第13話 魔法とスキル(2)


 ユイは手に持つ魔導書に視線を落とすと眉間に皺を作る。


「私、魔法ってよく分からないんだけど……」


 魔導書を手にしてまだ二日目。今現在、分かっていることは命と同様ということと記載されているのはユイ自身のステータスやスキル等の個人情報。

 しかし、使い方はいまいち分からない。取扱説明書が添付されていればまだどうにか手探りで知ることはできたのだが、何もないとなればお手上げ状態だ。


「魔法のページがあるでしょ?」


 メイアの言葉にページを捲る。

 が、やはり草原で確認したとおり、四ページ以降は白紙が続くだけで該当ページは見当たらない。


「スキルとは関係ないの?」


 見るからに防衛魔法と不可視魔法には関係ないがそれらしいページがないので確認のために聞いてみる。

 姉妹はそろって首を左右に振った。


「関係ないよ」

「魔法とスキルはまったく別物なんです」

「別物?」


 もっと意味が分からなくなる。

 ユイの頭上でクエスチョンマークが浮かぶのを見て、アリスが口を開く。


「魔法は精霊の化身から借りる力を指します。精霊に愛されれば愛されるほど様々な魔法を覚えることができて、強い魔法も使うことができるのです」


 精霊とは五大元素に属する存在を指す。

 五大元素とは空、風、火、水、地の五つを指す。

 これらはこの世界を構成する元素と言われており、人々は生まれてすぐに元素に属する精霊の化身から祝福を受け、防衛魔法や不可視魔法などの基礎魔法は魔導書を創った時点で使えるようになる。

 そこまで聞いてから、あれ? とユイはある疑問を抱いた。


「さっき、メイアの魔導書を触った時は静電気みたいな感じだったけど、リナリーはどの元素の祝福を受けているの?」

「あたしは火と水だよ。織り交ぜて雷にしてる」

「そんなこともできるんだね」


 すごいねえ、と他人事のようにユイは呟く。まだ実感は薄いが自分が魔法という非科学が存在する異世界に来たのだなと感じた。


「ならスキルって?」

「スキルは一定の条件を満たした者しか得ることができません。魔法と比べると使用魔力が少ないというメリットがありますが習得するまでに数年かかったりします」


 なるほど、とユイは呟く。そして、ん? と首を傾げた。

 アリスの話を聞くとこの世界で魔法はスキル、職業と同様。切って離せないほど大切な常識だと感じた。なのに少年神とダン爺はこのことに関して一切、教えてはくれなかった。

 とても不思議だ。この世界の常識ならば教えてくれたっていいのに喋らなかった様に見える。


 ——気のせいだよね。


 あの少年神は何かを隠している、とユイの直感がそう訴える。

 目を伏せて考え事をしているとメイアが人差し指で眉間を小突いてきた。


「で? どう?」

「どうって?」

「出来るか出来ないか、どっち?」

「ちょっと待ってて」


 ユイは魔導書に視線を落とした。表紙を開き、一ページ一ページ、隅から隅へ、一文字も見逃さず読み込み、ゆっくり魔導書を閉じた。


「……魔法のページはなさそう」


 何度見ても魔法のページは存在しない。


「そんなわけないでしょ」

「あるはずなんですけど」


 姉妹は声を揃えた。


「防衛魔法は魔導書を創った時に自然と刻まれてるものだし、あるはずなんだけど」

「いや、なにもなさそうだけど……」


 メイアは手を差し出した。


「ちょっと貸して」

「はい」

「中、見てもいい?」

「どうぞ」


 メイアは魔導書の表紙を捲ると一番に目に飛び込んできた数字に驚き「は?」という驚愕の声をもらした。


「レベル1?」

「え、1? 1って0の次の……?」


 隣にいるアリスが姉の言葉に信じられないと口元に手を当てた。


「なんでレベルが1なの?」

「経験値? っていうのを積んでいないから、かな?」

「いやいやいやいや。待って、おかしすぎるでしょ」

「なにがおかしいの?」

「ユイ、今いくつになんの?」

「十五だけど」

「十五なら最低でもレベル20はあるよ。1なんて産まれたばかりの赤ん坊レベル」


 メイアは目を擦るともう一度、ページを見つめた。

 しかし、書かれている数字は変わらない。普通ならば成長とともに積まれた経験値によってレベルは上がるはずなのにユイのレベルは1のまま。


「しかも、なんでこんな超レアスキル持ってんの? 習得レベル足んないし、条件も満たしてなさそうなのに……」

「……姉さん、ちょっと貸して」

「ん」


 魔導書はアリスの手に渡った。アリスは表紙を人撫ですると先ほどよりもっと難しい表情をする。


「……視覚妨害魔法はかかってない。から、レベルが1なのは紛れもない事実だね。魔法のページもないのも事実。ステータスはレベル相応だね。魔力以外は」

「えげつねぇ」

「この魔力量だと聖騎士にもなれるね」


 またもや聞き慣れない単語だ。職業となんの関係があるんだろうか。

 ユイの様子からアリスは「名誉職のことです」と教えてくれた。


「魔力と魔法が優れた人は聖騎士という特別な職業につけます。普通の騎士とは違い、聖騎士は国王に選ばれた人間しかなれません」

「この職業は関係ないの?」


 ユイは魔導書の職業欄を指差した。

 答えたのはメイアだ。


「だって不公平じゃん」

「不公平?」

「そ。考えてみてよ。生まれたときから決められた職業って嫌でしょう?」


 ユイは頷いた。娼婦は嫌だ。


「まあ、ユイは魔力量は高いけど職業とスキル的に聖騎士になるのは難しいと思うよ」

「あ、別になりたくはないよ」

「へえ、やっぱ、あんたって変わってるね。みんな、聖騎士になりたがるのに」

「人気なんだね」

「人気だね。国王様直属の騎士団だから金もたくさんもらえるし、地位も名誉もあるからね」

「すごいんだ。会ってみたいな」

「こんな辺鄙へんぴな場所にはそうそう来ないよ。国王様の護衛で忙しいだろうし。話を戻すけど、なんでユイのレベルが1なの? なんかの呪い?」

「私に聞かれても……」


 少年神に聞いてくれ、とユイは心の中で呟いた。


「ユイさん、魔導書を作ったのはいつですか?」

「……昨日」


 答えていいのか悩んだ末にアリスの問いに答えると二人は揃って頭を抱えた。


「作ったのがつい最近でも蓄積されたステータスは反映されるはずなんですけど……」

「どんな魔導書にも絶対にある基礎魔法もないし、本人の基礎知識も乏しいし」

「ユイさんがレベル1でこのスキルを習得できたものおかしすぎる」

「なんかオーナーがあんたを気にかける理由がわかったよ……」


 ため息混じりに呟かれた姉の言葉に、アリスも「同意です」と力なく頷いた。

 そんなにおかしな事だったのかと魔導書の表紙を撫でながら考えているとガッと両肩を思いっきり掴まれた。驚いて顔を上げるとメイアが眉間に皺を寄せているのが視界に入り込む。


「とりあえずさ、この事は一切、他言無用ね! ステータスも魔法が使えないこともあたし達以外には言わないで」


 力強く言われれば「はい」という返事しかできなかった。

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