第2話過去その1_梅雨の出来事のその後と、一本の電話

そう、この金堂家にいるこの幼女のかもめは、僕とまりんの実の娘である。


どうしてこうなったか。すべてはあの梅雨の日から始まったのであろう。



あの日、激しい雨が降りしきる中僕は校舎裏の倉庫に手紙で呼び出されて、そこで僕はまりんに告白された。

そして僕はそれを断ったのだが、その後は、まぁ、色々あってまりんに襲われた。

強姦、と呼ぶには僕は無抵抗過ぎた。おそらくそういった意味では僕も同罪なのだろう。


そうして僕はまりんと関係をもってしまった。

その後の僕とまりんの関係はというと...今でも分からない。

あの日以降なぜか僕達はまるであの日のことは無かったかのように学校で会って普通に会話をしていた。

結局朝になるまでと言ったが僕達は夜の八時ごろにまた何者かによって鍵が開けられ、外に出られるようになっていた。そこから僕達はそのまま家に帰った。

しかしそれ以降の関係が不気味なほどに自然すぎた。僕自身どんな顔して会えば良いかドキドキしながら翌日学校に言ったものだが、何食わぬ顔で話しかけてきて、僕にはそんな状態の彼女に今更あのことについて聞くことはできなくなってしまった。そして、それからは毎日彼女とは話す間柄になってしまった。まるであの日のことは無かったかのように。

普通ならば、襲われた僕は被害者で、それらしい対応をすべきなのかもしれないが、僕自身何故かまりんを嫌悪することは出来なかった。その理由は今でも分かっていない。だからこそ僕も彼女に話しかけられたら、そこそこ好意的に接していたと思う。


そんなこんなで、僕達はよく分からない関係を保ったまま2ヶ月が過ぎた。

結局あの時のようなことは一切なく、僕らは至って健全な、友達付き合いのようなものをしていた。あの時の出来事について今更聞けるはずもなく、お互いにあの時の出来事はまるでなかったかのように振舞っていた。正直、僕を好きになった理由も知りたいし、彼女があんな行動に至った訳もしりたい。しかも彼女は『既成事実』とはっきり言っていたのに、あれ以降それを盾に交際を要求するなどの行為はなかった。

それにあの時にもう一人の誰かが倉庫に鍵を掛けたが、それが誰だったのかもわからずじまいだった。


時折学校ですれ違う度に彼女とは世間話をして、学校の帰りの時は時々一緒に帰っていた。そこにあの時のような彼女の姿はなく、明るい笑顔で僕と接していた。すでにあの時の出来事は幻だったのでは無いかという気持ちにさえなっていた。もしかしたらこのままあの日の出来事は無かったことになってくれるかもしれない。


しかし、そんな関係は、ある1本の電話を境に形を変えていった。

その日は夏休みまっ定中の、セミの鳴き声がうるさく、部活のなかったその日は、僅かに残った夏休みの宿題を終わらせるために扇風機の静かな音とともに自室で机と対峙しているときだった。

家に備え付けてある固定電話が鳴り響き、静寂に染まった家の中をその音が満たしていた。

僕の両親は共働きで、今日は両方とも家におらず、妹も友達の家に遊びに行っているし、結果として僕が出ることになった。


「はい、もしもし。」

『あ、樋口くんかな?この後すぐに私達の家に来て欲しいの。』


声の主は名乗らなかったが、僕は声だけでその人物が誰かを理解した。

この声はまりんの母親だろう。何度か家に遊びに行ったことがあるため、声を覚えていた。

しかし、受話器越しからでもわかるくらいに母親は慌てており、名乗る余裕や理由を説明するほどの正気を保っていないようだった。あまり良い予感がしないが、行ってみないことには何もわからないと思い、僕は1度自室へと戻っていった。


僕は母親の言う通りに、外出用の服に着替えて、家を出たあと自転車に跨ってまりんの家に向かった。直射日光が僕を焼き尽くすように照り付け、僕は額から汗を流しながらも少しだけ急ぐように自転車を動かした。

約10分ほどかけて、僕はまりんの家に到着した。自転車を門の横の邪魔にならない所に置き、門の横に備え付けてある黒くて小柄な少し真新しめのインターホンを押した。

しばらく待っていると、インターホンから声は聞こえてこず、代わりにガチャリと扉が開く音がして、中から母親のなぎささんが姿を表した。彼女の様子は、そわそわと落ち着きが無く、僕は一体何が起こっているのか、その答えを探すよりも先に僕はなぎささんの元へと近寄っていった。


そして僕は、神妙な面持ちのなぎささんに連れられて、僕は玄関から促されて家のリビングにまで通された。

木製の長机に、左右に2個ずつ並べられた木製の椅子があり、既にそのうちの2つには、まりんと、まりんの父親が座っていた。

父親は、一目見ただけでも、厳格そうで、寡黙な印象を与える人で、見る人によっては姿を見ただけでも縮み上がって恐れおののいてしまうだろう。

しかし僕は、そんな父親の印象よりも、これから話されるであろう内容の方に注意が行っており、それどころではなかった。一体まりんの家族勢ぞろいで話す内容とは、一体なんなのだろうか。そしてそれが僕に関与しているというのはどういうことなのだろうか。


父親は硬い表情をしており、まりんは至って落ち着いた表情をしており、なぎささんはかなり狼狽した様子をしていた。


僕は促されるまままりんの横の席に座り、これから聞かされる内容を受け止めるために、姿勢を正していた。


「樋口くん、実はね___」

「いい。それについては私から話そう。」


なぎささんの言葉を遮り、今まで静かにしていた父親は、僕の目を見据えながら静かに話始めた。


「単刀直入に言う。娘が妊娠していた。」

「え...」


僕は言葉を失っていた。

確かにあの時僕らは避妊はしていなかったものの、僕はそんな可能性など全く気にも止めていなかった。


僕は頭の中が真っ白になっていた。まるで自分がここに存在しているかすら分からないまでに体の感覚と自己の意識が切り離されていた。


「これからのことについて話がしたいから、君のご両親の都合が聞きたい。理由やその他のことについてはその時に聞く。」


僕はただただ頷くしかなかった。幸い丁度明後日が両親がどちらも休みであった。

なぎささんは常に落ち着きが無さそうにしていた。おそらく今後のことで不安なのであろう。僕は罪悪感で押し潰されそうであった。今回の件に関しては抵抗しなかった僕にも責任がある。

1番将来を左右し、1番負担が掛かるであろうまりんはと言うと...まるで事前に予期していたかのような落ち着きはらった様子を見せていたため、僕は少しだけまりんを恐ろしく感じていた。


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