメリカ一般道路でのストリートレースが起源とされる信号停(静)止状態からスタートし次の信号迄、若しくは等間隔に立った電柱間で行われるスピード競争(*前者はシグナルグランプリとも呼称された)だった。その距離が1/4マイル=402mであった事から日本でも'70年代にその踏襲距離を基に0から400m 迄、即ち"ゼロヨン" として公道で血気盛んな若い車好きの間で繰り広げられ、後には"富士スピードウェイ"等に於いても競技として開催される程隆盛を極めた。そしてその計測タイムはゼロヨン◯◯.◯秒と自動車の性能判断基準としても当時、大いに重用されたが現在ではその限りではない。



「今時、珍しいノスタルジィじゃが 旧い車で余興のゼロヨン、よぅ考えよったものよのう? それにここん所の直線道はまさにうってつけじゃ」


 駐屯地敷地内の直線距離が大凡400m。開門され通行止めされた細い一般道路を跨ぎ演習地の脇奥へ伸びる、謂わばゲートがゴールでそこから先がスロウダウン区間と相成るわけだ。


「ワクワクするのぉ……」


 8台の車がクジ引きで初戦の対戦相手を決め、1対1で勝ち上がるトーナメント方式で競われる。血が騒ぐのか?興奮隠せない元テストドライバー老整備士は紙コップを傾け連続して喉を鳴らすと独り言を呟く様に、無差別の対戦はエンジン出力の差など一見不公平に感じはするものの其の実、一概に大排気量のエンジンを搭載してるから有利な訳ではない事を、そして旧車は何もその過ぎ去った時代懐古的な外観や雰囲気だけじゃなくメーカーの"癖"が色濃く反映された動力性能こそ真髄!……である事を孫娘と鋭意物色中のその幼馴染みに滔々と語りはじめた。


「爺ちゃん、もう酔ってるやろ? 真っ昼間から?」


「もう一杯買うてきとくれ、才子や」


……


 湧き上がる歓声・歎声そしてどよめき。スタート時にタイヤを空転させ白煙をあげよろめきコントロールを失う12気筒!それは故意のラインロックによるバーンアウトではなく単に無知が故のアクセル空吹かしから唐突にクラッチ繋いだだけの所以。大袈裟に悔しがるニッカポッカの英国かぶれ……No Wayだ。


 お次は、あっ!?


 "さぁ、続きますは当駐屯地を代表しまして女性ドライバーの登場です!駆るのはワーゲン・ポルシェ914!そして相対するはロータス・ヨーロッパ!1.6〜1.7リッター軽量ライト級の対決行ってみましょう〜!"


 ん?よく聴けばどっかで聞いた事のある声の場内アナウンス、制服姿の凛々しいシゲルコがドアを開け颯爽と笑顔で応える。その勇姿を認めると例の「シゲルコちゃ〜ん」コールが巻き起こった!従来のクラブメンバーにSNS親衛隊……それに若い自衛官達が加わって構成員も随分増強された様相だな?


「あいつちゃっかりと」


「らしいわね?……でもあのコ達知ってるのかしら?」


「……ん? 何をじゃ?」


苦笑いの菜々緒の呟きに意味がわからない爺ちゃん。年寄りには刺激がキツイ……


「何でもないよ爺ちゃん。こっちの話だ」



 スタートと共に飛び出す'70年代一世風靡したFRPボディを纏う英国製ライトウェイト・ハンドリングマシン。流石っ速い!しかし平べったいオレンジ色の'弁当箱'は2速で肉薄、3速で並びそして遂に躱した!


「うおぉ〜シゲルコちゃぁ〜ん!!」


巻き起こる地響きの様な大声援!

「行け〜!」

「其の儘ぶっちぎれ〜!!」


 僅差でゴール!クイックかつ絶妙なシフトアップ……初めて914に同乗した初冬のあの日、感心したシフトワーク上手の片鱗はより磨きが掛かって健在か?単純な直線スピード競争に見えて緒戦段階で姿を消すのは車の性能云々よりやはり運転者ドライバーの力量? そんなたった15秒程の出来事も本数を重ねる毎、シゲルコの勝利で更に会場はやんやの大喝采の盛り上がりだ!


 "さぁ、次は海外オークションを彩る垂涎ミリオンダラー対決に大注目ですよ〜!"


 颯爽と登場したのは菜々緒の目を惹いたあのTOYOTA2000GT。やはりその佇まいは独特で美しい。相対するは……


 ポルシェ。か?


 見た目のシルエットはクーペとタルガの違いこそあれ才子の912とは基本同じ。しかし白いボディにブルーに塗られたホイールとサイドの"Carrera"と白抜きされた同じブルーのライン。そのコントラストは一見ポップな印象を与えるが、逆にそのポップさが何かを隠蔽してるかの様な? そして土井さんの930SCの程大仰じゃないけど後ろの突起とか、いや?それよりも根本的に何か違う? 爺ちゃんに尋ねてみる



「……うむ、その違和感は才子の912とはホイールベースが違う所以じゃて。所謂LWB(*ロングホイールベース)ゆうやつじゃ。前のチンスポイラーにその"後ろの突起"のスポイラーは通称ダックテイルちゅうて、何れも空力/風の抵抗迄考えて装備されとる。発動機は言わずもがな、こいつぁホモロゲーション条件満たす口実の反則ギリギリの一台よのう?」


 ふぅん?


 生業なりわいとして日々接する内にだんだん理解出来る様になって、成る程と頷ける部分とまだまだ判らん部分もあるが兎に角、普通のフリしててもちょっと特別なそんなポルシェと言う事なのだろう。そしてじっと見つめる菜々緒。


 '73年式 PORSCHE 911 CARRERA RS 2.7 (通称:ナナサンカレラ)は当時のFIAグループ4ホモロゲーション取得用に開発された特別な一台だ。911Sの2.4リットル発動機フラット6をベースに、排気量を2.7(2,678cc)リットルまで拡大。最大出力210ps/6300rpm、最大トルク26kgm/5100rpmを引き出した。RS(レーン・シュポルト)の名前にふさわしく、軽量化され245km/hという最高速度を叩き出した。




 "当時ポルシェ市販車最強の一台に、日本が誇る走る芸術品2000GTは果たして太刀打ち出来るのでしょうか〜? 頑張れっ我らが2000GT!さぁ〜それでは参りましょう!"


 女性アナウンスがニッポン代表応援的心理を焚き付け、観衆も明らかに非力であろう美しい日本車が超絶性能な外車打ち負かす光景を期待し始める……


 退役した74式戦車より外され、装備庫の隅で埃を被っていた四角いアクティブ投光器(照準用暗視装置)が引っ張り出され大幅な減光調節を施された後、5段に重ねられ、お手製シグナル='クリスマスツリー'(スタートシグナル)の役を果たした。



 5秒のシグナルがカウントダウンを始める。5・4・3・2……


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