第5話 ヴィンテージカーに乗ってみたいの

「 ……で?」



 菜々緒は最後の沈黙からこっちを話さなかったもんだから、才子は固唾を呑んで自らが抱いた妄想が結実するであろう結末を、こと細かな描写な顛末を待った。


「最後どうなったん?」


「ふふ〜ん、内緒っ」


「な? ここまで散々聞かせといて内緒はないやろう!どうなったんよっ!?」


「内緒は内緒なのっ!」


 タオルがはだけそうなくらいにソファーの背に反り返って、得意げにふふんと思わせぶりな態度。此れ迄の菜々緒だと事ある毎に嫌味なくらい自慢してきてたのがこれは一体どう言う風の吹き回しだ? 気色悪い。


「ここからが本題よ」


「え?じゃ今までの恋バナ惚気のろけはなんだったん?只の前置き?にしちゃ長っ!」


「……前説よ」


 端的に言えば、菜々緒はヴィンテージカーに乗り換えて神奈川に持って行く!と。だからセレクトと購入を手伝え(とは言わなかったが、要はそう言う事)!らしい。その横浜のバンビ君のお家の環境やお父さんとの会話、うっとりする様な280SLでのドライブ。ホテルの地下の駐車場の百花繚乱、その中に於いても圧倒的な旧い車達の際立ち・存在感。私含めて高校時代に既に刷り込まれていた事……直近では雑誌で読んだ海外セレブ達が優雅にカッコ良くスマートかつカジュアルに接してる記事に惹かれ、それも大きかったらしい。しかも値が上がる要素あり!……むぅう?どれもらしいっちゃらしいが?




 その時、勝手口とダイニングから続く方のリビングの扉が開いた、



「あら、菜々緒さん帰ってたの?お帰りなさい、あぁそう言えば今日だったわね?」


 そして斜め隣に腰掛けた私の姿を認めると、


「……え、もしかして才子ちゃん?」


「おばさん、こんにちは。あ、はい、お久し振りです」


「お久し振りね?大きくなったわね〜?もう大学生ですもの当然よね…何年ぶりかしら?」


 おばさん=菜々緒の母親は私達がまだ小さい頃、おじさんの再婚相手で血縁はない。最初の頃はお互いに上手くやろうともした様だが反抗期とも重なって、ソリも合わず溝が出来た侭それは今も変わらないみたい。この家から足が遠のいたのも何かと突っ掛かってきて疎ましかった菜々緒との当時の関係性もそうだが、そう言った雰囲気は子供でも如実に判ったしそう言う場面に度々出くわして居心地も悪かったから。


 おばさんは会合があるからとかで着替えると、夕飯は大丈夫?と訊いただけで大丈夫だと確認すると再びそそくさと出掛けてしまった。それからはさっき迄の勢い…横浜の彼の事を表情豊かに嬉々として話す姿、そして旧い車乗り換えるぞ!と息巻いてた勢いはすっかり削がれてしまって明らかに不機嫌になりトーンダウンも顕著。ん〜?折角帰省したってのに流石にこれは居た堪れないな?ストレートに言うと拗ねるからちょっと捻って言った。


「そうだ!車のコト、工場ちょ……爺ちゃんに相談してみよ!晩ごはん一緒に食べよ!あ、森!帰ってたら訊いてみる?詳しそうやろ?」


「なに?あなたお爺様のコト、工場長って呼ぶ様になったの?」


「ま、まぁね。お昼間はそう呼ぶコト義務付けられてんよ。もう鬼工場長だ!」


「なんか色々変わったのね? いいわ、見ての通りだし……お言葉に甘えてお邪魔するわ」


 くす、と笑って菜々緒は応えた。



 ……



 - 國松自動車整備工場クニマツオートサービス。私が外で食べてくるもんだとばかり思ってた爺ちゃんは別段なんにも夕飯準備してなかったんで私達はてくてく歩いて"駅前飯店"まで出向くこととした。


 店の暖簾くぐるや否や威勢のいい声が迎えてくれた!


「唉呀〜!是菜々子吗!?好久不见哦!你长大了这么漂亮〜」

(アイヤ〜!あんた菜々子ちゃんかい?久しぶりだねぇ!こんなに大っきく美人になっちゃって)


「いえ、ツァイツァイじゃあなくツァイツァイです。昔、そう教えて下さったでしょ?」


「対対対!但无所为了!小事情!请进、请进!老王!老王!你来呀〜」

(そうそうそう!でもそんな小っちゃな事どうでもいいよ、入って入って!あんた(*王は姓)〜ちょっと来てみな〜)


 確か大昔に何度か一緒に来た事あったのを、そんな幼い遣り取り含めおかみさんのおばちゃん憶えてたんだ。4人なのに奥の大きな丸く赤い特別なテーブルに座らされると、くるくる廻るレイジー・スーザンに頼んだ料理以外にも餃子やらなにやらサービスだよ!とどんどん乗ってくる。もう、こんな食べきれないよ!


「相変わらず、喋るのは中国語だけ……よくコミュニケーション出来るわね?」


「だね?でもちゃんと通じるもんさ」


 と笑い合った。そんななんとも言えない"欢迎光临お・も・て・な・し"に少し菜々緒の心情も和んだに違いない。するとお店の扉が勢いよくガラガラ!と開いて遅れてゴメン!久し振り!と真っ黒に日焼けした森が入って来た。なにやら帰省中は市民プールの監視員のバイトでこうなったらしい。たった数ヶ月しか経ってないのに随分にこやかに、きっと東京での大学生活が充実してる証なのだろう。



 其々の拉面、炒饭(チャーハン)の炭水化物メインディッシュに、大きな前菜拼盘(前菜盛り)、麻婆豆腐、糖醋排骨(酢豚)、サービスの山盛りの餃子や炸鸡(唐揚げ)、春巻きなんかをガツガツと……最初は圧倒され、少々気後れし遠慮がち(且つ食べ物には人一倍気を遣ってるから)だった菜々緒も箸を進め、皆少し胃袋が落ち着いた頃を見計らって、才子に目配せした。


「爺ちゃん、実はな、菜々P、爺ちゃんに相談あるんだって」


「儂に?なんじゃ?急に畏まって?」


 小さなコップの中の泡をグビリ……と美味そうにメンマとか搾菜をアテにやっていた小っちゃな爺ちゃんは、グラスを置くと唐揚げ越しに対面の菜々緒の方を見た。



「お祖父じい様、私も旧い車……ヴィンテージカーに乗ってみたいの!」




 よし、ようやくこっから本題だ!




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