第18話 叱責


「なんでそんなにボロボロなわけ?!」


 三度目の鐘が鳴る前に急いで自室に戻ったユイを待ち受けていたのはメイアからの叱責だった。

 細い腰に両手を当て、頬を真っ赤にしながら目尻を吊り上げたメイアは「あんた、約束破って草原行ったでしょ!!」と怒りのこもった声をあげる。

 いつそんな約束したっけ、とユイが小首を傾げると表情には出していないのにメイアは雰囲気から察したようで先程よりも眉間に皺を寄せた。


「座って! 今すぐアリスに連絡するから!!」

「ほんの少し怪我しただけだよ」

「ほんの少し? それが?!」


 ——あ、失敗した。


 すぐさま失言だったと後悔した。


「その、娼婦として体に傷が残るのは駄目かもだけどこれぐらいなら一週間もすれば良くなるから……」

「違う。あんた、あたしがなんで怒っているのか分かってないでしょ?!」

「……服をボロボロにしたから?」

「違う! あんたにあげたんだからボロボロにしてもいいの! 娼婦とか関係なしに女の子がそんな怪我でいいわけないじゃん!!」


 メイアはもっと眉間の皺を深くする。


「そこ座って!」


 断るまでもなく両肩を掴まれベッドに座らされた。


「いい、絶対に動かないでよ?! 動くなっていう言葉はそこから一歩も移動しない。どこにも行かないって意味だからね!!」

「それぐらい分かっているよ」

「分かってないから言ってんの!!」


 最後に「動かないでよね!」と念押しするとメイアは扉が乱雑に閉めて出て行った。廊下からはいつもより重い足音が聞こえてくる。とても怒っているらしい。


 ——なんで、いつも失言してしまうんだろう。


 ベッドに横になり、天井を見つめたままユイは「最悪だ」と呟いた。昔から考えなしに発した言葉が相手にとって地雷でよく怒られた。何度も指摘され、直そうとして相手の顔を伺いながら生きてきても、ふとした時に悪癖がでてしまう。


 ——メイア、きっと怒っている。


 目頭に熱が集まり、視界が歪む。涙が溢れないように袖で目元を拭っていると控えめに扉が叩かれた。

 メイアとアリスだろうか。それにしては叩き方は優しい。メイアなら叩く前に扉を開けて入ってきそうなのに。


「……はい」


 ベッドから立ち上がり扉を開けるとユージンが立っていた。表情はやけに深刻だ。


「入ってもいいかな?」

「え、はい。どうぞ」


 草原に一人で行ったことを叱責されるのかもしれない。雇用主であるユージンに黙って行ったのだ。解雇されても仕方がないと思いつつ、ユイは室内に招き入れた。


「怪我が酷いんだから座っていなさい」


 勧められるままにベッドに腰を下ろすとユージンは壁に背を預けて言いにくそうに視線を左右に動かした。


「……嫌だった?」


 意を決したように真摯な眼差しをユイに向けた。

 どういう意味での言葉か分からず、ユイはきょとんとした。


「何がですか?」

「娼婦になるの」


 膝の上で拳を握る。どう答えていいのか分からない。娼婦になるのを前提に雇用されたのに今更、嫌でした、なんて言えない。

 言い淀んでいるとユージンは「いいんだよ」と両眼を細めた。


「元々、あまり前向きではなかったから……。そんな怪我をしてまでレベルを上げて他のスキルを会得したいかと思って」

「嫌、ではありますが……。すみません。やっぱり、今の状態は嫌です。心の準備が整っていなくて……」


 ユージンの顔を見るのが怖くて、ぎゅっと握った拳に視線を落とす。


「ユージンさんが私の職業とスキルを認めてくれたのは嬉しかったです」

「本当はね、君を給仕や料理人で雇ってあげたいところなんだ」

「無理なんですよね。法律で決められているって聞きました」


 この世界を想像した神は無力な人間に【魔導書】を与え、各々の役割を果たすように説いた。それは魔物と比べ、非力で脆弱な人間達が種を絶滅させないためとも言われている。

 このユドラス地方の統治を神から任された初代王はその意思を尊重し、与えられた職業とスキルに該当する仕事をするように命じたのがきっかけで今では法の一つとして制定されている。

 それに反する行動をとれば神の意思に逆らったと捉えられ、この国では重罪だ。


「そうなんだ。最初の一ヶ月は該当スキル無しでも雇える決まりで、その一ヶ月っていうのはお試し期間……スキル習得期間でもあるんだ。普通の成人なら一ヶ月もあれば初級のスキルを習得できる。けど……」


 ユージンは言いにくそうに言い淀む。

 なにがいいたいのか理解したユイは小さく笑った。


「私のレベルが低すぎてスキルの習得が間に合わないってことですよね」

「そう。まず君の場合はスキル習得に必要なレベルを持ち合わせていないんだ」

「……私、それを知って今日で一気にスキルをあげようとしました」

「その怪我を見ればわかるよ。頑張ったんだね」

「なんで怒らないんですか?」

「最初から娼婦という職業に好感を持つ人間はいないよ。誰もがやはり、心の端では卑下にしている。私も最初はそうだった。だから君を責めるつもりはないよ」


 昔を思い出したのかユージンは「懐かしいな」と感慨深く呟いた。

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